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第3話 【化物】



突然だが、有栖 空は田舎と呼ばれる村出身の高校生だ。

もっとも、その村はド田舎と呼ばれるほどの場所ではないが。


だが、有栖家単体で言えばまた違ってくる。


村にある一番大きな山。その中に有栖家はあった。

まさしく大自然に囲まれた家。


空は幼い頃から山の中で育った。遊びと言えば山の中を駆けずり回り、木登りや穴堀や小動物を追いかけたりしていた。



だが、小学2年生の時、空は運悪く森の中で熊に遭遇してしまった。


ある日、森の中、熊さんに、出会った。


まるで歌のような出来事だ。


ランランとした雰囲気で歌われるあの歌だが、実際に熊に遭遇したならばそんなランランしている余裕などない。


小学2年生でも熊に遭遇したときの対処方法は知っていた。知っていたがそれを実際にできるかどうかは別だ。

小学2年生の空は熊を見た途端本能的な恐怖を感じ震え上がり座り込んでしまった。


さらに運が悪かったのは熊との遭遇距離だ。


何十メートルも離れていればまだ良かったかもしれないが、出会ったのが10メートル程度の距離。完全にこちらを捕捉されていた。

また、更に運が悪かったのは熊の腹が減っていたと言うことだった。


熊はほとんど迷うことなく空を喰らいに来た。


そこまで来てやっと空は微かに動くことができた。地面の土砂を握り締め熊の顔を目掛けて投げ付けた。

それが偶然、奇跡的に熊の目に直撃した。

それに熊が怯んだ隙になんとか逃げ出すことができたのだった。




さて、熊との遭遇がどうした?という話だが、人間、一度でも経験していれば次に経験するときに少しだけマシに動けたりする。


つまり、ソードレクスという化物相手に少しだけマシに動けるだろう。たぶん。







校庭で対峙したソードレクスと空だが、だからと言って激しい戦いが始まると言うわけではない。


基本的に、空が言った通り、“鬼ごっこ”だ。

ただ、命懸けの鬼ごっこというまさしく死に物狂いの。



「ッーーーーーゥッ!?ヤベェッいま頭にかすった!?」


横凪ぎの刃尾をしゃがみながら回避し、刃頭の突きを飛んで避ける。



そんなこんなを既に“一時間以上”も続けていた。



「グルルォォォォオオオッ!!」


「ぅーーるさいわッ!?っーゥおっ!?ヒィィィッ?!っく、服が裂けた!?」




一向に当たらない攻撃にソードレクスは少しずつ怒りを溜めていた。


ちょこまかと動く小さな存在がいつまでも自分の攻撃を避け続ける。ムキになり攻撃の速度を上げ、威力を上げ、殺意を上げ、それでも逃げ続ける存在。


それはソードレクス自身もが気が付かない“焦り”だった。











『うはははは!あとちょっとで頭と身体がお別れしたのに♪ーーーーーなんて、最初は笑ってられたのに・・・・ねぇ』


黒いてるてる坊主はいま尚“鬼ごっこ”を続ける一人と一匹を遥か後方で見続けていた。


