ブラック私小説 ~私、おふトゥん販売します~
※この物語はフィクションです。くしゃみはハクションですけど、実在の人物・団体などとは一切関係ありません。
「おはァァァーーーーザァァァァー---ッス!!」
「声が小さいィィィ!!!!!!」
「おはァァァーーーーザァァァァー---ッス!!!!」
我らおふトゥん売る商会は、高額のおふトゥんを売っている会社。
私はそこのヒラシャイーンです。
朝礼では、腹の底から声を出すことを強いられ、いえ、お願いされています。
喉と筋肉を鍛える事は、販売において極めて有利に働くという会社理念によるものです。
「お前らそれで売れると思ってんのかァァァ!!!!」
「シャァァァーーーーセェェェェェェンッッッ!!!!」
朝の音頭を取るのはカカリチョーさんです。女性です。
毎月売り上げシールが天井まで突っ切るヤヴァイ人、いや、目標とすべき人です。
「いい!? 私達が扱ってるおふトゥんはいいものなの!!
いい!? いいものを扱ってる、いいお店なのよ! いい!?」
よくないけど、よくないとは言えない雰囲気です。
「ヤスッッッ!!!!」
腹から返事をします。
ヤス!みたいな声を出してますが、安いの意味でも犯人でもないです。
ハイって返事すると語気が弱いので、こんな感じの発声をするように教わりました。
「じゃあ、ブチョー!!!!
オネガシャスッッッ!!!!」
カカリチョーがブチョーを呼びます。
ブチョーは、茶色のスーツがちくちくしそうな感じです。
ああ、あれです。国民的漫画に登場してそうな先生みたいです。
私はブチョーに廊下に立ってろと言われたことはありませんが。
「みンなさンのォォォ!! おぉンかげさまでェ!!
今月目標は残すところ30件となりましたァァ!!」
出っ腹を張って、大きな声を出しています。
「特に、カカリチョーと、イトゥー君のォォォ!!
メザマスィーー↑↑活躍のおぉンかげです!!」
狭いオフィスにブチョーの声がガンガンに響きます。
ここ、テナントなんですけど、よく文句言われませんよね。
「みンなさンのォォォ!! 活躍にィィィ!!
期待しまァァァ……ハァハァ……っす!!!!」
ブチョー、結構な中年なのに可哀想です。
主観ですが、あの人、割といい人です。
ヤヴァイのはカカリチョーです。
ところでこの朝礼、無駄に気合を入れるためだけに存在するものではありません。
昨今の話題、政治、野球の活躍投手がどうだという話から、先月のクーリングオフ率が何%だとか、ちゃんと会社っぽい話もします。
「今日もォォォ!!!!
キバっていけぇぇぇ!!!!」
「ヤァァァスッッッッッ!!!!」
返事と共に全員が猛ダッシュ。
肩がぶつかるのも気にしません。
同僚は競争相手であり、仲間ではありません。
何をしても蹴落としていいんです。
最悪、スーツを破られても、破られた人が悪いんです。
鍛え方が足りないからだそうです。
取れるなら人の手柄を横取りしても何も言われません。
実際にそんな事があったらしいので、新人以外は協力し合うこともありませんし、新人の頃付き添ってくれた先輩がいる場合、全ての販売実績は先輩がもっていきます。
私は先輩が外れたばかりの新人でしたので、この頃は、早く教える側になって、楽に手柄を稼ぎたいと思ってました。
「お前とお前ェェェッッ!!!! 残れェェェ!!!!」
カカリチョーの怒号に指摘されたのは、私ともう一人、春さんという女性(仮名)です。
言われなくても残ってます。
なぜって、朝礼が始まる前の段階で、朝礼後は残るように言われていたので。
なので、そんなでかい声で言われなくても、スタートダッシュには参加してません。
バァァァン!!!
売上の貼ったホワイトボードを全力で平手打ちするカカリチョー。
いたそー。
「お前らだけだぞ!!! 売ってねぇの!!!!
何やってんだコラァァァ!!!!!
売る気ねえのかぁぁぁ↑↑!?」
凄い形相です。
何か知らんけどガチギレです。
「ありまぁぁぁすっっ!!」
必死で答える私と春さん。
「じゃあ、なんで売れてないんですかァァァ↑↑↑」
そんな事言われても、うっ、お腹痛くなってきた。
「いい!? ウチのおふトゥんはいいおふトゥんなの!!
