第2話 マゾ、暇過ぎて情報収集する
転生してから――もう一年ちょい。
俺、イタロウ・デニシュバーン(1歳1か月)、オムツ歴400日超のベテランベイビーである。
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俺がこの施設に来た経緯は、後からシロナ先生に聞いた。
あの日――吹雪の夜、玄関前に置き去りにされた俺は、凍死寸前だったらしい。
当時12歳だったシロナが、夜中にトイレへ行こうとして玄関近くを通りかかり、雪に埋もれた籠を発見。
そして中にいたのが、当時の俺。青ざめた顔でぐったりしていたらしい。
「でもね……気のせいかもしれないけど、ちょっと気持ちよさそうな顔してたんだよね」
(……ん? 気持ちよさそう? 俺が? あの日、凍死寸前だったのに?)
(まさか……あのスキルのせいか? 被虐嗜好マゾヒズム……)
(神様……というかお前何してくれてんねん! 転生1時間でクライマックスって、どんなハードモードだよ!? わざとか!? わざとなのか!?)
変態スキルを押し付けられた上に、いきなり凍死イベント。
試練とかじゃなくて、ただの嫌がらせだろコレ。
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さて、1歳になった今の俺だが――正直あまり進歩はない。
立てない、喋れない、自由ゼロ。
一日中、木製ベッドでゴロゴロするだけ。
(暇すぎて頭おかしくなる……これ拷問だろ)
だが、残念なことにスキルは反応しない。
どうやら被虐嗜好は肉体的苦痛限定で発動する仕様らしい。精神的苦痛や退屈は対象外。
――つまり、この赤ん坊監禁ライフはただの地獄ってことだ。
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あ、ちなみに俺が主人公だからね!
当然だよね? 神様に会ってスキルもらって異世界転生したんだから。
まんま星の数ほどあるラノベの王道テンプレ。
……なのに、肝心のスキルが「被虐嗜好」って、どんな嫌がらせテンプレだよ。
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そんな俺の唯一の娯楽が、施設内の盗み聞き。
ここは50年以上続く老舗施設で、卒業生や町の人が頻繁に出入りし、世間話をしてくれる。
そのおかげで、赤ん坊のまま情報屋生活が可能だ。
そして判明した――ここはやっぱり剣と魔法のファンタジー世界。
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種族も多種多様だ。エルフ、ドワーフ、ケットシー、ワーウルフ、ヴァンパイア、サキュバス……。
中でも妙に印象に残るのが、二人の存在。
まず一人目――腕に奇妙な紋様を持つ無口な少年。年は四つか五つくらいかな。煤けた黒髪に、子供とは思えないほど鋭い目つき、いつも何かを警戒しているような表情。
他の子供とはほとんど遊ばず、裏庭や物置きの影に一人でいることが多い。
しかも、たまに見せる身のこなしが子供離れしていて、先生の目を盗んで屋根に登っていたのを俺は目撃したことがある。
――何者だお前。
(腕の紋様といい、あの雰囲気……オタク歴の長い俺のカンでは、親友ポジか、ライバルポジか、はたまたラスボスポジまであり得る。少なくとも、背景モブじゃないのは確かだ)
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そしてもう一人――銀髪に淡い青の瞳を持つ少女。年は俺より少し上、三つか四つくらい。
施設でもあまり喋らないが、外をじっと眺める姿は絵本の挿絵のように綺麗だ。
彼女の周囲だけ空気が静かで、子供たちも無意識に距離を取っている。
それでも、風に髪が揺れたときに見える微笑みは、不思議と人を惹きつけて離さない。
(この子は、ヒロインポジか……あるいは親友ポジ、仲間ポジ、もしくは俺の人生に深く関わる重要キャラ枠だろう。少年と合わせて、物語のキーパーソン二枚看板ってやつだ。そんな感じのをラノベで見たことある!)
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他にも情報は山ほどある。
魔物という共通の敵がいて、エンカウント=即襲撃、年間死亡原因の半分以上を占める。
さらに、その魔物を束ねる魔王が複数いて、殺意100%、会話ゼロ、慈悲ゼロ。エンカウントでジ・エンド。絶対会いたくない。
世界には魔法あり、勇者あり、帝国あり、宗教国家あり、伝説のドラゴンあり……。
色々不安要素も多いので明らかに地球より危険だ。だけど地球よりファンタジー度が高くてめちゃくちゃワクワクする!
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(あー、早く成長して外に出たい……せめてスキップ機能で5歳まで飛ばしてくれ)
そう願いながら、俺は今日も木製ベッドの上で耳をダンボにして情報収集を続ける。この世界の情報と、あの2人の動向に要観察だ。
――このときはまだ知らなかった。
あの無口な少年と銀髪の少女、そして俺の変態スキルが、そう遠くない未来にとんでもない形で交わることになることを。