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リリアーナ・レイシー、18才。
私が、イケメン宰相ことノルドリード・フォン・シュテレインからの職権乱用により、王城で苦情受付嬢をさせられてから半年が経っていた。
無表情が通常運転の私だから周囲には分かりにくいだろうが、私は猛烈に頭を抱えていた。
それというのも直属の上司にして、天敵とも言えるイケメン宰相から言われた一言が原因だ。
「今度、隣国との会談で国を1週間ほど空ける。それが終わったならば、リリアーナ、お前に伝えたいことがある」
イケメン宰相が改まった態度で、そんな事を私に言ってきたのだ。
えっ、私、ついにクビか? 仕事のクビを宣言されるのか!……………………なんてことは、もう思わない。
そんな時期はとっくに過ぎていた。
私は、イケメン宰相のお気に入り。
それは確からしい。
イケメン宰相の私への態度や時々持っていってやる差し入れの手料理への反応を見るとわかり易すぎるのだ。
恋愛経験ゼロの私でもさすがに気付く。
多分、奴は私のことが好きだ。
大好きなのだ。
こんな地味で目立たない私みたいな奴をイケメン宰相みたいな奴が。
毎日でも会って弄りたいほどに。
職権乱用してでも傍にいてほしいと思うほどに。
う~ん、考えれば考えるほど嘘みたいな話だ。
次にイケメン宰相に出会った時には、きっと自分の気持ちを打ち明けられるのだろう。
すると、今度は私の番になるわけだ。
私はイケメン宰相、ノルドリード・フォン・シュテレインをどう思っているか?
「…………」
顔はもちろん誰もが認めるイケメンだし、私自身嫌いなタイプではないと思うが、そもそも私には男性の好みというものがない。
私への弄りについても苦情受付嬢になって、毎日のように顔を合わせるようになってからは不思議と以前ほどの嫌悪感とか迷惑とかいう感情は湧いてこなくなっていた。
この半年、イケメン宰相の近くで奴の仕事ぶりを見ていたが、イケメン宰相はいつだって仕事に真摯に向き合っていたし、この国に住むみんなのことを常に考えていた。
そんな忙しい中で、私なんかに会いに来たり弄ったりする時間を作るためにかなり無理もしていた。
私が上げていた報告書もきちんと細部まで目を通して、解決していない案件についても進捗状況も随時確認して的確な指示もくれるし、必要があれば協力もしてくれたりする。
悔しいが恋愛などというものが絡まなければ、理想的な上司と言ってもいいだろう。
そう恋愛というものが絡まなければ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「それで、リリアーナはノルド様になんて返事をするの?」とは瞳を輝かせたセレスティア様の言葉だ。
今、苦情受付のテーブルには私の他にセレスティア様、ミリシア様、マルスが着席していた。
「セレスティア様、なんか私の話を聞くのが楽しそうですね」
「それはもう! お慕いする人の告白シーンの様子など、なかなか聞けるものではありませんもの。まるで恋愛劇を最前列で観させていただいてるようでドキドキしてますわ」
セレスティア様、それはもうイケメン宰相のことをお慕いではなく推したいだけなのではないのだろうか。
まあ、権力の塊の公爵令嬢に嫉妬されるよりは余程マシなのでいいとする。
「ドキドキし過ぎて、今なら何も付けなくてもパンを何個でも食べられそうですわ」
「お姉様、他者の恋愛をあれこれ娯楽のように語るのはどうかと」
「そういうミリシアだって、王妃教育で忙しいはずなのに気になるから、こうしてここにいるんでしょ」
セレスティア様の追求にもミリシア様は平然とした表情を浮かべている。
さすがに年の差を乗り越えて王と結ばれる道を選んだミリシア様ともなると庶民の恋愛程度では動じないのだろう。
「私はお世話になったリリアーナの幸せな行末が気になってるだけです」
うん、ミリシア様も普通に気になるらしい。
まあ、私自身は庶民だけど相手は一国の宰相だしな。
「ほら、やっぱり気になってるんじゃない」
「でも、ここにはマルス様という殿方もいらっしゃるんですよ」
「でも、マルスは殿方っていうより、性別を超えた存在のような感じだから、大丈夫よ」
それって、分類する時に男性、女性、脳筋って感じになるってことだろうか?
