愛玩動物が欲しいと言ったら、狼の獣人がやってきた。
よろしくお願いします。
ヒトの国と獣人の国、竜の国がある。
ヒトの国は小さいが数が多く、獣の国はそこそこ広く数はヒトの国ほどではないが竜よりも多い。そして竜の国は領土としての土地はもたないが、一人一人一騎当千の力を持ちその数は少ない。
だからヒトの国は獣の国と竜の国に対して恐れを抱いている。ヒトの国をものの数時間で蹂躙できる彼らが。だからヒトは考えた。彼らと良き隣人でいる方法を。
獣の国も竜の国も少しずつその数を減らしている。もちろんヒトの国も。彼らは後継を作ることを絶対とし、相性や子の作りやすさなどから『ツガイ』を探し求めている。そしてその『ツガイ』は同種族だけではなく、異種族からもよく選ばれる。言うならば、何故かヒトが選ばれることが多い。これはヒトのもつ潜在的なものが関係しているのではないかと言われているが、誰もこれを解明したものはいなかった。
獣の国、竜の国、それぞれがヒトの国に対して留学と称し、10人前後それぞれの国へ送るよう交渉した。対価は不戦、外敵に対して同盟を結びこれに対抗すること。ヒトの国は喜んだ。
獣の国も竜の国もヒトの国を尊重し、外敵から守り災害を防ごうと手を尽くしてくれる。
ヒトの国は喜んだ。
ただ、送られた人はそうでもなかった。特に彼女に関して言うならば。
***
「キィイィッなんなのよこれ!行動制限されて他の人とも会えないなんて!!人質じゃない!」
その人選はランダムと聞かされていた。そして行動はほぼ自由だと。その国にいるのであれば何をしても良いと聞かされていた。大体の者たちは学校や手にしている職業にあった職場を選択し、そこでその国のことを学ぶことが多かった。
しかし彼女には自由がなかった。ヒトの国で仕事も決まり、親元も離れ城でメイドをすることになっていたのだ。彼女自身、彼女の地元では出世頭だった。皆が羨んだ。ちょっと鼻が高くなって少し傲慢になっていたかもしれない。だから罰があたったのだろうか。ただこんな仕打ちはないだろうと考えていた。
「外に出たい!退屈!限界!ふんがっ!!!」
怒っても悔しくて泣かないのが彼女。近くにあった枕を投げて、ばんばんと床へ打ち付ける。その内疲れて床へ座り込む。彼女がここへきてから数日しか経っていないが、城にある部屋の一室に運ばれてからはそこに軟禁されていた。
「ポムに会いたい。ああ、可愛いポム」
彼女の実家で飼っている犬の名前だった。連れてきたかったが、一切の動物の持ち込みは禁止されていた。勿論家族からも反対にあった。そして彼女は限界だった。
「すいません!私犬飼いたいんです!」
「犬……?」
「犬じゃなくても猫でもいいの!豚でも!愛玩動物欲しいんです!」
「それは……どうでしょうか」
「お願いします!私このままだとおかしくなりそうなの!」
彼女の世話をしてくれる侍女におねだりしてみた。だいたいはとおしてくれてるが、今回は何故か旗色が悪そうだった。
「生き物は……許可がおりないかもしれません」
「だめでいいので聞いてみて下さい」
「期待しないで下さいね」
そう言って彼女は出て行った。いつも誰に相談をするのかわからないが是非とも結果をだしてほしかった。
***
コンコンコンコン
「はーい!」
「戻りました」
「待ってました!!」
さて、あの侍女がきっと、きっと話をつけて可愛いあの子を連れてきたのだろうか。期待で胸がいっぱいになる。茶色の彼か、錆色の彼女か、白い彼女か……。どちらにしろ懐いて欲しい。
「お待たせしました。愛玩動物です」
「……え?」
「愛玩動物です」
「これが?」
愛玩動物とは、と彼女の頭の中に疑問が出てきた。
愛、すなわち愛くるしい。玩、玩具の玩だからおもちゃ?楽しいもの?動物は……ヒト以外の生き物、あわせると、愛くるしい楽しい生き物みたいな?と彼女はなんとなく結論づけた。
そして愛玩動物と紹介された愛くるしい楽しい生き物を見てみる。
どっからどう見ても犬か狼、その類の獣人だった。
白い毛並みの耳と尻尾。目は黄金に輝き、柔らかな印象の獣人だった。クビに首輪とリードがついており、侍女がそのリードをもっていた。若干手が震えているように見える。
「あー、うん。返品で」
「無理です」
「こんな大きいのいらないし、癒されない。愛玩動物じゃない」
「駄目です。はい、これリードです。お茶入れてきますからね」
無理やりリードを渡され、走るように去っていった。
「え……、どうしろと……」
ちらっと大きな愛玩動物?を見上げると、目が合ってしまった。
「こ、こんにちは?」
「こんにちは。初めまして、ご主人様。ルイと呼んで?」
「こ、言葉喋れるんだね?ル、ルイさん?」
「カレンは癒して欲しいの?」
「癒してほしいというか……。私名前言った?」
「知ってる」
尻尾が左右にびたんびたんと揺れており、喜びを表現しているように見えた。愛玩動物ならば。
「ねぇ、ルイさんは……犬?狼?」
「狼。食べられないように気をつけて?」
「返品したい」
「無理」
