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四月一日の街

作者: 扇鈴千鶴

 四月一日(わたぬき)四月一日(わたぬき)区にある街に、庵野夫婦は今日越してきた。


 緑豊かなベッドタウン、街は人で活気づいており、商業施設も充実した憧れの都会暮らし。自分たちが住んでいた田舎とはまるで違う。きっと人だって田舎のようにあれこれ干渉してきたりせず、近所付き合いも楽だろう。


 そう慶太は考えていた。


「ま、でも引っ越しのお祝いにお隣さんには挨拶しないとな」


 慶太は挨拶の品を持ち、妻の早希を連れて隣人に挨拶に行った。


 ピンポーンというチャイムを鳴らせば、「はいはーい」と陽気な声と共に隣人のドアが開かれた。


「初めまして。今度隣りに引っ越してきた庵野と申します」


「妻の早希です」


「これ、つまらないものなんですが、どうぞ。今後ともよろしくお願いします」


 隣人は品物を受け取り、暫し呆然としていたが「では失礼します」と言いかけた慶太に急に声を荒げる。


「うるせぇよ!こんなもんいらねぇよ!」


 そう言って渡した挨拶の品物をバシっと地面に叩きつける。


「ちょっと、なにするんですか!」


 隣人の態度に腹が立った慶太が身を乗り出すと、慌てて妻の早希が止める。


「あーあ、せっかく隣人がいなくて快適だったのに。奥さん臨月?ガキが生まれたら騒がしくなりそうだ。迷惑だからさっさと引っ越しちゃえよ!」


「この……!!」


 慶太が隣人の胸ぐらを掴んだ時だった。


 彼はニヤリと笑って「エイプリルフール!」と声高々に言った。


「なにがエイプリルフールだ!もう4月じゃないぞ!」


「わあーっ!待って待って!殴らないで!」


 隣人の抗議の声に早希が「あなた、落ち着いて」となんとか場を納めた。


「いやー怖い怖い。あなたちょっと過激なんじゃないですか?全く嘘も通じないなんて……」


 隣人こと佐藤という男は掴まれたシャツのシワを伸ばして、話し出す。


「あはは驚いたでしょ。さっきのは冗談です、嘘ですよ。この街の住人は嘘を吐くのが楽しみなんです。ほら、四月一日市って4月1日、つまりエイプリルフールでしょ?街全体のみんながみんな、嘘を吐くエイプリルフールの街なんです」


 挨拶の品物を地面から拾って、「ありがとうございます」と言いながら佐藤は、ポンポンと慶太の肩を叩く。


「大丈夫です、慣れちゃえば楽しいですから」


 そうにこやかに笑った佐藤に、言い知れぬ不気味な感じを慶太は感じたのだった……。







「なにがエイプリルフールの街だ!」


 家に戻り、慶太は怒りでリビングのテーブルを叩いた。


「あなた……落ち着いて」


「落ち着いてられるか!せっかく都会暮らしが出来ると思ったら隣人はあんな男か!しかも嘘吐くことが楽しい人間ばかりだと?意味が分からない!」


 慶太は引っ越し早々、後悔の念が募った。


「でもあなた。また田舎に戻る訳にはいかないわ……だって私たち、駆け落ちしたんだから」


「早希……」


 資産家で親族経営の企業の家に生まれた慶太は、本当ならば田舎の両親が決めた女性と結婚するはずだった。しかし慶太は早希と学生時代から付き合っており、彼女は妊娠もしていた。結果、両親の反対にあい、駆け落ちしてこの四月一日の街にやってきた。


「そうだな、せっかく田舎から離れられたんだ。まあ俺の貯金はたくさんあるし、これからまた働けば親子3人、なんとかなるさ」

 

 この家のマンションのローンも組んだばかりだし、俺は働かなきゃならない。


「早く仕事先も探さなきゃな」


 愛する妻を抱き締め、そのお腹にいる我が子を優しく撫でる。


「そうだわあなた。今日の晩御飯の買い出しに行きたいの。車出してくれる?」


「ああ、いいとも。仕事探しは明日からすればいいしな」


 そうして慶太は妻の早希と一緒に、近くのスーパーへと車を走らせた。


 駅前近くにはたくさんの施設が集まっており、都会では廃れつつある商店街も賑わい、この四月一日の街は暮らしやすい街ではあった。


「あら、どうしたのかしら?」


 スーパーの青果コーナーで早希がキャベツを選んでいると、視線の先には男性に怒られている中学生がいた。


「違います、僕じゃないです」

 