この半年でセレスティア様も私を通じていろいろなことに巻き込まれたりして、マルスともそれなり以上には関わっている。
マルスという人物の人となりをその観察眼で見極めたのだろう。
セレスティア様みたいな美少女からも脳筋認定されるなんてマルス、不憫な奴。
あれ? そういえば、マルスに前に真剣な表情で相談事があるって言われて、それっきりだったっけ。
ついつい聞きそびれていたけど、聞いといたほうがいいのかな?
「ねえ、マルスが前に言ってた雰囲気も大事な相談事って結局聞いてなかったよね。あれって、まだ聞いとかなくていいの?」
「ああ、それか、うーん,なんかまだ今じゃない気がするんだよな。まあ、俺の方はまだ時間あるから気にするな」
「えっ、それって、三角関係……」みたいなことを呟いて、複雑な表情をしているセレスティア様とミリシア様の姉妹だが、残念ながらマルスに限って、そんな可能性はない。
だいたい本当に恋愛関係であれば、イケメン宰相からそこを匂わせる発言のあった時点で、ちょっと待ったと割り込むか、私に早く話をしたがるものだろう。
まさか、イケメン宰相と私がくっつくことは絶対にないと思ってたり、くっついたとしても駄目になったりして落ち込む私に優しく寄り添おうとしているとか?
…………いや、そんな恋愛の駆け引きなんて、マルスに限ってはあり得ないな。
「それで話を戻しますが、リリアーナはノルドリード様にどう返事をするんです?」
「返事もなにも、まだ何も言われていないので決めかねています」
そう、まだ決定的な何かを言われたわけではない。
まだ時間は、1週間ある。
ゆっくり考えればいい、そう思っていた。
それから時が経ち、イケメン宰相の帰国日の前夜。
「うーん、まだ自分の気持ちがわからないんだよな。みんなどうやって自覚したり決めたりしているんだろう」
明日にはイケメン宰相が戻って来るっていうのに答えは出ていなかった。
嫌い? いや、今はもう嫌いではない。
では、好き? いや、まだ好きではないような気がする。
ここまで答えが出ない問題というのは久しぶりだ。
空を見上げる。
空には月が昇っていた。
イケメン宰相の奴も、どこかでこの光景を見ているのだろうか。
「とりあえず、明日ではっきりするのか」
なんか,アルコールもとっていないのにふわふわした気分だ。
ただこんな気分も悪くはない、それだけが確かだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「宰相の一行が国境付近で賊に襲われたらしい」
その一報が舞い込んだのはイケメン宰相が帰ってくるという日の当日だった。
慌ただしい城内。
賊に襲われ、安否不明のイケメン宰相。
少しでもこの一報が早く確実に王都に届く確率を上げるために護衛に自分を見捨てさせ、使命を与える名目で散り散りに逃したらしい。
自分は要人だし、捕まってもすぐには殺されることはないという判断だったのだろう。
「ふざけるなよ」
怒りを表す言葉とは裏腹に、自分の頬をつたう温かい水の感触。
そのことに驚く。
涙なんて、何年ぶりに流したかもわからない。
悲しくて泣いた?
……違う。
いや、悲しいのは間違いないが、それ以上に悔しいのだ。
城内のいたるところから聞こえてくる声に耳を傾ける。
『犯人はチンケな山賊らしいから、事はすぐに解決するだろう』
馬鹿か、ただの山賊が大量の護衛を伴っている高貴な一団を襲うか! きっと相手は大規模な犯罪組織もしくは他国の間者の可能性だってあるだろう!
