熱々エルフ リピート
§ 氷のダンジョン 第3領域 『氷河の流刑地』 §
エルフの炎蹴撃によって、龍の逆鱗は撃ち抜かれた。水龍の変異種は氷河の流刑地に倒れることとなったのである。
「奥様……! 流石です!」
「はあ……はあ……胸が熱いですわ!」
スーシーとシルヴィアは興奮した様子で頬を赤く染めていた。
(これで一件落着……)
そう思ってテナの方を見ると、猫人特有の感情が読めないあの表情をしていた。
「テナ、どうした!?」
「にゅん」
「にゅんじゃ分からん」
「ミン」
「ミンってなんだ!?」
テナの目は龍の亡骸を見ていた。正確には、その背中――凶刃キャルが氷漬けになっている場所である。
「キャハハハハ!!!」
甲高い笑い声が響いてきたかと思えば、龍の背中の氷を突き破る影が見えた。その人影は龍の背中を飛び降り、ついでのように龍の身体を切りつける。
「ああ、そういうことか」
「にょん」
なんという生命力……A級冒険者というのはみんなこうなのだろうか。俺とテナが考えるのをやめた一方で、シルヴィアとスーシーは困惑していた。
「あれがキャルさんですの!?」
「奥様! 危険な匂いがしますわ!」
このエルフたちもある意味危険だが、凶刃キャルよりいくぶんましだ。
「キャハハハハ!!!」予備動作もなくキャルが走り出すと、その速さからして俺が逃げ切ることは不可能であることが目に見えた。
「キャハハ――うッ!!!」
かと思いきや、キャルは途中で滑って転んでしまった。思わず心配になったが、キャルのことだ、すぐに起き上がるだろう。
「……………………」
「キャルさあああぁぁぁんッ!!」
「にゃあああああぁあぁんッ!!」
ここで助けなかったら後が怖い……ではなく、キャルさんが心配だ。そう思って俺とテナは滑雪板でキャルの元へと向かった。
「キャルさん! しっかり!」
かろうじて息はしている。全身傷と凍傷だらけで、生きているのも不思議なくらいだが。
「もぉ! どうせ無茶をしたんでしょうこの子は!」
「にゃッ! にゃッ!」
思わずシスター譲りの母性的な文句を口にしながら、テナは炎でキャルを温めつつ、俺はポーションをかけていった。
「ほんとにサービスですよ!」
もう在庫がなくなるとは。
だが、在庫一掃サービスセール(無料)を実施したおかげで、キャルの意識が戻ってきた。
「あっはぁ……ルウィン♪ ……テナ♪」
キャルの身体はすっかり元通りになったが、いかんせん体力が戻らないようだった。
「助けてくれたんだ……♪」
キャルがそう言うので、俺とテナは首を振る。
「「あの二人が助けてくれました」」
そう言って同時に『氷面水槽』の通路口の方を指さすと、既に二人のエルフの姿はなかった。
「「逃げた!?」」
くそ、ついさっきまで尊敬しかけていたのに!
俺たちを見捨てるなんて!
冷たい! エルフ冷たい!
「ふたりは……助けてくれなかったの」
キャルがそう言い終わると同時に、氷河が砕ける音がした。
「テナが真っ先に助けようって!!」
「ルウィンが作戦立ててくれみゃした!!」
「テナ?」
「……?」
「『くれみゃした』って、噛んだのか、素なのか分かりにくいぞ」と、言ったその時。
「にゅ?」とテナが『氷面水槽』の通路口の方を見た。
「今度はなんだ」
聞き覚えのある声が流刑地にまで響いてくる。
「「ああ゛~~~~」」
シルヴィアとスーシーが妙な叫び声を上げながらそりを飛ばしてきたのだ。二人は一気にこちらとの距離を詰めたかと思えば――
「「~~~~あ゛あッ!!」」
――身を投げ出した。そのまま、近くに積もった雪に二人は埋もってしまう。
〈出られませんわ~!〉
〈奥様! 私もです!〉
わずかにはみ出た足をバタバタさせた後、動かなくなった。
「テナ、帰ろう」
「うん」
俺はキャルだけ抱きかかえ、ダンジョンを脱出しようと思った。
……。
§ 冒険者ギルド §
腕にキャルを抱えながら、シルヴィアとスーシーを運ぶのは重労働だった。エルフ組に関しては、二人を乗せたそりをテナと一緒に長縄で引っ張っていたが、途中でミリアたちに助けてもらわなかったら、いったん置き去りにしていたかもしれない。
「疲れた……」
「にゃあ……」
救援に駆けつけたA級冒険者たち――ミリア、ネリス、ウォロクと共にテーブルを囲んでいる今、ようやく肩の荷が下りた気分だった。