「愛玩動物じゃないよね?」
「愛玩動物だよ?」
絶対に違うと思ったが、口には出さなかった。ルイの目が爛々として怖かったからだ。
「愛玩動物ってご主人様の言う事聞くんだよ?」
「ふーん」
「お手」
「………」
「おかわり」
「…………」
「○△○△」
「…………女の子がそんな言葉言うもんじゃない」
これやっぱり絶対愛玩動物じゃない。完全に見下されているような表情を浮かべて今度は心が折れそうだった。とりあえずお茶をあの侍女がもってきたら、絶対に返品してきてもらおうと心に誓った。
***
カレンは、思っていた愛玩動物とは違うルイが来てしまい、かなり動揺した。そして求めていたものとルイは違うので放置することにした。ただ、それをルイは許さなかった。何故かソファの上でルイの膝の上にいた。カレンは遠い目にならざるを得なかった。
「ああ、ポムに会いたい」
「男?」
「私の可愛い子ちゃんよ!白くてふわふわの毛並み、つぶらな瞳。ああ!もうどのくらい会ってないの!?」
「男は駄目。俺じゃ駄目!?」
「は!?ポムとルイさんを一緒にしないで!!ポムはちょっと馬鹿だけど愛嬌があるのよ!」
そう誰彼構わず尻尾をふり良い顔をするポム。番犬には決してなれない。むしろ不審者でも喜んで迎え入れるであろう。対する彼は、知らない人間は容赦なく喉笛を噛みちぎってくれそうな優秀な番犬、もとい狼だろう。キュートなアイドル対クールなモデル、そんなところだろうか。
「俺は馬鹿ではないが愛嬌くらいある」
ルイが叫ぶとそこには大きな狼が現れた。
「ふふん、どう?」
「な、な、ななななななななんていうもっふもふ!!」
そっと触ると低反発のようにゆっくりと沈む毛並み。そこに顔を埋めると少し獣くさいが、ふわふわした毛が温めてくれる。
「これは癒し……。至高」
「でしょう?愛玩動物だよね?」
「確かに。私が間違ってました」
謝罪をし首元に手を回したり、においを嗅いだり、顔を埋めたりしこの自称愛玩動物を堪能した。
「はぁー!癒されるー。眠くなってきちゃう」
「特別。カレンなら俺の腹を枕にして寝ても許すよ」
「うわーい!やったー」
ふわふわのお腹に頭と身体を預けるとうとうとし始めた。環境が変わり夜はあまり寝付けてなかったのだった。
「おやすみ、カレン」
「……おやすみ………」
カレンが寝入ると扉から先ほどの侍女が入ってきた。
「おやすみになられましたか?」
「ああ」
「よかった。ここにきてあまり寝てなさそうでしたので……」
上から身体が冷えないよう毛布をかけるが、身じろぎはするが起きることはなかった。
「閣下、いつまでこの茶番を続けるのですか?カレン様がお可哀想でなりません」
「外は危険だから。男もいるし」
「他の方が自由にされていることを知ったら誤解されますよ!」
「そうなる前に来たんだよ。一緒なら問題ない……。たぶん」
「まあまあ、独占欲も過ぎれば煩わしいものですからね。その前に閣下はカレン様に言うべきことを言った方がいいのでは?いつまでも愛玩動物のわけにもいきませんよ?」
「ぐっ。わかっている。仕事に一区切りつけてようやく来たんだ。何とかする……たぶん」
「絶対何とかして落として下さいませ。カレン様の心が折れますよ」
「……わかった。つがいには幸せになって欲しいからな……」
優しく囁くルイはカレンを愛しげに見つめた。
「ようやく会えた俺のつがい。絶対に離さない」
カレンの額に優しく口づけを落とし守りの魔法を唱えていく。足元に広がるそれは、優しい金の光を帯び、優しくカレンを包み込んでいった。
***
ルイは獣の国では、将軍職を担っていた。カレンとはヒトの国の行事へ、王の名代として参加した王子の護衛として付いていった先で見つけた。
見つけた時のルイはそれはそれはひどいもので、カレンを拐かし、獣の国にある自分の館へ軟禁しようとしたのだった。それを事前に王子が察知し、ルイの部下総出で何とか捕縛、慌てて出国した経過があった。
至急カレンの獣の国への留学を決定し、それをヒトの国へ通達、やや力技でねじ込んだ。そうでもしなければ、国を代表する軍のトップを、犯罪者として捕縛しなくてはならない事態になると、容易に予想できたからだ。
そんな事になるくらいなら、少し骨を折って彼女を獣の国に呼べばよい、そういう風に提案したのが獣の国の王だった。彼女もヒトの国からツガイを見つけた者の一人で、その身を切られるような思いはよくわかるとルイに同情した一人だった。
そんな経過もあり獣の国に呼ばれたカレン。ルイの独占欲が強すぎたのと、溜まっていた仕事のためなかなか会いに行けず。侍女からカレンの精神衛生上、これ以上の軟禁は難しい、せめて彼女の言う愛玩動物を手元に、という訴えがあり、残っていた仕事を部下に押し付け慌てて愛玩動物という身分で登場したルイ。なんとか交流をはかり、カレンの身と心が持ち直させ、ルイが自分自身のことを伝えてカレンに愛を伝えるのはまだ先の話。
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