『情報共有を密に、会議を幾重にも行い確実に救出するのだ』
情報共有はたしかに大事だが、日程の最終日という1番疲労の溜まった所を狙われていることから、情報が漏れている可能性もあるし、会議を重ね過ぎて初動が遅くなりすぎたら意味がないことくらい分かれ!
それらのことを思うが、自分にはそれを口に出す資格もなければ身分もない。
「悔しい」
思わずそんな言葉が口から溢れた。
何かしたいのに、何も出来ない。
そんな自分に心から腹が立つ。
苛立つ私に走って近づいて来る人物がいた。
「リナ!」
「マルスっ!」
「宰相がえらいことになったみたいだな」
「ほんとにいつも澄ました顔してて、こんなことでみんなに心配かけて」
「リナ、王のところに行って直訴してみないか?」
「私なんて謁見の間に入れてもらえないよ」
「俺が一緒に行く。ほら、俺って馬鹿だからよく部屋だって間違えちまってるし、俺だったらいつものことだって許してもらえるかもだろ?」
マルスは笑っているが、謁見の間に許可なく踏み込むことは重罪だ。
冗談では済まされない。
でも、私の気持ちをわかった上でそれを提案してくれているのだ。
「行きたい」
謁見の間の前まで来ると、そこにはセレスティア様がいた。
「なんでセレスティア様がここに?」
「お慕いする方の一大事に、屋敷でじっと待っていられるような淑やかさは持ち合わせていないですもの…………それに悲しんでいるであろう友人のために腕の届く範囲で手を差し伸べるのは公爵令嬢の嗜みですわ」
そんな嗜みなんて聞いたことはない。
でも、このことには感謝しかない。
「さあ、許可は取ってあります。私はまだここでやることがあるので外で待たせてもらいますが、あなたたちは中に入ってください」
「セレスティア様、ありがとうございます」
私は礼を言うと謁見の間に駆け込んだ。
そこには王とミリシア様が並んで座られていた。
「セレスティアより、可及の要件との連絡を受けた。何用だ?」
「王、無礼を承知でお願いがあります。今すぐに兵を向かわせてください」
「それは出来ない」
「何故です」
「ノルドリードを拐ったのが、他国の間者の可能性が高まったからだ」
王の言葉で少しだけ我に返る。
確かに他国の間者だった場合、仮に全員を捕縛できたとしてもそのことをきっかけに戦争になる可能性がある事はたしかだ。
「ノルドリード1人のために戦争は出来ん」
悲しみにくれる私に王が言葉を続ける。
「だがな、リリアーナ。お前が向かうのは止められん」
「私ですか?」
「そうだ。お前が個人で助けに向かう分には、それは国の行いとは別物だからな。どうする?」
「…………」
王の言葉に返事ができない。
私が追う?
1人で?
