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薔薇姫の学園  作者: 松野三鶴
第1章 秘密
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雪風への手紙

第1章 秘密



『どうか、薔薇姫の秘密をほどいてください──』


「……と書かれた手紙が靴箱に入ってたんですけど、どうしたら良いと思いますか?」

「いや、突然なんだよ」


 は? と遠慮なく向けられる疑いの眼差しに雪風は狼狽えた。

 そろそろ梅雨に入ろうかというある日の昼休み。雪風とカオル、ナオミの三人は学内のカフェで食事をとっていた。指定席のソファに座って食後のコーヒーとデザートを食べていると、徐に雪風が先のような相談を持ちかけた。


「ちょっと前に、あの、登校してきたら靴箱に手紙が入ってて。中身を見たら、薔薇姫について調べてくれ、って書いてあったんです」

「はぁ……? お前学内で探偵でもやってんの?」

「先輩たちのお世話があるのにそんなものまでやれる訳ないじゃないですか」

「なんだとてめー」


 食いかかろうとするカオルをナオミが宥めて続ける。


「ちょっとそれだけだとよく分からないのだけど、その手紙を見せてはくれないの?」

「内輪であっても人からの手紙を共有したり、晒したりするのはちょっと良くないかな、と……」

「でもお前、内容話してんじゃん。もう一緒じゃね?」

「うー……それも本当に迷ったんです……最初は自分でちょっと話を聞いたりしてみましたが、分からなくて……でも、なんか気になっちゃって……手紙本体を見せずに相談するぐらいならいいかなって……」


 唸る雪風の頭をナオミが撫でる。


「貴方のそういうところ、良いと思うわよ。薔薇姫って、学園の御伽噺の薔薇姫のことよね」

「そうだと思います……この学園には部外者は入れません。学内の人間が薔薇姫と言うなら、それはあの伝説のことしかないと思います」

「あの乙女趣味全開の作り話だろ? 暇つぶしでからかわれてんだよ」


 カオルはつまらなさそうに言って、カットメロンをつまんだ。


「でも、本当に生徒がいなくなったっていう事件があったらしいんですよ。あの、知り合いとか、先輩方に聞いたりしたんですよ」

「ただの噂だって〜。こんなとこに通ってるからそういうちょっと怖くて面白い話したいだけなんだよ。だいたいな、そんなことあったら大事じゃねぇか。めちゃくちゃ話題になるぜ」

「そんなこともないかもしれないわよ。ここにいる子たちの親なんて面子だけで生きてる生き物なんだから、何か不都合があったら娘ごと闇に葬るわよ」

「オメーはいきなりそういう怖いことを言うなよ……」


 ニヤッと笑うナオミにカオルはげんなりする。


「でも、なぜ雪風にそんな手紙を送ってきたのか、ちょっと気にならない? 薔薇姫の秘密とやら、もしも本当にその回答があるなら私も知りたいわ」

「そうかぁ? あたしの趣味じゃないんだよな」

「ちょっとしたゲームよ。この手紙を誰が送ってきたのか、その目的はなんなのか。眉唾な御伽噺に何か回答があるのか。推理ゲームよ」

「作り手がクソならただのクソゲーだぜ」

「いいじゃない。そもそもこんな人生がクソゲーなんだから。私たちにこんな不敵なものを送ってくるような生徒、もう出ないかもしれないじゃない。乗ってあげましょうよ」

「そもそもあたしたちじゃなくて雪風に送られてきたものだろーが」

「なんで雪風に送ってきたと思う? 雪風の人望もあると思うけど、雪風が話を聞く相手に私たちがいたからよ」


 ナオミはコーヒーをすすり、悪戯っぽく笑った。


「あのね、私たちが話を聞いて真実を答えない生徒がいると思う? 情報を集めるだけなら私たちがSNSで一言「教えて」って言うだけでいくらでも集まってくるのよ。この手紙を送ってきた人間にはそういった人望やコネクションはないわ。それに自分で聞きに行くというアクションを起こすこともできない。非効率だからしないのかもしれないし、そんな行動力はないのかもしれない。

人物像の候補としては目立たず、仲の良い友達もいない。いるならその子とやればいいのだから。要するに人の協力を得られないような人望のない人物。けれども頭が良く、自分が動かずとも周りを働かせることで物事が動くことを知っている。謎々をいきなり人に送りつけるなんて普通の神経の人間ならしないから、ちょっとイかれてる子じゃないかしら」


 スラスラと述べられる洞察に、カオルと雪風はポカンとナオミを見つめた。


「それにね、もしもこれがただの悪戯ならそれはそれで面白いのよ。罪悪感があるならそれにつけ込んでしばらくオモチャにできるし。まあただの異常者なら楽しめないけど、雪風が読んで行動を起こそうとするような手紙を作れるんだから、それなりに知能はあるんじゃないかと思うのよね。もしかすると本当に面白いゲームを用意してくれている可能性もあると思わない? ねぇ、カオル」


 突然話を振られたカオルはびく、と身体を震わせた。


「あ、はい、そうだと思います……」

「なんで突然敬語なのよ」

「いや、本当にお前賢いんだな、と思って……」

「あのねぇ。それっぽいことを言ってるだけなの。こんなことに引っかかってたら、いつか大損喰らうわよ」

「えっ! じゃあ嘘かよ!」

「嘘じゃないわ。限定的な条件を勝手に設定して、その中からこうじゃないか、というのを尤もらしく言ってるだけ。探偵小説なんてみんなこういうくだらないトリックを使ってゴリゴリ進めていくのよ。でも、全くあり得ない話ではない」

「なるほど……」

「だから、つまらなくなったらその時点で降りたらいい。それまでは乗ってあげても面白いかな、という話よ」


 ナオミはコーヒーを飲み終えてカップをソーサーに置いた。カオルも雪風もデザートを食べる手を止めたまま黙っていた。カオルはナオミが敵でなくて良かったと冷や汗をかいていたし、雪風はナオミの所作の美しさとチラチラ見え隠れするサディズムにドキドキしていた。


「で、やるの? やらないの?」

「や……りますかね」

「敬語やめなさい、気持ち悪いわ」

「あー! もう! お前は! 分かったよ!」


 じと、と向けられるナオミの目線から逃げるようにカオルはその場に立ち上がった。


「はい! 注目! この中で雪風に手紙送ったやつ! 手を挙げろ!」


 突然叫んだカオルに驚き、カフェの店内は静まり返った。それから何人かが手を挙げる。


「なんでこんなにいるんだよ!」

「あっ、いや、彼女たちは……また別の手紙をくれた人たちで……あの、大丈夫です、皆さん手を下げて貰って問題ないです、すいません……」


 雪風が立ち上がってなだめる。

 ナオミがクックと俯いて笑いを堪えている。「雪風、貴方本当にモテるわねぇ」と呟く小さな声が聞こえて、雪風は顔を赤くして椅子に座った。


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