俺はお前が嫌いだ
家を出ると同じタイミングで夢叶に合う。
何で毎朝……。
「おはよ」
「……」
話しかけるな。俺はお前と話すことはない。
「何で無視するの? 高校に入ってからほとんど話してくれなくなったね?」
「……そうでもないさ。必要な時には話す」
「そっか……。あのさ、そろそろ生徒総会あるけど、立候補しないの?」
「しない。忙しくなる」
「一緒にさ、生徒会しようよ」
「断る。バイトしながら勉強して進学するんだ。そんな暇はない」
「大学行くの?」
「国立、一番近いところ、奨学金、推薦入学。何とかなると思う」
「そっか。受かるといいね」
その上から目線が大嫌いだ。
私はどこでも好きな大学に行けますよ? そんな顔してるんだよ。
なんだその余裕の笑顔。こっちの気も知らないで……。
「受かるさ。そのための努力だってしてるつもりだ。大学出て、稼いで……」
「一番近い国立が第一志望なんだね……」
偏差値もそれなりに高い。
試験まで勉強を頑張れば、きっと何とかなる。
※ ※ ※
その日の授業も終わり、放課後を迎える。
「一ノ瀬、あとで職員室に」
担任の先生から呼びだされた。
俺、何かしたか? バイトの許可ももらってしているし、校則だって守っている。
テストも赤点ないし、廊下だって──たまに走っているか……。
職員室からなぜか生徒指導室に。
生徒指導の先生と担任の先生。それに、学年主任の先生までいる。
本気でわからない。俺は何かやらかしたのか?
心当たりが全くない……。
「一ノ瀬、生徒会長しないか?」
「は?」
予想外の一言。
正面には三人の先生が熱い視線を俺にむけている。
逃げられる、のか?
「なんで俺なんですか?」
「成績も悪くない、素行態度もいい。授業中もちゃんと聞いてるし、特に問題がない生徒だからな」
だったらほかにいくらでもいるだろ?
なんで俺なんだ? 俺は忙しいんだ。
「辞退します。俺、忙しいので」
席を立とうとすると先生は話を続けた。
「生徒会長は、内申点が一番高い。国立大学狙うんだろ?」
なぜそれを……。
「一般ではなく、推薦もほぼ確定しますがね……」
学年主任の眼鏡がきらりと光る。
「推薦ですか……」
「そうです。生徒会執行役員、その中でも生徒会長は学校に一つしかないポスト。部長よりも会長の方が内申点は高く設定されています」
席を立とうとした俺は、もう一度座りなおす。
「ほかにも立候補がいるんですか?」
「いない。毎年、先生たちで会議をしてこちらから声をかけている。今年の第一候補は一ノ瀬だ。どうだ、やってみないか?」
当選確実の生徒会長のポスト。
内申点が高く、推薦もほぼ確定。大学に行けるチャンスか?
返事は決まっていた。
『では、第三十四代生徒会長は一ノ瀬唯人さんに──』
生徒会長に見事当選。
副会長も書記も全員が当選している。
ま、当たり前ですよね。全員当選確実の出来レース。
たった一つ誤算だったのは──
『副会長は牧野夢叶さんに──』
「唯人、生徒会長おめでとう。一緒に活動できるね」
壇上で俺に笑顔を向ける幼馴染。
学校で一番嫌いな奴が、隣にいる。
俺の選択は、間違ったのか?
そして、会長となった俺は思ったよりも忙しくない。
放課後、生徒会室にメンバーがそろう。
「会長、予算はこれで大丈夫ですね。ハンコだけください」
「会長、旧体育館のロッカーが壊れたと申請がありました。これは部費から別枠で計上しますね。顧問の先生含め許可はもらっています」
優秀な書記や総務様。
俺はハンコを押すだけのかかりだ。
俺、いらなくね?
そして、みんな仕事の為部屋を出ていった。
「会長、お茶にします? コーヒーにします? それとも水?」
「いらん。それも会費から出ているんだろ? ぜいたく品だ」
「あ、これは私の私物ですよ?」
「じゃぁ、なおさらだ」
副会長となった夢叶は俺と同じ時間を過ごすことが多くなった。
できればかかわりたくない。いや、かかわってはいけないんだ。
「唯人、どうしてそんなに冷たくするの? 前は一緒に遊んでいたのに」
「……この際だから言っておく、俺はお前が嫌いだ」
よっぽどショックだったのか。
しばらく沈黙の時間が流れる。そして、夢叶の瞳が激しく揺れている。
「嫌い、なんだ……。ご、ごめんね……。私、唯人に何かしたのかな?」
「何もしてないさ。ただ、俺はお前が嫌いなだけ。気にするな」
「何それ……。面と面を向かわせて、真正面から『嫌いだ』って言われて、気にするな? 無理だよ」
「じゃぁ、別な言い方をしてやる。俺に付きまとうな、俺に話しかけるな、俺にかかわるな」
肩を震わせながら、夢叶はテーブルを見ている。
前髪で目は見えないが、テーブルの上には少ししょっぱい水たまりができている。
「……どうして? どうしてそんなこと言うの?」
「なんでだろうな? 気が付いたらそう思っていた。悪いな。でも、仕事はするし、最低限の関係は続けるさ」
「唯人、もっと昔みたいに──」
「無理だな。俺たちはいずれ大人になる。大人になったら俺たちの進んでいる道は違う。ただそれだけだ」
「違うよっ! 大人になったら、大人になったらっ──」