そんなことが可能なのか。
いや、考えるまでもなく不可能だ。
難しい顔をして、言い淀んでいる私に王の横にいるミリシア様が声をかけてくる。
「リリアーナ、王は個人でとは言われていましたが、決して1人でとは言われていませんよ」
「えっ、それって」
「ようやく俺の出番ってとこか」
黙って様子を見ていたマルスの突然の発言に私は驚く。
「マルス?」
「俺ばっかり良いとこなしで終わるかと思って、ちょっとだけ焦ったけど、少しは待ってたかいがあったかな。場所は謁見の間で立会人は王と王妃。国の一大事に涙する女の子が目の前にいる。経緯はともかくとして、雰囲気としては悪くはないよな」
そう呟くマルスは私に向かい跪いた。
そして、鞘に刺したままの剣を私に両手で差し出してきた。
「いいか、リナ……いや、リリアーナ・レイシー、よく聞けよ。俺は馬鹿だから小難しい言葉は言えない。だけど、これはマルフェス・フォン・クライスの騎士としての正式な宣誓だ! お前はみんなのために頑張ってきた。お前の自覚があるかないかは知らねえけど、助かった奴も救われた奴も大勢いる。そんな頑張っているお前を、お前自身のことを守るための剣が一振りくらいはあっても絶対に邪魔にはならないはずだ。俺をお前の剣にしてくれ!」
マルス……いや、マルフェス・フォン・クライスの下手くそで型破りな騎士の宣誓。
内容はともかく、強い気持ちは伝わってきた。
だけど、こんな騎士の宣誓に対してどう返事をすればいいかなんて知識や経験を庶民の私は持っていない。
そこに助け舟を出してくれたのはミリシア様だ。
「リリアーナ、あなたが騎士の宣誓を受け入れるというなら、ただそう伝えればいいのです」
「ミリシア様、ありがとうございます」
私は、ミリシア様に感謝を伝え、マルスに言葉を届ける。
「マルフェスも……マルスのくせに…………ありがとう。あなたの騎士としての宣誓を受け入れます」
私の返事を聞いたマルスは、神妙な表情からいつもの人好きのする笑顔に戻っていた。
「ふう、リリアーナに断られる可能性も考えていたから、ちょっとだけドキドキした。あっ、呼び方はマルフェスって名前が堅苦しいからマルスのままで頼むな」
主とその騎士となったところで、私とマルスの関係は変わってない。
それが、なんとも奇妙でありながら心地よかった。
「よし、宣誓も受け入れてもらったことだし、俺は先に出て同僚にも声をかけてみるよ。宰相に恩を売れるかもしれない大チャンスを俺だけで独り占めしたらあとが怖いからな」
そう言って、いつもの笑顔のままマルスは謁見の間を飛び出していく。
応じてくれる人数は、そんなに多くはないだろう。
少数精鋭といえば聞こえはいいが、敵の規模も不明だ。
ここはマルスの人望を頼るしかない。
私は王に向き直った。
「私の騎士の誕生を見届けていただき、ありがとうございます」
「ふむ、なかなか型破りな宣誓であったが、悪くない言葉だった。実に面白かったぞ。さて、リリアーナ、武器も手に入れたのなら、さっそく出発するかね? だが、その装いでは多少動きにくそうではあるな」
今、私は普段の城務めの時の侍女服を着ていた。
確かに王の言う通り、スカートでは馬に乗ったりするのも少し難しいかもしれないが、着替えを取りに戻るのも時間がかかる。
思案していると謁見の間のドアが突然開いた。
「それならこれを着ていったらいいです。私の専属デザイナー、ノアの渾身の衣装ですの。今の王都の流行を取り入れた最高の品に仕上がっていると自負していますわ」
謁見の間に入ってきたのは、ショートパンツ仕立ての旅の服一式を持ったセレスティア様だ。
次から次へと援助してくれるのは有り難いが立場とかは大丈夫なんだろうか。
でも、ここは好意に甘えておく。
「セレスティア様、借りは必ず返します」
「あなたなら何倍にもして返してくれそうで嬉しいけど、一番の恩返しはあなたもノルド様も無事に帰ってくることよ」
「わかっています」
命をかけてなんて台詞はいらない。
私の命なんてかけたところで価値なんてたかがしれている。
私は、いや、人は生きてこそ価値があるはずだ。
借りられる借りは全部借りて、後で利子でも熨斗でもつけられるもんは全部つけて生きてる間に返せばいい。
私は王たちに一礼すると謁見の間をあとにする。
