見えない壁
さっきから会話らしい会話はない。
「駅、ついたぞ。降りないのか?」
夢叶は立つ気がないのか?
さっきからずっとい座ったままだ。
「まったく、めんどくさいな」
夢叶の腕をつかみ、立たせ一緒に電車を降りる。
改札口を出て、歩いているが夢叶からは生気を感じない。
帰り道、子供の頃に遊んでいた公園が目に入る。
この時間、さすがにだれも遊んでいないな。
夢叶を公園のベンチに座らせ、俺も隣に座る。
「悪かったよ。言い過ぎた、機嫌直せよ」
めんどくさい。こんな感じになると、明日からの活動に支障がでそうだ。
早めに何とかした方がいいだろう。
「……」
無視ですか。ま、俺もよく夢叶の事無視するしな。
さて、どうしたものか。
近くの自販機で飲み物を購入。
一本夢叶に渡す。
「ほれ、この俺がおごるんだ。よかったら飲めよ」
さっきまで無反応だった夢叶は俺の手からジュースを取る。
「ご、ごめん……。無駄使いさせちゃった……」
「気にするな。この辺りでは一番安い自販機だからな」
やっと口を開いたか。
「あ、あのね。唯人さ、私の事嫌い?」
「あぁ、嫌いだけど?」
「な、なんでかな? 私は唯人に何かしたの?」
「多分してないんじゃないか? ただ、俺が嫌いなだけ」
夢叶はジュースを握りしめ、上を向いた。
「ははっ、何度聞いてもグサッとくるね。なんでこんなに嫌われちゃったんだろ? いつから嫌いなの?」
「いつだろうな。中学に入ったころかな?」
「なんで? それまでは一緒に遊んだりしてたじゃない? どうして急に?」
「どうしてだろうな。話す必要はない」
夢叶は持っていたジュースをベンチに置き、両手で俺の手を握ってくる。
「なんで? どうして? 理由を教えてよ」
「断ったら?」
「話してくれるまでこの手を離さない」
それはそれでめんどくさい。
「話したら、その手離すのか?」
「すぐにでも」
「女に二言はないな?」
「ない」
ま、ここまで来たら話すか。
「夢叶は俺の事見下しているだろ?」
「え? 何それ?」
「貧乏な俺の事見て笑ってるんだろ?」
「笑ってないよ、何でそんなことになってるの?」
「それに、生活の水準が違うんだよ。子供の頃は気が付かなかったけど、現実を知ったんだ」
「現実って? 唯人の現実って何?」
「俺は貧乏で夢叶はお嬢様。俺はこの先も苦労する人生だけど、夢叶は楽してのほほんとした普通の幸せが待っている人生」
「何? いったい何を言っているの?」
「わからないだろ? 俺と夢叶は住む世界、生活水準が違いすぎる。このままだと俺がみじめになるんだよ」
「ごめん、唯人の言っている意味が分からないよ」
俺は立ち上がり、握られた手をそのままに、夢叶も立たせる。
「ほら、見えないか? 俺と夢叶の間にある見えない壁」
「私には見えない」
「そっか。この壁は絶対に壊れない。俺たちはこの先絶対に交わらない、それぞれの人生を歩んだ方がいいんだ」
「え? なんでそんなことに……」
「俺の近くにいると、夢叶は不幸になる。だから離れた方がいいんだよ」
夢叶に握られた手が、少し痛く感じる。
夢叶が力を入れてきた。
「何勝手なこと言っているの? 何自分一人で話を進めているの? 何で一人で完結させちゃってるの?」
「は?」
「どうして話してくれないの? どうして? 昔みたいに何でも話してよ! 私はいつでも、どんな時でも聞くよ!」
「必要、ないだろ?」
「あるよ。唯人になくても、私にはある」
いつもより、激しい口調。
「唯人の現実って何? だったら私の現実を知っているの?」
「夢叶の現実?」
「さっきから自分の事ばっかり! なんで私の話を聞いてくれないの? 知ろうとしてくれないの?」
「いや、だって、それは……」
「それは何? 私に聞いたの? 確認したの? ちゃんと伝えたの?」
な、なんなんだ?
夢叶のやつ、何かが吹っ切れたように話している。
「伝えるも、何も……」
「家が貧乏だから? 唯人が苦労する人生? 私がのほほんな人生? 何それ? 誰が決めたの?」
「でも……」
「現実を見てないのは唯人の方でしょ? 勝手に決めないで!」
「俺は現実を見て……」
「なにかっこつけてるの? 何自分に酔ってるの? なんでそこに私を入れてくれないの!」
「夢叶を入れる?」
息を切らしながら夢叶はずっと話し続ける。
こんなに話をしたのはいつ以来だろうか。
「本当の事を話してよ。今の、唯人の本当の気持ち、心、想いを聞かせてよ! それを聞いたら、私だって納得するしかないじゃないっ。話して、本当の事を今ここで話してよ!」
誰もいない暗くなった公園に夢叶の声だけが響いている。
「本当の想い……」
「唯人の、本当の想い、私に聞かせてよ……」
俺は何で嫌いになった?
いつから? なんで? どうしてそう思うようになったんだ……。