商材がいいのに、売れないのは!!
お前の!!(バン!)
売り方が!!(バンバン!)
悪いんだよッッッ!!」
いちいちバンバンとホワイトボードを叩くのはうるさいのでやめてほしいです。お腹に響く。
「いい!? ウチはホワイト企業だからね!!
ノルマはないけどね!! 目標はあるからね!!
月の目標をね!! 達成する為に!!
みんな頑張ってんの!! いい!?」
いい、いいと連呼されていますが、何もよくはないです。
よくわからない話をお手洗いを我慢しながら30分程聞いていたら、チャイムが鳴りました。
そろそろ頃合いかな?
「カカリチョー、トイレ掃除してきます」
「よぉぉぉし、いいこころがけだ、行ってこいッッッ!!」
トイレの神様伝説を信じ切っている我が社は、トイレ掃除をする人間を大切に扱います。
カカリチョーは一日三回トイレ掃除しているらしいので、本当に効果があるのかもしれません。
ただしブチョーが洗っている姿を見た事は一度もありません。
* * *
用を足し、ついでに掃除を終了して戻ってくると、春さんが怒鳴られています。
「春ゥゥゥ!! イスは戻せって言ってんだろォォォ!!!!」
すげーどうでもいいことで怒鳴られています。
さすがに可哀想になってきますが、同僚は全て敵なので、無視します。
この、遅れて会社を出る瞬間が一番嫌ですね。
「ッテキャァァァッス!!!!」
狭いオフィス中に響く大声を出します。
カラオケでもこんな声は出しません。
「いってこォォォォォい!!!!!」
春さん以外のシャイーン達から激励のお言葉を頂戴し、いよいよ販売に出ます。
* * *
団地です。
今月は一件も売れていないので、必殺の場所を攻めざるを得ません。
この団地はいざという時にとっておいた、私の持ち場でも最高のものです。
最初の先輩が、とにかくここに来ようとしてたのを必死に止めました。
システムを理解していた私の勝利といえますね。
時刻は10時、いいお時間です。
ここから1時間はほぼボーナスタイム。夕方は思ったほど売れません。
とか説明しているうちに、第一団地妻を発見、突撃します。
「こんにちはー!!」
あまりの爽やかさに、びっくりする奥様も、にっこりです。
「どうも、こんにちは」
「お掃除ですか? この時期は落ち葉が大変ですね!」
「ええ、ホント。もうあの木は伐採してもらいたいんだけどね~」
「伐採ですか? あの木は何なのですか?」
「この団地を作った時に植林された木なんだけど、花粉はひどいし、落ち葉はひどいし、いいことなんかなーんにもありゃしないの」
「ははぁ、それは大変ですね!」
「あなたは、管理課の人?」
「いいえ!実はとある商品を取り扱っている訪問販売員なのですが、お困りの方を探しているんです!」
「あらまあ、ご苦労なことね。私は何も困ってないけどね」
「いやあ、さすがに木を何とかすることはできませんよ!」
「そうでしょう、それじゃ、ご苦労様」
「あ、ちょっとお伺いしたいのですが、この団地で喧嘩を聞いたりはしませんか?」
「喧嘩?」
「はい、子供の喧嘩ではなく、夫婦喧嘩です。そういうお宅を探しているんですよ」
「まあ、そうなの。……聞かないわねぇ」
ふむ、心当たりがありそうですね。
まあ、夫婦喧嘩なんてどうでもいいんですけど。
「わかりました! それでは、他を当たってみます。
またお伺いすることもあるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします!!」
「はいはい、どうも」
レベルBってとこですね。
10時頃、掃除中、パーマ、目じりにこじわ、話に応じる、訪問販売に抵抗あり、ガード固め、落ち葉に困っている、むしろ伐採したがっている……。
伺った情報をメモにおさめていきます。
必要な情報からいらない情報まで、事細かにメモに記入します。
レベルのメモは、後々カカリチョーあたりに見てもらって、レベルチェックを間違っていないか見てもらいます。
(この人レベルAだよ!! 何逃してきてんのよ!! いい!? あたしならとってこれるわ!! いい!?)