そんな俺たちを見たネリスが大いに笑う。
「あっはっは! 珍しくしおれた顔だな!」
彼女は適当な料理を見繕って、俺とテナの目の前に置いてくれた。
「ありがとうございます……」
「にゃあ……」
俺たちはゆっくりとフォークを掴んで、ゆっくりと食材を口に運んだ。
「のっほっほ! よほど大変な冒険だったようじゃのう! どうじゃ、わしの作った地獄の小炎は役に立ったかの?」
インフェルナーノという言葉を聞いて、炎に焼かれるシルヴィアとスーシーの姿が頭に浮かんできた。
『『死んじゃう死んじゃうッ!』』
『『――熱々エルフゥゥゥ!』』
……役には立った。間違いなく。
テナと二人して上の空になっていると、ウォロクが不安そうな顔をする。
「わし、なんかやっちゃったかの」
せっかく武器を作ってくれた人の前で、こんな反応をしては申し訳なさすぎる。俺はテナと顔を見合わせた。
「いえ! インフェルナーノは素晴らしい武器でした!」
「うん! インフェルナーノは!」
ウォロクは、「のっほっほ! そうじゃろうそうじゃろう!」と言って嬉しそうに髭をなでる。
「のほ? なんじゃルウィン」
俺は思わず身を乗り出して、ウォロクのあご髭に顔を寄せたのだ。
「髭に息をふーふーしたら喜ぶかと」
「いや気色悪いのぉ」
はっとして俺は女性陣の様子をうかがう。言うまでもなく、ジト目が俺を見ていた。
「ミリアさん、そんな目で俺を見ないでくれ!」
「あんた、疲れてるのよ……」
「ネリスさんも……!」
「ふーふーされたら嬉しいのか、ルウィンは」
「……場所によります!」
くそ。気を取り直そう。
俺はジト目のテナに向き直る。
「テナ、ウォロクさんにプレゼントがあったろ? テナが捕まえたんだから、テナから渡して差し上げて」
「はーい」
テナが気の抜けた返事をすると、ミリアが「捕まえた……?」と複雑な表情をし、ネリスが「なんだなんだ、面白アイテムか!」と嬉しそうにする。
ウォロクはというと、「え、わしにプレゼント……?」とそわそわし始めた。
「じゃーん!」テナが両手に掴んだものを見たウォロクは、すっくと立ち上がる。
「シルバークイン……オオクワガタ……」
ウォロクは手を震わせながら、テナからシルバークインオオクワガタを受け取った。
「こんな……! ……もらってよいのか!」
よかった。どうやら本当に喜んでくれたらしい。
だが俺は、そんなウォロクの姿を見てふと疑問に思う。
「ゴールデンキングオオカブトの時はそんなに驚いてませんでしたよね?」
「わしクワガタ派なのッ!」
ウォロクは半ば叫んで、「猫娘すごすぎるッ!」とテーブルに頭を打ちつけた。ごん、という音が鳴ったすぐあと、ミリアがネリスに尋ねる。
「なんで虫がプレゼントになんのよ……」
「あっはっは! 全然分からん!」
……しばらく盛り上がった後、ウォロクが賢者のような顔で俺たちに尋ねる。
「して、お前さんたちはどうやって龍を倒したんかの」
ミリアとネリスも興味津々といった様子で俺たちを見た。
「話せば長くなるのですが――」
俺とテナは、事の成り行きを説明すると、ネリスが大笑いした。
「――あっはっは!! あのエルフたちがそんなに愉快だったとは!! ぜひこの目で見たかったぞ!! なぜ私はその場にいなかったんだ! くそぅ!!」
笑いを通り越して、ネリスはテーブルを叩き始める。
一方ミリアは、心底同情する目を俺たちに向けてきた。
「本当にお疲れ様……大変だったわね?」
「ミリアさん……!」
同情が染みる……こういう慰めほど価値のあるものはない。
と、テナが床に置いてある背負い箱をごそごそし始めたかと思えば、ミリアに顔を向ける。
「ミリア……!」
「どうしたの……?」
「クワガタあげる!」
「い、いらない」
「しゅん」とするテナに、ミリアは「気持ちだけ! 気持ちだけありがと!」と慰めの言葉をかけていた。
そんなミリアに、ネリスがニヤニヤしながら上半身をテーブルの上に乗せて見せる。
「なあなあミリア!」
「なに、今忙しいの!」
ネリスは鎧をガチャガチャさせながら、上半身だけ動かし始めた。
「熱々エルフゥゥゥ!」
「うっさいッ!! 黙れッ!!」
ミリアのツッコミを見て思う。
氷のダンジョンに彼女も一緒に来てくれていたら、俺たちはこんなに疲れなかっただろうと。