 必死に首を振り、違うと繰り返し男性に言い訳をする中学生。


「おまえに決まってるだろ!オレは知ってるんだからな!」


 中学生の襟首を掴み、スーパーの店内から引きずり出そうとする男性。


「あの中学生が可哀想だわ……」


 早希の言葉に、慶太は「ちょっと話してくる」と言い残し、ふたりの元へと向かう。


「どうしたんですか?この中学生がなにかしたんですか?」


 聞けば中学生は、男性の車に悪戯をして、タイヤをパンクさせたそうだ。


「違います、僕じゃないです。信じてください……」


 見れば中学生は有名な私立中学校の制服を着ている。見るからに真面目そうで、弱々しい彼に同情した慶太は、男性と話をすることにした。

 

「彼が悪戯をしているとこを見たんですか?」


「いや見てはいないが、コイツの悪癖はオレは知ってるんだ。人が困る姿を見るのが大好きなんだよコイツは!」


 中学生をちらりと見る。気弱そうな彼はとても悪戯が大好きな人間には見えない。


「しかし見た訳じゃないんですよね?」


「まあそうだが……」


「じゃあ決めつける訳には行かないですよね?」


「……ちっ!」


 人が集まり周りもざわめき出して、ひそひそ話をする主婦も現れている。男性は気まずくなったのか、イライラしながら捨て台詞を吐く。


「覚えてろよっ!」


 スーパーから出て行く男性。周りも段々と落ち着き、人々もまばらになった。


「ありがとうございます!」


 中学生は何度も何度も頭を下げて、慶太にお礼を言う。


「いいんだよ。ああいう大人もいるから気をつけなね」


「はい、ありがとうございました!」

 

 中学生は手を振りながらニコニコとしてスーパーを出て行く際、「エイプリルフール!」と嬉しそうに言った。


「実は犯人は僕だったんです!でも助かりました、お兄さんありがとう!」


「……は?」


 そうして走り去っていく中学生の背中を、慶太は呆然と見送っていた。







 隣人の佐藤との出来事とスーパーでの中学生の出来事で、慶太は深いため息を吐いていた。


「これから毎日、こんな嘘吐きな住人たちに振り回される日々が来るのか……」


「あなた。大丈夫よ、隣人の佐藤さんも言ってたじゃない。慣れちゃえば楽しいって」


「慣れる気がしない……」


 次の日、慶太は目星を付けていた会社に面接の電話を掛けた。すると直ぐに面接をしてくれる手配をしてくれて、午後には面接だった。


「なるほど、××会社にお勤めされていたんですね。これは即戦力になりそうだ。いや嬉しいですよ、あなたのような有力な人材が来てくれて」


「なら……!!」


「ええ!明日からよろしくお願いします」


 慶太の仕事先はあっという間に決まり、先方は明日から出社するように言って来た。


「いやあ、こんなにもすぐに決まるなんて……」


「あなた、よかったわね」


 面接後、家に帰り上機嫌で早希が注いでくれるビールを飲み、これからまた頑張ろうと思った慶太だったが……。






「エイプリルフール!!」


 翌朝、件の会社から電話があり、最初の一言がこれだった。


「いや、実はもう君が来た時点で人は埋まってしまっていてね。でもせっかくの嘘を吐けるタイミングだし、君も楽しい気分になれただろ?だから今回はご縁がなかったということで」


 そうして電話は切れたのだった。


「ふざけるな!……この街は狂ってやがる……」


 しかし働かなければ食ってはいけず、慶太は何度か面接に行き、就職することが出来た。


 だが、この会社でも嘘吐きのオンパレードだった。


 既婚者の同僚が会社の部下と出来ており、秘密の恋愛をしていたが、部下の彼女が妊娠したと嘘を吐いたのはまだ可愛い嘘な方。


 困るのは慶太に実害が出ることだった。


 仕事先が契約を約束したと思えば、翌日になり「エイプリルフール!」と契約をなかったことにされたり。


 上司が「今日中の仕事なんだ、早く頼むよ!」と言われて休憩返上で回された仕事をこなせば、「エイプリルフール!実は明日まででした!」と言われたり。

 

