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1-4 一生、付いていきます


 意識を自身の内へと沈める。対象捕捉、遠隔追尾に関する魔導方程式を参照。環境条件をインプットし並列演算開始。すると頭の中に、人混みを走る犯人の位置が映し出された。


「さて――ではお仕事してくるとするか」


 並行して飛行魔導で空中に浮かび上がる。位置情報を頼りに屋根の上を飛行し、路地を走り抜ける男をすぐに見つけると、そのまま追跡していく。

 上空から様子を窺う私には一切気づく様子はなく、後ろを振り返った奴の顔に安堵が浮かんでいた。どうやら逃げ切った気でいるようだがな、そうはいかんのだよ。


「っ……!?」

「逃げられると思ったか?」


 着地し、男の行く手を遮ってやる。突然私が空から降ってきた私に少々面食らった様だが、軍服を着たちんちくりんの私を見て子どもが戯れで邪魔したとでも思ったようで、無視してまた逃げ出そうとする。


「逃さんと言ったろう?」

「どいてくれっ!」


 なおも立ち塞がろうとする私にしびれを切らした男がためらいながら拳を振り上げた。とはいえ、所詮は腰の入ってない素人丸出しのパンチ。スッと避けてやると、男がさも驚いたとばかりに息を飲む。まったく、現役の軍人を舐めないで欲しいものだ。


「シェヴェロウスカヤ中尉!」


 男の後方にノアたちが走りこんできた。やっと観客がお出ましだ。なら遊びは終わりだ。

 男の振り回した腕を受け止める。驚く男に対して私は天使も裸足で逃げ出すであろう満面の笑みを浮かべ――そのまま男を空中へと放り投げた。


「うわあああぁぁぁぁっっっ!」


 紐なし逆バンジーを楽しんでいる男を飛行魔導で追いかけ、パチンと指を鳴らす。予め展開していた捕縛魔導が発動して、指先から光る縄が飛び出していった。

 落下を始めた男を瞬く間に縛り上げる。ばたつかせていた手足の自由さえ奪われ、そのまま真っ逆さまに石畳と熱烈なキッスをする――直前で男の脚を捕まえてやった。


「あ、あああ……」

「……ちょっとやり過ぎたか」


 まあいい。放心状態の男を抱えて飛行魔導を解除し、地面に着地。アレクセイたちがやってきたところでボロのフードをひん剥いて顔を検めた。

 おそらく年齢は三〇に達するかどうか、という程度。だが頬は痩せこけ、唇は乾いて裂け、シャワーもしばらく浴びていないのか、汗と埃でひどい匂いだ。そんな男の傍らに落ちていたのはパンが一切れ。なるほど。ここまで分かりやすいのも珍しい。


「おい、お前」

「ひっ!」

「怯えなくても喰いやしない。その代わり私の質問に答えろ。名前と出身、それと歳は?」

「は、はい……も、モレノと言います。しゅ、出身はローゼンヌで、今年二八です。お、お願いです、盗んだパンは返します。だから鞭打ちだけは……」

「裁判もなしにそんなことするか」


 コイツの住んでいた村はどんな無法地帯だったんだか。いや、恐怖体験させた私が言えた義理ではないのは重々承知しているが、それは高い高い心の棚の上に置いておくとして。

 しかしそうか、ローゼンヌか。確か二年前にランカスター共和国がちょっかい出してきて戦闘になった地域だったな。戦争で農地を焼かれて食うこともままならず首都まで出てきたが、金も職もなく腹が減って盗みを働いた、というところか。

 男の胸ぐらを掴んだまま顔の近くに引き寄せる。「匂い」を軽く嗅いでみるが、不味そうな匂いしかしなかった。美味そうなパンの匂いはするが。


「魂までは腐ってないようだな」

「は?」

「気にするな。独り言だ」


 先日頂いた野盗連中。アイツらはまあ見事なまでに「香ばし」かったが、この男は真っ当に生きてきたのだろう。不味そうな匂いしかしない。私に殴りかかる時も遠慮があったしな。さっき散々お灸をすえたわけだし、もう十分に制裁は受けたと言っていいか。