私はセレスティア様の持ってきた服に袖を通すと姿見で自分の姿を確認する。
そこにはショートパンツスタイルの自分。
その瞳は黒かったが、そこには確かに強い意志の光が輝いている。
外に出ると拳大のスライムを肩に乗せたマルスが馬を伴って待ってくれていた。
さあ、準備は整った。
「俺の声かけに賛同してくれる仲間は先に出てくれている。俺たちも行くか」
「うん」
私はマルスの後ろに乗せてもらうと、馬が走り出した。
先に出たマルスの仲間たちが敵の根城を突き止めてくれていたらしく、そこから大分距離を置いた場所でみんなと合流する。
敵の根城は国境近くの森の中にある古びた教会だった。
さて、ここからが大変だ。
敵は数十人の武装兵。
商人や旅人に扮して国境を越えてから武装したようだ。
こっちは数人の軽装の兵士とマルス。
素人目に見たら、人数や武装の違いから戦力差は歴然だ。
「リナ、心配するな。こちらは、宰相を助け出せれば勝ちなんだ」
心配そうな私に一声かけると、マルスと数人の仲間たちが作戦会議をする。
「どうする? 俺たちで突っ込んで数十人を引きつけながら逃げて距離をとろうか?」
「敵は完全武装をしているし、逃げるだけならオレたちのほうが有利だろうな。だが、敵も最低限、建物の入り口の見張りくらいは残していくんじゃないか?」
私の知らない男たちが作戦を詰めていく。
「やはり、あの人数では追っ手と見張りを分けるだろうな」
「敵の人数を減らしたうえで何処かに別の入り口でもあれば、より安全だったんだがな」
ふ~ん、入り口が複数あればより安全に救出が出来るのなら絶対にその方がいい。
入り口が無いっていうなら作るっていうのは、どうだろう?
音を出せない状況で壁に穴あけなんて至難の業だが、私にはその心当たりがあった。
「ねえ、マルスなら音無しで壁に穴を開けることが出来るよね?」
「……な、何のことだか」
「夜に壁際でコソコソスライムと『いけ、溶解液だっ!』とか言って練習していたのを目撃したんだけど?」
「くっ、あれを見られていたなんて」
「ふ~ん、やっぱり犯人はマルスだったんだ」
「なっ、リナ、カマをかけたのか!」
夜な夜な一部の壁が薄くなっている怪の真相。
これはまだ私の記憶に留めるだけにしておいてやろう。
もちろん、ほとぼりが冷めた頃に報告してこっぴどく怒ってもらおうと思うが、それは今回の活躍次第では永遠の謎ということにしておいてもいいだろう。
「わかったよ。壁に穴を開けるのは俺の相棒に任せとけ」
そう言って、マルスが肩に乗せていたスライムを私に預けてきた。
「ジュエル、いけるな」
「シュピィィ」
へぇ、スライムの鳴き声って始めて聞いた……って、そんなことより、このスライム、マルスとメッチャ意思疎通してるんだけど、魔物ってこんなに懐くもんなの?
いや、これは脳筋マルスだから出来た偉業だと思っておいたほうがいいだろう。
「ということで、囮は俺たちで引き受けるから宰相の救出はリナに任せたぞ」
「えっ、私!?」
「昔からお姫様の救出は王子様の務めだろ」
「ねえ、マルス。今の例えの中に一切ここにいる人間が出てこないんだけど、大丈夫?」
囚われているのは宰相で助け出そうとしているのは庶民だ。
多様性の時代に言うことでもないが、男女の配役も逆ではなかろうか。
「大丈夫! 愛し合っている者同士ってところが一緒なら、肩書が違ったり男女逆転なんて、ちっさな問題だろ」
「!?」
ここで咄嗟に違うと言えなかった自分が恨めしい。
多分、顔も赤面していることだろう。
恥ずかしさを紛らわすように早く行けと手を振ると、マルスたちは突撃していった。
あまりの人数差に最初こそどうなることかと思って見ていたが、マルスは未来の英雄、次世代の勇者の異名に偽りなく一騎当千の活躍をしている。
心配は要らないようだ。
「今のうちに」
私も移動を開始する。
協会の裏に回り込むと、スライムを手に乗せて壁に向けてみた。
すると、スライムがわかったとばかりに壁に張り付くと壁を溶かしていく。
スライムのジュエルの活躍で、ものの数分で人が1人通れる穴が完成する。
敵がいないか慎重に確認しながら中に入ると、後ろ手で縛り上げられた人物がいた。
「宰相!」
「……リリアーナ、何故ここに?」
おいおい、第一声がそれってどうなんだ?