始めこそ、いつ空が殺されるかとウキウキしながら見物していたのに、いつしか真剣にこれらの攻防を見続けていたのだ。


『まったく意味が解らない。なんで、あの化物と鬼ごっこなんてふざけたことをできるのに、最下級の幽霊に無様に逃げていたんだ?』


いまの空を見ればさっきまでのあの臆病な姿は何だったのかと問いただしたくなる。


もっとも、いまはいまで勇気や勇敢なんて言葉を既に逸脱し、無茶、無理、無謀の領域に侵入しているが。


『それに・・・・』


黒いてるてる坊主は静かに視線を空からソードレクスに移した。


『・・・・わずかに、だけど、ソードレクスの動きが悪くなってるねぇ・・・・』


感情の起伏による動きの波ではなく、純粋な疲れからくる鈍り。


『ほんっーーーとぉーーーに、可笑しいのはそれに比べて彼の動きだよ』


ソードレクスの動きが鈍くなってきたのは言ってしまえば当然だ。

一時間以上も本気で攻撃し続ければ、いくら巨体のソードレクスと言えども疲れもする。


それに比べてだ。

その攻撃を一時間以上避け続けていた空は、


『なーんで、動きが良くなってきてるの?マジ引くわー』


洗練されてきたとでも言えばいいのか、避けるにしても逃げるにしても余計な動きが徐々に削られていき、いまでは紙一重に避け体力の消耗を最小限にしている。



『一体、彼は何者なんでしょうかねぇ?』








ソードレクスとの鬼ごっこがしばらく続けば流石の空も疲れが出始めてくる。


だが、この疲れが久しく感じなかった充実感を空に与え、気分が更に高揚していく。


「っし、っと、ほっ、」


迫りくる刃尾を避けるのも余裕が出てきた。


だが、このままでは負けはしなくも勝つことは出来ない。


流石に無手でソードレクスを倒せる自信はなかった。


「っ、と。でも、だったら・・・・おいっ!クロテル坊主っ!」



ソードレクスの刃尾を避けながらあの憎々しいてるてる坊主の名を叫ぶ。いまは見えなくとも必ず何処かで見ているはず。たぶん。



『なんだいなんだい?私さまに用事かい?』


「っお!?真横とか、こわっ」


気が付いたら隣にいた。

さっきまで気配も何もなかったのに。瞬間移動か?


しかし、それを気にしているほどの余裕はない。

迫りくる刃尾をしゃがんで避けながら聞く。


「この夢はどこまで続いてるッ!」


『んん?広さ的なことかな?それなら基本的に学園全体ってところかな』


「曖昧だなっ!?いや、もうはっきり聞くっ。この夢に武道館はあるのかっ!?」


『武道館・・・?体育館でなく?』


空の通う学園には体育館が二つ、そして、剣道や柔道を行うところとして武道館がある。


学園の端にあるため少し離れているが学園の施設であることは間違いない。


『武道館武道館・・ん、あるようだね。それがどうかしたのかな?』


「あるんだなっ?ならいい!」


大振りの刃頭を避け、そして、空は逃げた。


全力ダッシュ。


かれこれ二時間ほどのスパーリングに付き合っていて、お互いにまだまだ続けられる余裕があった。だから、ソードレクスは唖然とし空が逃げ出したのに気付くのが遅れてしまった。


