雪風
「に、してもだ。こんなに暇だとあたしはそろそろ不良の枠を超えて暴走族か糞ビッチになるかしかないんだが……」
「なんでそんな最低な二択しかないのよ。もっと生産性あるものになることを目指しなさい」
「お前どっちが良い?」
「どっちも嫌よ! この馬鹿!」
ナオミが叫んでぽこ、とカオルの頭を小突く。風が吹いてナオミの艶やかな長い黒髪がなびいた。カオルは春の木漏れ日に眠気を誘われて微睡む。
その時ザッザッザ……と芝生を踏みしめてこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「ナオミ先輩! カオル先輩!」
「あら、雪風。貴方もサボり?」
ひらひらと手を振ってナオミは言った。ハアハアと息を切らしながら、雪風と呼ばれた小柄な女生徒……久遠雪風は二人の前に立った。赤らんだ顔には怒りが滲んでいる。
「もうー! 貴方たちは! またサボって! 毎回毎回呼び戻しに行かされる私の気持ちを考えてください!」
「よう、雪風。まーたお前教師にパシられてんのか? 可哀想に。まあこっち来て休めよ」
「誰のせいだと思ってるんですか⁉︎ 私、この学園に入学してからまだ一ヶ月ですよ! それなのに何故か同じクラスでもなければ同じ学年でもない貴方がたが脱走する度に行って来いって言われるんですよ⁉︎ どうなってるの⁉︎」
「まぁまぁ。雪風可愛いから仕方ないわよ」
「なんの理由にもなってなーい! もう、早く来てください!」
雪風は二人の腕を掴むと引っ張って立ち上がらせる。
「なんか飲んでから行こーぜ。雪風、お前の分も奢ってやっからさ」
カオルはいたずらっ子のように笑って言った。「むー」と雪風が唸る。甘いものに雪風は弱かった。
「ほら、新作のダルゴナキャラメルコーヒー。気になってただろ。ちょっとぐらいゆっくりしてから行ったって大丈夫だって。それ飲んだらすぐ戻るし」
カオルはつんつんと雪風の頰をつつく。雪風はされるがままで5秒ほど考えた後、渋い顔のままゆっくりと頷いた。カオルは満足そうに笑う。
「カオル、私の分は?」
「お前は自分で買いなさい。さっきあたしのこと馬鹿にした罰です」
「むー」
「雪風の真似してもダメ」
「私もゴルゴダコーヒー飲みたいよー」
「ダルゴナな」
三人は学内のカフェに向かって歩き出した。一度行くと決めてしまうと雪風も現金なもので、にこにこ笑って二人の後をついていく。
無論だが、この授業時間内に三人が戻ることはなかったため、ダルゴナキャラメルコーヒーに釣られた雪風含めて教師にみっちりお叱りを受けた。