もっと感謝の言葉とかが、あってもいいんじゃないかと思いながら、イケメン宰相を縛っている縄を切っていく。
「あなたが拐われたから、ここに来たんですよ」
「それでもお前が動くことはないだろう。他の者に任せておけば良かったのに」
「まだ聞けてないから……」
「なんだ? 声が小さくてよく聞こえなかったぞ」
「…………まだ、宰相が伝えると言っていた言葉を聞いていなかったからです!」
私の言葉の最後のほうは、見張りに気づかれない程度に語気を強くしてみた。
イケメン宰相を見ると豆鉄砲でも食らった顔をして固まっている。
そんな顔をされるくらい意外だっただろうか?
私は、わざわざ貴方の言葉を聞くためここまでみんなの手を借りて助けに来たんだし、そこは嘘でも嬉しい顔をしたらどうなんだ!……と言いたい。
もちろん、そんな事を言えるわけのない私は少し拗ねた顔をしてこう呟くことが精一杯だった。
「悪いですか?」
「いや、悪くない」と言いながら、イケメン宰相が腹を抱えてクククッっと今度は笑い出した。
イケメン宰相の奴、拐われた恐怖でおかしくなったか?
「なんだ? リリアーナ、お前は、このような危険を冒してまで、そんなに自分の有給休暇のことを知りたかったのか」
「えっ、私の有給……休暇?」
「ああ、有給休暇だ。お前が苦情受付嬢として働き始めて半年以上は経っただろう。だが、お前が公休以外で休めていない事実をついつい失念していてな。一応、悪かったと思っている」
そう言って、イケメン宰相が少しだけ申し訳なさそうな顔をする。
えっ、伝えたかったことって有給休暇について?
そんな事ってある?
急に自分の今の状況が恥ずかしくなってきたので、大きな声で誤魔化しておこう!
「だったら、たっぷりと貰おうじゃありませんか。有給休暇!」
「おい、リリアーナ、何を急に不機嫌になっているんだ?」
「別に! 早く逃げますよ」
無事に脱出し、武装兵たちを撒いたマルスたちと合流して馬で移動する。
国境付近からはだいぶ距離も離れたし、ここまでくれば安全だ。
イケメン宰相と馬の2人乗りをしていると、急にイケメン宰相が私に声をかけてきた。
「こほん、因みにだが、リリアーナは休みをもらったとしたら、何か予定とかはあるのか?」
「ありませんけど、それが何か?」
自慢じゃないが、休日に遊ぶような友達なんていない。
休みを貰っても家でゴロゴロか近場で過ごすだけだ。
「実は私も溜まっている休みを消化しようと思っていて湖畔の別荘に行くのだが、良かったら一緒にどうだろうか?」
「行きます」
「って、即答だな。誘っておいてなんだが、私と一緒だが本当にいいのか?」
「いいですよ。せっかく休みも貰えるなら、予定もないことですし、一緒に行って宰相という人をもっと知ってみてもいいかと思っただけです」
「私のことをもっと知りたい? なんだ、それはどういう意味で言っているんだ?」
「ただ宰相が私のお気に入りになるかもって話なだけです」
「私がリリアーナのお気に入りにっ!」
「まだお気に入りになるかもって、だけなので変な想像しないで下さいね」
調子に乗られても困るので釘を刺しておく。
顔を紅く染めるイケメン宰相のせいで、こっちまで顔が赤くなった気がする。
私の感情に名前を付けることはまだ出来ていなかったが、あえて言えることがあるとすれば、きっとこの先イケメン宰相は私のお気に入りになるだろうということだけだ。