私立抄美女学園
序章
私立抄美女学園には麗しい不思議ばなしがある。
学園には薔薇姫なる魔女が棲みついており、彼女のお眼鏡に叶った女生徒を連れ去って一輪の薔薇へと変化させてしまう。永遠の命を与えられたかぐわしい花は、薔薇姫の膝元で、終わらない蜜月を享受する。
そんな処女たちの妄想を、鳳カオルと若木ナオミはまるで求めていなかった。
「私立なんて名前だけだぜ? 国のお偉いさん方のご令嬢ばっかかき集めて、その寄付金で成り立ってんだから、もはや国立学校だろうがよ」
「確かにね〜。給与として与えられる国民の血税とやらがバンバン注ぎ込まれちゃってるんだもん。いっそ最初からここの運営費、税金で全部賄っちゃえばいいのにね。前から思ってたけど、血税って表現、まるで聖体拝領よね。まぁそう考えたら、国民の血が官僚のワインに化けるのは当たり前ってことかしら」
「お前、いきなり難しい話すんのやめろよな。マジ白ける」
「こんなことも理解できないカオルのおつむに問題があるのよ」
にっこりと笑ったナオミをカオルは睨みつけた。
「私が授業をサボるのは全く問題ないと思うのよ。でも、あなたはもう少しお勉強した方が良いんじゃないかしら。お可哀想な貴方の学力を育てるために、国民たちの少ない稼ぎから毟り取られた税金が使われているのよ。少しは申し訳ないとは思わないのかしら」
「お前マジムカつく」
カオルはそう言うとぷい、とそっぽを向いた。ナオミはクスクスと笑い、カオルの短く切り揃えられた髪の毛に指を通して撫でる。中庭に咲く木蓮の木陰、二人はその柔らかな香りに包まれながら、贅沢な箱庭の悪口を紡いでいた。
少し不良な二人は、学園外の同世代の青年たちと同じようにいつも刺激に飢えていた。抄美女学園に通う令嬢たちにとってはこの学園を卒業し、慎ましく上品な「妻」となることが目標である。人生に刺激など不要。古いならわしは、国の深部では未だ健在であった。
しかし、そんな彼女たちにも心の奥底には少しだけの葛藤があったのだろう。この学園を出れば薄っぺらいトランプのカードのように、誰かの欲望を叶えるために要所で切られ、用途がある限りは極限まで使い回される。そんなのは嫌、と。
彼女たちの心を慰めるおとぎ話が「薔薇姫」であった。
美しい少女の姿のまま薔薇となり、楽しい思い出の残る学び舎の中で永遠を生きる。そんなありえない想像に乙女たちは浸り、秘めやかに微笑むのであった。
カオルは「トランプ」になる気などさらさら無く、楽しくやりたいことだけやって生きていくつもりであったし、ナオミも、学生の作り出した感傷的な拙いポエムに憧れる気持ちはなかった。