カオルとナオミ
「流石に雪風が可哀想だから、いつもは戻るんだけどなー」
放課後。職員室から戻る途中、学年の違う雪風と分かれた後でぽそりとカオルは呟いた。
「先生方もよく分ってらっしゃるわよねー。流石に雪風を持ってこられると対応せざるを得ないというか」
「あたしらに物言える教師はいないけど、雪風を使って、しかも雪風セットで怒ってくるあたりが賢いよな。普段なら勿論こんなお説教は無視だぜ? でも雪風一人で行かせる訳にもいかんしなぁ」
「だからいつもは素直に戻ってるんでしょ。どうして今日はそうしなかったの」
「うーん。なんというか……なんか、いつもと違うことがしたかったというか」
カオルは歯切れ悪く言った。
「雪風も来て、面白いんだけど、もう少し何かないかなぁ」
「何かって何よ」
「面白いことだよ。ワクワクするやつ」
「ワクワク、ねぇ」
それきり二人は黙り込み、弱々しい陽光が差し込む廊下をぼんやりと歩いていた。
*
「またカオル先輩たちのことで呼び出し? 大変ねー」
「しかも今日は私まで怒られたよ」
教室に戻ってきた雪風は、まだ教室に残っていた生徒たちにいつものように冷やかされた。ため息をつきながら雪風は愚痴る。
教師陣からは勿論評判の悪いカオルとナオミだが、その実ファンは多かったりする。先輩方からは愛玩され、下級生からは憧れられる。
カオルは日本政財界でも有数の名家の長女だが、それにはそぐわないガールクラッシュな風貌とロックな性格が女生徒たちに初めての恋を覚えさせる。ナオミはドールのように完璧な美貌に、高い知性を持つ故の少しのサディズムと静謐な色気をまとっている。二人に心臓をぎゅっと掴まれてそのままもぎとられてしまう生徒が続出していた。
そんな二人のお気に入りである雪風のポジションが皆から羨ましがられるのも無理はない。嫉妬というこの世で最も恐ろしい感情が、それでも陰湿な暴力を生み出さないのは雪風自身も「あちら側」の人間であったことに他ならない。整った顔立ちと、(甘いものと可愛いもの以外には)公平な態度、名前をすぐに覚えて誰にでも優しく笑ってくれる雪風はカオルたちとはまた違った健全な人気があった。
「先生方も私をなんだと思ってるんだろう。確かにちょーっと今日はしくじっちゃったけど!」
「カオル先輩のおごりでカフェ行ってたんでしょー。それは怒られて仕方ないよ、君。羨ましいわ!」
クラスメイトたちに囃されて、雪風はばつが悪そうに胸元で人差し指の先を突き合わした。
「まあ、雪風はあのナオミ先輩に入学と同時に告白してるし、私たち含めて他の子はそんな度胸もないんだから、仕方ないけどね」
「あれは伝説だよねぇ。すごいよ、本当」
「ぎゃー! やめてっ! というか告白じゃないよ!」
顔を見合わせてしきりにうんうんと頷くクラスメイトの前で、雪風は耳を塞いでブンブンと頭を振った。