「グルルルルゥゥゥ・・・・」


そして気付いたときには既に空を見失っていた。



口から漏れた唸りに虚しさが感じられた気がしたが、それを聞くものはいなかった。






「よかった。本当にあった」


逃げた空が向かったのは武道館だ。現実通りの武道館で安心したが、現実通りに夜には鍵がかかっていた。


因みそこらの石で窓を割って侵入した。



現在は剣道部の部室へと足を踏み入れていた。


前に一度見たもの、それを探しに来た。


そしてそれはちゃんとそこにあった。


「木刀・・・自分のじゃないから少し違和感があるけど、これで“戦える”」


無手であれだけの化物を相手にするのは無理だ。

だが、武器さえあれば少しは違う。

もっとも、あの強靭な刃とまともにぶつかれば木刀なんて叩き折られるか、吹き飛ばされてしまうだろう。



「取り敢えず二本もって・・・・来たか」



ズシンーーーーーズシンーーーーーと、大地を唸らせる足音。



どうやってこちらを見付けたのかは分からないが、思ったよりも早かった。


空は右と左の手にそれぞれ一本ずつ木刀をもっと武道館を出た。



「お、待っていてくれるってのは行儀がいいな」


武道館までやってくると思ったソードレクスだが、それが待っていたのは第二校庭。先ほど戦った校庭よりは狭いが、十分な広さがある。


「それに、今度は逃げ回るだけじゃないぞ」


左に持っていた木刀を後ろに投げる。

使うのは一本だ。二刀流じゃ力が弱くなる。


「グルルォォォォオオオ」


ソードレクスは愉快そうに声を上げる。


それに対してこちらも笑って見せる。


昂る。テンションが上がる。


男なら誰でも考えたりするだろう。


大きな龍を相手に剣ひとふりで戦う。空も良く想像していた。想像しまくっていた。


それが、夢とはいえ現実にこうして向かい合えているのだ。


「昂るだろ、これは。なぁっ!」


ソードレクスよりも先に地を蹴る。


その走りは速く、ソードレクスが遅れて出した刃尾が彼の走った後ろを突き刺す。


刃尾を掻い潜るように懐に飛び込み木刀を振るう。


ーーーーーが、


「っーーー固っ!?」


やはりというか、ソードレクスの身体は固かった。

木刀を当てたのは足、脛に当たる部分だが、固くてまるで効いていない。


むしろ叩いたこちらの手の方が痛いくらいだ。


ソードレクスは足元にいる邪魔な存在である空に蹴りを食らわせ吹き飛ばす。


木刀で受けたが、それでも勢いを殺すことも出来ず、バカみたいに吹き飛ばされた空。


地面をバウンドしながら転がるが、最後には立ち木刀を構える。


転がっているときにソードレクスが動くのが見えた。無様に転がっていては不味い。


その予想通りソードレクスは刃尾を振りかぶり空へと振り抜いた。


「ーーーーーふっ」


空を両断するべく振り下ろされた刃が空を避け地面へと突き刺さった。


「グルォォオッ!?」


否、避けたのではない。


弾かれたのだ。

空が瞬時に振るった木刀によって。


「くく、すげぇだろ?」


「グルルルルォォオッ!」


再びソードレクスは刃尾を振るうが、空に当たる攻撃はひとつもない。


空が振るう木刀がすべてを弾いていた。


「ま、弾くというより、反らしているって言った方が適切かもしれないけどな」


空が行っていたのは確かに、反らすという行為だ。


向かってくる刃に木刀を合わせ、最低限の力で進行方向を変えていた。


そのため、空の周りの地面は刃の跡だらけだ。



「(それでも、木刀が限界に近い・・・・あんまりやり過ぎるわけにもいかないか)」


そもそも、攻撃手段として探してきて木刀だ。

防御に使い潰すのは勿体ない。


とはいえ、木刀ではソードレクスにダメージを与えられない。



「(何かいい方法は・・・・いや、いけるか?)」


空は迫りくる刃尾を反らしながらソードレクスを睨み付けた。


頭部にはあまり使っていない刃。そして、鋭い牙に同じように鋭い目。

手はあまり進化していないのかそこまで大きくなく、足はその巨体を支えるだけの強さがあり、身体全体は木刀では傷付けることが出来ないほどに硬い。


銃器や本物の剣や槍があればまだ可能性はあっただろうが、素手・木刀でどうこうなる相手ではないだろう。


それこそ、アニメや漫画に出てくる剣聖や剣豪ならば木刀で岩や鉄を斬ることもできるだろうが、そんなこと空には不可能だった。



考えをまとめていたが、その最中に無惨にも木刀は砕け散った。

パッーンといい音を立てて綺麗に砕け散ったためこちらにそれほどの衝撃もなかった。


もともと砕けそうだと予想できていたためその後の対応も問題ない。最初に放って置いたもう一本の木刀を素早く拾い構え直すだけだ。


だが、このままではジリ貧だ。


倒し方に見当はついたが、果たしてそれをするまでの道程がどれ程か。

まず道具を揃えなくてはならない。

学園内を探せば良いものが見付かるだろうが、それをさせてもらえない。


ならば、逃げながら探さなくてはならないが、先ほどの逃亡があったためそう易々と逃がしてくれるとも思えない。


明確に必要な道具がどこにあるか、それをわかった上で探しにいかなければ最悪壊される恐れもある。


どうするどうすると、チラチラ学園の方を振り返り、思考を巡らす。


必要なのは硬い肉体の防御を突き破る貫通力。木刀、木材とは比べ物にならない、鉄が必要だ。それも小さなモノではダメだ。始めこそ机の鉄パイプで、と考えたが、小さく軽く短すぎる。