 飲み会が催されていざ当日に指定された店に行けば、電話が掛かってきて「エイプリルフール!」と言われ飲み会の話が嘘だったり。


 慶太は腹が立ち、この街に住む人間を憎むようになっていった。






「いやそれはしょうがないですよ、庵野さん」


 今日は休日で隣人の佐藤が我が家を訪ねて来ていた。


「調子はどう?」と聞かれて思わず、溜まりに溜まった愚痴を佐藤に話してしまった慶太。


 しかし佐藤は嫌な顔ひとつせずに聞き役に徹して、全ての愚痴を言い終えた慶太に笑いながら話す。


「この街はそういう街だから。みんな嘘が大好きなんだよ。オレもだけど最初は慣れなかったよ。でも段々自分がおかしい気がしてきてさ、この街に染まったって言うのかな?自分でも嘘を吐くのが楽しくなってきちゃったのよ」


「全く共感が出来ないな。嘘を吐くのが大好きだなんて。可愛い嘘ならまだしも、仕事でも平気でみんな嘘を吐く。腹が立つし、疲れる……」


 佐藤と慶太が話していると、早希がビールのお代わりとおつまみを持って来た。


「佐藤さんの言うとおりよ。私はだいぶ

慣れたわ。まあ妊娠している身に『流産しちゃえば良いのにねぇ』とか言われた日はショックで泣いちゃったけど……」


「は?誰だよそんなこと言ったヤツは!?」


「いいのよ、あなた。普段は優しくしてくれるおばさんなの。作りすぎた料理とか持って来てくれたり、私の愚痴を聞いてくれたりするのよ」


 早希は早希で苦労していたらしい。慶太は怒りで真っ赤になり、早希に問い詰める。


「早希、言え。誰にそんなこと言われた?」


「あなた、怖いわ……」


「まあまあ庵野さん、落ち着いて」


「落ち着いてなんかいられるか!」

 

 更に早希を問い詰めようとした時、彼女の様子が急変した。


「あなた……陣痛が来たみたい……」


 すぐに慶太は救急車を呼んだ。隣人の佐藤も着いてきてくれて、不安な慶太を「大丈夫大丈夫」と励ましてくれた。


 チカチカと電灯が切れかけている病院の待合室は、更に不安を煽り、時間は何十時間と経ったかのように思えた。


「庵野さん!庵野さんいますか!」


 そこへ医師が分娩室から出てきて、慶太の名前を呼ぶ。


「はい、庵野です!」


「ああ庵野さん!無事赤ちゃんは生まれましたよ!健康優良児、元気な男の子です!奥さんも大丈夫ですよ」


「ああ……!ありがとうございます!」


 早希は病室に移されて、佐藤と慶太は無事を喜んだ。


「早希、赤ちゃんはどこだ?」


 しかしふたりの愛の結晶である子供がいないことに、慶太は不安になる。


「あなた、聞いてないの?私たちの子供は生まれながらに心臓が弱くて、今保育器の中にいるのよ……長くは生きられないかもって……」


「は?」


「私、最初は『元気な男の子です』と言われて喜んだんだけど、また『エイプリルフール!』と言われて、心臓がって……」


「あの医者……!!」


 憤る慶太が医師の元へ行くと、彼は一発殴った。


「庵野さん、落ち着いて!エイプリルフール!」


「エイプリルフールじゃねぇだろ!」


「庵野さん、奥さんと子供は無事だったんだから!」


 医師をまだ殴ろうとする庵野を、慌てて佐藤が止めたのだった。







 慶太は仕事が忙しくなり、なかなか帰れない日々が続いた。


 隣人の佐藤が早希を心配して、よく遊びに来てくれると彼女が話しており、慶太は家に帰れない申し訳なさが募る。


「ああ、ごめん。今日も帰れないんだ……」


 それもこれも、冗談で済まない嘘を吐く上司、仕事のミスを連発してそれを押し付ける同僚、タバコ休憩ばかりを繰り返す後輩などなど、会社にいる仕事の出来ないヤツらのせいだった。