悲しい事に脳内再生余裕です。
次のターゲットは実際に訪問していきます。
団地の場合、一番上の階から攻めます。
なかなか、階段がキツいです。
筋肉を鍛えろという我が社の理念、わからなくもなくて悔しい。
さて、到着しましたら、まずポストチェック。
はみだしなし、動作ひっかかりなし。
使ってますね。とりあえず郵便物は目を通すタイプの人のようです。
後、同業他社のメモですね。
どこにあるかなーっと。
お、あったあった。
あちゃー、バツがついてる。
それ以外だと、ご年配、一人暮らし、早寝、12時留守、孫が遊びにくることあり?
最後の情報いりますかね? まあ、我が社以外のことはちょっとわからないので、いいです。
バツの方は対応が悪いんですよねー、まあ、やらないと怒られるのでインターホンは押すんですけど。
ピーンポーン。
……返事がないですね。
ピーンポーン。
電気メーターを確認します。
この時代スマートメーターなんて立派なものはないので、目視です。
回ってます。ギュンギュンに回ってます。
これだけ回ってて留守はあり得ないです。
ピーンポーン。
……。
ピーンポーン。
……カタン。
我々はどんな小さな音も聞き逃しません。
人が生きている以上、音は絶対に出るものなのです。
そして、住人がいることを確信した私は、のぞき穴から見栄えのいい位置に立ちます。
この程度の技術は、我が社のロープレによって研究済みです。
のぞき穴は範囲を広く見る為に魚眼タイプになっている為、下からチラッと覗き込むようにすることで、可愛い感じに移り、住人の警戒心を解いてくれます。
──なんか心当たりがあるって? やばい話見てる気がするって?
大丈夫、これ、フィクションです。
「……どちら様」
しわがれたご年配の男性の声です。
扉は閉じられたままですが心の扉は少し開いているようですね。
「こんにちは! 突然のご訪問、失礼いたします。
こちらの方のご様子を見るようにと、言われまして、やってまいりました」
「……は?」
「昨今、ご年配の方がお一人でお困りになっている事態が多くございまして、その状況確認と、お礼の粗品を持ってまいりました!」
……。
謎沈黙です。
いや、考えてるんでしょうけど、こちらとしては謎です。
この間も相手はのぞき穴からこちらを見ていますので、ほんのり笑顔をくずしません。
姿勢をしっかりと保ち、私は正規の人間ですというアピールが必要なのです!
ガチャ。
扉が開きます。
怪しくない程度に扉に手をかけ「開けるお手伝い」をします。
必要以上に開けてはいけません。あくまで相手に合わせます。
「このように私は元気なんで、帰ってもらって大丈夫です」
「お元気そうで安心いたしました。このままで大丈夫なので、少し近況をお伺いできますか?」
「近況……ってねぇ」
「ずっとお一人なんですか? どなたが遊びに来られたりとか」
「たまに……孫が来てくれるよ」
「お孫さんですか! おいくつぐらいなんですか?」
「9歳だね……」
同業者グッジョブ、よく調べてありますね。
「そうなんですかー、男の子ですか、女の子ですか?」
「男の子だよ……」
「それは、元気をもらえるでしょう!」
「ああ……孫がいてくれることが幸せさ」
話してる間、気付かれない程度に扉を開いていきます。
名札が見える程度まで開けられたら十分です。
「お孫さんはお近くにお住まいなんですか?」
「近くはないが、そう遠くもないところさ……」
「ご一緒にお住まいになられないんですか?」
「嫁さんがね……」
「ああ、難しい問題ですよね……」
ホント、お孫様話題は強い。
さて、そろそろ本題に入りましょう。
「とにかく、お元気そうで安心いたしました。
それで、粗品なんですけど」
わざとらしくバッグをごそごそ。
まあ、一品しか入ってないんですけどね。
「こちらのクッションです。
ちょっと小さいんですけど、座るだけじゃなくて、肘置きに使ったりもできると喜ばれてるんですよ。若い男性への評判はいまいちなんですけど、アハハ」
「こりゃ、確かに使い道がなさそうだねぇ」
「触ってみてください、ふわっふわなんですよ!」
そう言ってあえて袋を破り、触らせる。
粗品を触り出す住人。
「ほっほっ、これは柔らかい」
「でしょう!?」
流れるようにクッションの説明に入ります。
ですが、売り込みの話をしても仕方がないので、これを読んでる皆さまには、商品の種明かしをしますね。
このクッションはおふトゥんの一部で出来ています。
おふトゥん自体は原価2万イェンという高額なものなので、触り心地も寝心地も抜群です。
でもそんな普通のおふトゥんを普通に売っていたのでは、我が社は成り立ちません……。
「こちらのクッションと同じ素材のおふトゥんが、なんと20万イェンなんです!!!!」
「そりゃあ、これだけ良ければそれぐらいするだろうね」
「自社ローンもOKですし、返金保証もご用意しておりますので、今流行りのクーリングオフもばっちり完備!」
クーリングオフについては完備も何も法律なんで絶対適用なんですが。
あ、でも今流行りのネットショッピングはクーリングオフ適用外なんで、法律はよく読んで使ってくださいね。ここだけはフィクションじゃないです。
「それなら、使ってみようかなぁ」
「ぜひそうしてください! こちらに必要事項をご記載いただけましたら、一週間以内に! お届けいたしますねっ!」
「ありがとうね」
……ありがとう?