もっと、長く大きく重い、それこそ鉄骨でもいい。


もっとも、鉄骨など重すぎて持つことが出来ないため無理だが。


思考を巡らせながら校舎を見ていると、ふと、何か「あれ?」という気がした。


校舎、そう、校舎だ。


「・・・・あ」


校舎の中央にそれはあった。


「あるやん、それもあんだけ堂々と」


式典や行事などのときに旗を掲げる為の大きな鉄の円柱。


「灯台もと暗しってやつ」


場所さえ分ければあとは行動に移すだけ。


空は一度大きく刃尾を弾き飛ばし、距離を取って走り出した。


今度はそう簡単に逃がしてくれるはずもなくソードレクスはすぐさま空を追って走り出した。



ソードレクスは巨体の癖に意外と足が早い。少しでも走る速度を落とせば簡単に追い付かれてしまう。


校舎のというよりも、円柱の真下まで来た空は直ぐ様近場にある木を足場に二階のベランダへと飛び移った。

二階から四階にかけて円柱は生えており直ぐに手が届く、手を伸ばしたそのとき、ソードレクスの刃尾が空へと伸びていた。



「ーーーーーそう、それを待っていたんだ」


空の後ろから迫る刃をまるで背中に目がついているのではというくらいにタイミング良く飛んで避けた。



ソードレクスの刃尾は空のいた場所、向かう場所にあった円柱を綺麗に切り裂いた。


校舎に完全に固定されていたそれを短時間に外すことは空には不可能だった。ならば、どうすれば良いか?


決まっている。できる奴にやらせれば良い。


スライドして落下する円柱、空はそれを見送り、その隣にあった二回り近く小さい円柱を手に取った。


初めの円柱は流石に大きすぎて空には扱えない。空が改めて手に取ったのは直径十センチ長さに1.5メートル程度の円柱だ。


「これで、ーーーーー」


円柱、ソードレクスに切断されたそれはさながら鉄の杭だ。それを手に取った空はベランダを蹴ってソードレクスへと飛んだ。


右手には木刀左手には円柱の杭。


ソードレクスは飛び込んできた空へと刃頭を振るい切断しようとするが、空の木刀がそれを弾く。


バキッと最後の木刀が半ばから砕け散り破片が宙を舞う。顔に当たるその破片を無視し、折れた木刀を腰のベルトに差し込み、円柱の杭を両手で掴んだ。


空によって弾かれ、横を向いたソードレクスの頭。

実にちょうど良かった。



「ーーーーー終わりだ!」


両手で抱え上げるように振り上げた鉄の杭をソードレクスの目玉へと振り落とした。


「ーーーーーグギャガァァ゛ル゛ル゛ォォォォオオオ!!!??」


鉄の杭は目玉を深々く突き刺し確実にダメージを与えた。だが、死んではいない。


絶叫と瞳からおびただしい流血を流し暴れるソードレクス。


そこに、空が駆け登った。


ソードレクスの足を蹴り、胴を掴み、顔面の高さへ。


「ーーーーー終われっ!」


腰に指していた折れた木刀。その柄を思い切り鉄の杭へと叩き込んだ。渾身の力で叩き込んだ杭は更に深く、ソードレクスの脳を貫いた。






ズドンッ、と倒れる巨体。

それの傍らに立つ少年。


手には折れた木刀を握り、身体にはソードレクスの血を浴びている。


そこにあったのは勝者と敗者。


勝ったのは少年だった。






『ーーーーーうそ、だろ?』


一連の流れを見ていた黒いてるてる坊主は放心していた。


『・・・・ソードレクスに、勝った?』


ソードレクス、その存在は最強とは言わない。だが、確実に上位の存在だった。


単身でソードレクスに勝てるものなどこの夢の世界でも多くない。ゼロ、ではない。


そう考えれば、空がやったことは凄い、で片付けられた。



『・・・・なんの、武具も得ないまま・・・・ありえない、ーーーだってそれは』


この世界。この夢の世界は現実を模している。

特に、この初めの夢では人はただの人だ。


敵を倒して、その力を模した武具を奪う。そうして武具を得て強くなる。


武具を得るまでは、人は人でしかない。


現実で出来ないことはこの夢でもできない。


逆を言うと、この夢でできることは現実でもできると言うことだった。



『・・・・あいつ、リアルでアレができるっていうの・・・・?』






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