「くそ……腹が痛いな」


 最近よく腹が痛む。まためまいもあり毎日体調不良と戦って仕事をこなしてきた慶太。


「さすがに病院に行くか……」


 休日を利用して病院へ行き、一通り検査を受けた慶太に、医師がにこやかに言う。


「庵野さん、大丈夫ですよ。どこも悪くありません」


 慶太はわかっていた。この街の人間の嘘を吐きたがる異常性を。だからすぐに声を荒げて、医師に掴みかかる。


「どうせエイプリルフール!って言って嘘なんだろ!こんなにめまいと腹痛が続いて、どこも悪くないなんてあるわけがない!」


 すると医師は深いため息を吐いて「なんで先に言っちゃうんですか」と言葉を零す。


「そうですよ、庵野さん。あなたはガンです。余命半年ですね」


 まさかガンで余命半年と言われるとは思わなかった慶太は、目の前が真っ暗になった。


「俺には妻と子供がいるんだ!どうしてガンだなんて……余命半年だなんて……」


 項垂れる慶太はこれからどうして生きて行くかを考える。


 そういえば、早希には寂しい思いをさせていたな……余命半年、残り少ない時間を彼女と過ごしたい……。


 そうして慶太は、残りの時間を早希と過ごすことに決めた。


 会社も辞めて、両親の企業で働いていた時に貯めていたたくさんの貯金で暮らす。


 早希と子供に、たくさんの思い出を作ってやりたい……。


 しかし段々と慶太は痩せていき、あと余命残り半月となった今では、病院のベッドの上からずっと寝たきりでいた。


「あなた、なにか食べたい物はない?」


「いや、いい。大丈夫だ」


「庵野さん、今日は顔色が良さそうだね」


「ああ、気分も久しぶりにいい」


 隣人の佐藤は随分と気に掛けてくれて、早希の慶太の見舞いにも毎回来てくれた。


「というか、佐藤さんは何の仕事してるんですか」


「ん?ああ在宅ワークしてるんだ」


「だからいつもヒマそうなんだな」


「庵野さん、失礼ですよ」


 和やかに3人笑う。佐藤は最初に嘘を吐いた以降は、慶太たちに嘘を吐かない。ふたりが嫌がるとこを見て、我慢してくれているようだ。


 今では嘘を吐かない佐藤だけが、気の置ける他人だった。


「あなた。実は私、あなたに言うことがあるの」


 早希は改まって慶太に向き直る。


「どうした?なにか不安なのか?大丈夫だ、俺が死んでも貯金はたくさん残してある。早希と子供が暮らしていく分は、たっぷりあるから心配するな」


 そうだ、俺はもうあと半月の命なんだ。早希と子供にはちょっとは思い出を残せただろうか?


 感傷に浸り始めた慶太に、早希は話す。


「あなたはもう余命少しだし、話しておかないと」


 ね?と、なぜか佐藤と顔を見合わせる早希。その態度に不審に思う慶太に、彼女は意を決したようで話し出す。


「私たち実は付き合ってるの。あなたが仕事忙しくなって寂しい時、佐藤さんが慰めてくれてそれで……」


「早希さんのお腹には、オレたちの子供もいるんだ」


「は?」


 なにを言っているんだ、コイツらは。混乱する慶太に早希は続ける。


「でもあなたと離婚する気はないわ。あなたの死後、財産はしっかりと貰いたいし」


 早希、おまえはなにを言っているんだ……佐藤と付き合ってる?それで佐藤との子供を妊娠している?なんだこれは……どういうことなんだ……!!



「あなたはこれから死ぬんだし、生きる私たちを祝福してくれるわよね?」


 微笑む早希に慶太は怒りが沸いてくる。


 ふざけるな、ふざけるな!早希、おまえと一緒になるために、家を捨ててきたんだぞ!……嘘だろ。なあ早希!嘘だと言ってくれ。そうだ……エイプリルフール!エイプリルフールだと笑って言ってくれ!なあ、エイプリルフールなんだろう!?


 痩せ細り身体の自由が利かない慶太は、見つめ合って笑い合うふたりを眺めることしか出来なかった。



 お願いだからエイプリルフールだと言ってくれ……!!





 完


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