「お前、手先は器用か?」

「え? は、はい……人並み以上には」

「なら次の質問だ。もし職があったら真面目に働く気はあるか?」


 男が勢いよく首を縦に振った。それを確認すると、男を引きずりながらストリートへと出ていって、のんきに捕物(とりもの)観賞していた野次馬どもに向かって叫ぶ。


「質問だ! ここにいる連中で、誰か人手が欲しい人間はいないか!? 年齢は二八、痩せてはいるが健康な男だ! 手先も器用だそうだから役に立つぞ!」


 途端に周囲がざわつき出す。それを見て私はもう一度声を張り上げて後押ししてやる。


「どうだ!? 今なら早いもの勝ちだぞ!」

「よしっ! ならウチで雇ってやる!」


 すると、人集りの中から野太い声と共ににゅっと金属製の手が伸びた。

 出てきたのは白いコック帽を被ったパン屋のヒゲおやじで、さっき地面に転がってたパンと同じ匂いがした。なるほど、盗んだのはこのヒゲのパンか。どおりで美味そうな匂いだと思った。

 ヒゲが腕組みをしたまま小太りの体を左右に揺らして近づいてくると、鼻息をフンッと鳴らして男をジロリとにらみつける。


「ちょうど男手が欲しかったんだ。テメェが盗んだ分の弁償も含めてこき使ってやる。おい、今はどこに住んでんだ?」

「は、はい。今はその……橋の下に」

「ふん、家無しってわけか。ならウチの屋根裏に住みな。言っとくが俺より早く起きて掃除してなかったらケツをひっぱたくからな。おら、さっさと立ちな。行くぞ」


 背中を叩かれたモレノが、信じられないという目でヒゲを見上げていた。ここまでトントン拍子に話が進めばそりゃ訳が分からんわな。今の今まで追いかけられてた訳だし。


「ほ、本当に雇って頂けるんですか……? わ、私はさっき貴方のパンを……」

「さっきからそう言ってんだろうが。何を心配してんのかしらねぇがな――」ヒゲが私を見下ろしてニッと笑った。「アーシェの嬢ちゃんが『テメェは善人だ』って太鼓判押してんだ。何をためらう必要があるってんだ?」


 ……やれやれ、私を買ってくれるのはありがたいが、面と向かって言われると面映いな。


「あ、あ……ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!!」

「礼はいらん」ぐちゃぐちゃの泣き顔になったモレノのケツを叩く。「これで犯罪が減れば私の仕事も減るからな。ほら、さっさとヒゲについて行け」

「いい加減『ヒゲ』呼ばわりはやめろって、嬢ちゃん」

「ならそっちも『嬢ちゃん』呼ばわりを止めるんだな。というか、貴様の店はバイトの学生を雇ってなかったか?」

「ああ、魔導大学のガキを雇ってたんだが……急にぷっつりと来なくなっちまったんだよ」

「コキ使いすぎて逃げられたんじゃないのか?」


 そう言ってやると、ヒゲおやじ――ルドマンはバツの悪そうな顔を向けてきた。どうやら心当たりはあるらしい。こいつも面倒見は良いんだが、ぶっきらぼうな上に人使いが荒いからな。とはいえ、モレノなら大丈夫だろう。戦場の絶望を知ってれば、大抵は天国に感じるだろうし。ま、様子見も兼ねてまたパンでも買いに行ってやるとするか。

 二人を見送ると野次馬共も解散、世間は通常営業に戻っていく。私も制帽を深くかぶり直し、顔をうつむかせてニンマリと口元が緩むのを隠した。

 さぁて、生意気言ってやがったノア坊やもさぞ私を見直したことだろう。間抜け面でも拝ましてもらおうじゃないか。


「ノア・リッツ准尉? どうかな? 君のお眼鏡に――」


 適ったかな? 皮肉を交えて「ふふんっ」と胸を張ろうとしたのだが、振り向くとすぐ目の前にノア隊員が立っていた。

 近づく気配を一切感じさせないその動きに面食らい、思わずみぞおちに一撃食らわせてしまいそうになったのだが、ノアは私が動くより早く私の手を取った。そして、まるで昔話に出てくるどこぞの騎士サマのようにかしずくと、熱のこもった瞳を私に向けた。


「――一生、付いていきます」


 ……は?


お読み頂き、誠にありがとうございました!


本作を「面白い」「続きが気になる」などと感じて頂けましたらぜひブックマークと、下部の「☆☆☆☆☆」よりご評価頂ければ励みになります!

何卒宜しくお願い致します<(_ _)>

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