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プロメテウスの灯

 私は婚約者の彼と抱き合っていた。

 制服から出る甘い香りは蓮か。

 

 明日、彼は戦争に行く。

 

 もう私の元に返ってくることはない。

 学生だった私にとっては、こんな残酷な日はなかった。

 私は彼の胸の中で泣きながら、

 

「どうしても……行くの?」

 

「――お国のためです」

 

 彼の決意は固かった。

 

 パイロットとして空の戦闘機に乗る彼は、敵の民間機を落としに行く。

 戦争に関係ない人を殺しに行く。それで連絡経路を断ち、奇襲作戦を成功させるつもりなのだ。

 無情なお国という上司の命令で。

 

 彼の大きく、温かい手が私のほほにふれ、

「行ってきます」

 それだけで何も言わなかった。

 

 何かを言ってしまうと、死に別れになってしまうと思ったからだ。

 ふさぎ込む私に、


「そうだ。その赤いスカーフをくれませんか?」

 

 彼は手を差し出す。

 私はしゃっくりで何も言えず、セーラー服からスカーフを取って彼に渡した。

「お国のためというのはうそです」彼は力なく笑い、


 

「私は――あなたを守るために戦いに行くのです」


 

 スカーフを強くにぎり、彼は私に敬礼した。

 

 ずるい。そんなこと言われたら――もう止められない。

 

 泣き崩れる私の前から、彼が闇へと消えていく。


 

「――ま。――さま」

 

 誰かが私の体を揺する。


 

「お嬢さま!」


 

 見知った女性が私の体を揺すっている。

 病弱な私を小さな頃から看護してくれた人だ。

 私は見知らぬ白いベッドであおむけになっていた。

 

「ああっ! お嬢さま! よかった!」

 

 看護の女性は私を抱きしめてくれる。

 そばでは母が大泣きしていた。

 お医者さまもいる。

 私は何回かまばたきすると、


 

「――今日は、いつ?」


 

 周りの人間に聞いていた。





 彼の訃報を聞いて、私は気絶したらしい。

 彼は民間機の爆撃に成功したけど、敵の戦闘機によって攻撃を受けた。

 負けを悟った彼は、戦闘機から逃げ出し、パラシュートをひらこうとしたけど、ひらかなかった。

 そして広大な海のもくずとなった。



 私は崖の上に立っていた。

 彼を亡くしてもう五年になるか。

 セーラー服はもう着てないけど、彼がスカーフを返しにきてくれるとまだ信じてる。


 

 サイレンが鳴った。

 私の嫌いな鳥たちが飛んでいく。

 尾翼から出る長く、白い煙を上げながら、戦闘機たちが戦争へ向かっていく。


 彼はたくさんの人を殺し、いまだ『呪い』がとけないでいるのだろうか。


 灯台の灯を消してはならない。

 彼が海の拷問から帰ってくることを信じているから。

 あの灯を頼りに帰ってきてくれることを信じているから。



「あっあの、アルバイトにきました……」

 セーラー服を着た少女が、私に声をかけてきた。

 緊張しているのか、胸を手でおさえている。

 

 私は巨大な灯台を背にし、少女にほほ笑むと、


 

「歓迎するわよ。ところであなた――『プロメテウスの火』って知ってる?」

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