第1話 マゾ、赤ん坊からの異世界スタート
「あう?(……ここ、どこだ?)」
目を開けると、天井に木の梁。ほんのり漂う木の香り。体はふかふかの布に包まれ、下には少し硬めのベッドの感触。
暖かくて心地いい……のだが、口から出るのは「あうあう」という間抜けな音ばかり。手足は信じられないほど短く、動かそうとしてもピクリともしない。
(……おい待て、俺、赤ちゃんになってんのか!?)
記憶が蘇る。転生イベント。金色の翼を持つ老人(たぶん神様)からの餞別スキル。
――そう、被虐嗜好。
よりによってそんな性癖丸出しのスキルを背負わされての転生である。
(いやいや、これ絶対事故転生だろ。運営にクレーム案件だぞ?)
現実逃避しつつ周囲を観察しようとするも、首すら動かない。赤ん坊のスペック、低すぎだろ。
そうやって無力感に打ちひしがれていると――
「おやおや、起きちゃったの?」
視界に現れたのは、栗色の髪を肩下で束ねた、十代半ばくらいの少女。優しい笑顔と柔らかな声。
俺の頬を指でつつき、ふわっと微笑む。
(……母親、なのか? いや若すぎる。でも異世界クオリティなら……ワンチャンある)
ラノベでは数百歳ロリババアとか平気で出てくるし、あり得なくはない。もしそうなら、将来はイケメン遺伝子ゲット確定……スキルはハズレでも顔面は当たり、ってやつだ。
「あうあうあ?(あなた、ママンですか?)」
「どうしたのかな? ふふっ、かわいいなあ。よしよし……なでなで~。ほら、気持ちいいでしょ?」
(……ああ、これが“バブみ”ってやつか。危ない危ない、変な性癖がまた増えるとこだった)
「そういえば自己紹介してなかったね。私はシロナ。この施設で両親のお手伝いをしてるの。これからよろしくね……って、赤ちゃんにはまだ無理か」
(あ、母親じゃなかったか……残念)
どうやらここは児童養護施設的な場所らしい。シロナの雰囲気的に、変な施設じゃなさそうでひと安心だ。
でも「施設」という単語で、俺の中の地球時代の記憶が刺激される。俺もあっちでは児童養護施設育ちだった。まさか転生先まで同じ境遇とは……神様、わざとだろコレ。
ふと視界の端に、窓の外の景色が見えた。レンガ造りの建物が並び、煙突からは白い煙。馬車が石畳を走り、露店では果物や焼き菓子が売られている。
おお、ガチのファンタジー世界だ! 剣と魔法の香りがプンプンするぜ!
(よし、いつか絶対冒険者になるぞ……スキルは見なかったことにして)
「はいはい、今日はね、外で子ヤギが生まれたんだよ。大きくなったら見に行こうね」
そんな会話を一方的に聞かされていると、急激な眠気が襲ってきた。赤ん坊の体力ゲージ、やっぱり豆電球レベル。
シロナがまだ話しているが、もう耳に入らない。意識がふわっと遠のく――
「あらら、もう寝ちゃった。……でも元気そうでよかった。寒空の下、籠に入ってた君を見つけた時は本当に驚いたんだから」
そこで一瞬、声色が変わる。
「……でもね。あの時――君は死にかけてたはずなのに、すごく……気持ちよさそうな顔、してたんだよね。……ま、きっと気のせいだよね」
その言葉が、耳の奥にかすかに残る。
けれど、赤ん坊の俺はすでに眠りの底に沈んでいた。
この時はまだ知らない。――その“気のせい”が、俺とシロナの生活を、確実に波乱へと巻き込むことになることを。