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帰還後のひととき 2

§ ブレイズ修道院 §


火のダンジョンにて火龍との遭遇事件――俺とテナにとっては凶刃キャルとの遭遇事件だったが――が解決されてからすぐのことだった。


ミリアがブレイズ修道院を尋ねてきたのだ。何事かと思ったが、ミリアが俺に貸してくれていた冒険者登録証を受け取りに来たのである。


完全に忘れていた。


ミリアいわく、道行く人々に「大きい箱を背負った冒険者を知らないか」と聞いて回ったのだとか。まったく、手間をかけさせてしまって申し訳ないというもの。ただお返しするだけというのも味気ないということで、ひとまずお茶でもということになったのである。


「本当に美味しいわこのお茶……優しくてなんだか懐かしい感じがする」


気に入ってもらえたようで何よりだ。お世辞を言わなさそうな彼女がここまで喜んでくれるとは。


それにしても、茶を飲む黒衣の魔女というのも、これまた絵になるな。


「これって紅茶? なのかしら。黄色みが強い気がするけど」


「みたいなものですね。ダンジョンでしか採れない『王の金粉(きんぷん)』と呼ばれる希少な材料で作られているんですよ。それで作られたお茶は『金茶』と呼ばれて、お茶愛好家の間で親しまれています。商人界隈でも高値で取引されるくらいには良いものなんですよ」


「へー、なんだか悪いわね。そんな貴重なものをいただいちゃって」


少し遠慮がちになるミリアだったが、彼女が気にする必要はない。


「いえ、一緒に採ったようなものなので」


「え? どういう意味?」


「『王の金粉(きんぷん)』とはつまり、『王の金糞(きんぷん)』です」


「???」


「|ゴールデンキングカブト《黄金王甲虫》の(ふん)です」


俺はそう伝えてから、ぐいと金茶を飲み干し、自分のカップにおかわりを注いだ。


「ああ、美味しすぎる。これだからゴールデンキングカブトはやめられない。香り、舌触り、味、飲んだ後にじんわりと身体の内側から温かくなる多幸感。まさしく一級品ですよね」


俺はミリアもそう思ってくれるに違いないと思って、彼女の方を見る。彼女はティーカップをテーブルに置き、金色の小さな湖面を見つめていた。


「あ、あはは。あんた、冗談が好きよね。こんなに美味しいお茶があのカブトムシの糞なわけないじゃない」


「いえ、本当ですよ。あ、正確にはゴールデンキングカブトの幼虫、ゴールデンキングラーヴァの糞。つまり、イモムシ――」


「ストーップッ!!!」


ミリアが大魔法を放つ勢いで待ったをかける。

気のせいか、彼女の銀色の瞳は輝きを失っていた。


「いい? 違う話をするわよ」

「あ、はい」


それから俺たちは何事もなかったかのようにお茶を飲み始めた。ミリアは時折「ぜったい嘘……美味しすぎるもの」と独り言を言っては金茶を飲んでいる。確かに、嘘みたいな美味しさだ。彼女にもようやくゴールデンキングカブトの素晴らしさが分かったらしい。


微笑ましくミリアを眺めていると、彼女は思い立ったように口を開いた。


「それにしても、あんたが修道院で暮らしているなんて想像もしなかったわ。もしかして、闇のダンジョンでサービスしてくれた聖水ってこの修道院で作ったのかしら」


「実はそうなんですよ。ここで毎日祈りを捧げて、あの聖水ができたんです。ありがたいことに」


「……あんた、そんなありがたい聖水を勢いでサービスしてなかった? あの凶刃に」


凶刃キャル……恐ろしい子。今も刃を向けられた時のことを思い出す。今日あたり夢に出そうだ。


「ええまあ、ああいう時のキャルさんは勢いに乗ってもらう方がいいと思ったので」


「気をつけなさい。あんたとテナ、あの子に気に入られたわよ」


かちゃり、と俺はカップを置いた。


「……嘘でしょ」


「嘘だと思えば、それが真実になるわ」


ミリアはそう言って、悟ったような目で金茶を口にする。なんなんだろう、この説得力は。


ミリアは目を細め、「ところで――」と俺に目を向ける。


「――答えたくなかったら、別にいいんだけど」


「どうぞなんなりと」


「どうして、修道院で暮らしているの?」


「孤児になった俺をここのシスターが拾ってくれたんです」


おかげでこうして金茶を飲めています。そう伝えると、ミリアも「そう」と言って、一緒に茶を喉に流した。


「あんたが孤児になったのって、『魔王災厄』の時?」


俺がうなずくと、ミリアも目を瞑って小さくうなずいた。


「あんたが冒険者をする理由、少し分かった気がするわ。やなこと思い出させちゃったわね。ごめんなさい」


「謝らないでください。ミリアさんに話しても嫌な気持ちにはならないので。むしろ知ってもらえて、少しでも分かってもらえて嬉しいですよ」


ミリアは薄く目を開けて微笑む。


「……そう。ありがとね」


少しばかりしんみりとした空気が漂う中、俺は何を話そうかと考え始めていた。金茶についてもう少し語りたかったが、ミリアはもっと別の話をしたいらしいし。


「そういえば、耐火ポーションの素材が結局なくなっちゃいましたけど、もう一回ご一緒しますか?」


「そうねぇ……私の方でもなんとかするわ。別に大して難しいことじゃないから」


「そうですよね」


うーん。話題に困るそんな折、修道院の二階から物音と声がする。


〈いいにおいがするにゃ!〉


軽快に階段を降りる音と共に、寝巻姿のテナが現れた。


「あーずるーい!! ボクも飲みたーい!」


テナを見たミリアが驚いた表情をする。


「あの子もここで暮らしてるの……?」

「はい」


テナが「ミリアだー!」と嬉しそうにミリアにすり寄っていく。


「あ、やっぱり金茶だ! 美味しかった?」


「う、うん。まあね」


「そっかぁ! がんばって捕まえてよかった! ゴールデンキングカブト!」


「うっ……」


なんだろう。ミリアの顔が臭い物にしていた蓋を外されたみたいに見える。気のせいだろうか。


何はともあれ俺たちは、しばしの間お茶会を楽しむのだった。

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