「お孫さんにも自慢してあげてください。それと、長生きしてくださいね」
これは本音です。
「ははは、それじゃね」
「またご様子を伺いに来ますね!」
ごめんなさい。
二度と来れません。
──ガタン。
扉が閉まりました。
私の心の扉も閉まったようです。
胸が痛いです。
私は何をしているんでしょう。
2万イェンのおふトゥんを10倍の額で売り付けています。
そんなことで、喜ばれています。
もしかして、この仕事。
人を、だましている、のでしょうか。
いい笑顔でした。
心の洗われる笑顔だったと思います。
ご年配の方は売り上げをあげやすいのは事実です。
それは、きっとお子様らが独立した寂しさ、あるいは、今までの経験を語ることのできないフラストレーションを抱えているからかもしれません。
お話しを聞いてあげる対価として、我が社は商品を売っているのです。
……。
一件は売りました。もう帰りましょう。
* * *
「ただいま戻りました……」
バァァァン!!!
「こっ、こんなところ辞めてやる!!!!」
「声、出んじゃねえかオラァァァ!!!!!」
春さんとカカリチョーの声です。
次いで、春さんが凄まじい形相で泣きながら飛び出していきました。
カカリチョーが「ったく、仕事なめんなよ!」などと悪態をついています。
そんなことはどこ吹く風、私は粛々と売り上げボードの前に立ち、一枚の赤いシールを自分の名前の上に貼ります。
両隣には、べたべたと貼られた赤シール。
私の赤シールはたった一枚。
ただ、この一枚は大切なシールです。
ぺた。
シールを貼った時、あのおじいさんの笑顔が心に浮かんできました。
──ありがとうね。
私はもっと真っ当に感謝されたい。
胸を張って感謝を受けられる人物になりたい……。
「おぉぉぉめでとォォォォォ!!!!
やればできるじゃん!!!!
さすがだねェッッッ!!!!」
カカリチョーが絡んできました。
さっきまで般若の面で春さんの文句を言っていたのに、満面の笑みです。
まるで情緒不安定な変わり身に、さすがの私も引き気味です。
しかしもう覚悟は決まっています。
私にひっついて回るカカリチョーを引きずりながら、ブチョーの前に立ちます。
この人は、本当にいい人なんだけどな。
「ブチョー」
何事かとブチョーが私を見ます。
優しい目です。
なんでこんな人がこんなところでブチョーをやってるんでしょう。
でも、もう決めたことなんです。
「この仕事、辞めますっっっ!!!!」
* * *
この後はカカリチョーが急変。
般若の面でいつもの「いい!?」を連発し、
・ここよりいい仕事はない
・ここを辞めたら他の仕事はできない
・そんなすぐ辞めたら社会人としては失格
・ここの仕事もできないお前に次の仕事はない
・お前はロクな人生を歩まない
というような常套句をまくしたてられました。
しかし、もう辞める事で決定していた心が動くことは全くありませんでした。
あのおじいさんは、今もお元気でいらっしゃるのでしょうか?
お読みいただき、ありがとうございました。
評判がよければ別のお話しもご用意いたしたく存じます。
……ああ、もちろんこの物語はフィクションですから。
不幸な人や損した人は誰もいません、良かった良かった。
お し ま い