第2話 【クソてるてる坊主】
「あんっのクソテルテル坊主が」
教室から押し出され転がるように廊下へと度された空。思い切り顔面を床に強打した。
「ったく、いつか白く塗りつぶしてやる」
『まぁ、なんて恐ろしいことを ビクビク』
「・・・」
振り替えればそこにいる。果たしていまどんな顔をしているだろうか?とりあえず眉間にシワがよっているのは確定だ。
「・・・え、なにお前、着いてくんの?」
『もちろん、暇なので』
「・・・」
『ま、暇というのは冗談さ。本当は解説役いや、この夢の案内人とでも言えばいいのかな』
夢、そう言われて改めて暗い廊下を見渡す。
少し古いこの廊下は空が通っている学園のものだ。廊下に設置された歪んだ掃除ロッカーや生徒の個人ロッカー、水道やガムが張りついた窓。どれもこれも空が知っているそれだった。
放課後の、いや、日が沈んだあとの校舎がこの夢の舞台となっているのか。新鮮なような、不気味なような、複雑な思いを感じる。
「・・・それで、案内人・・・解説役って、何を解説してくれんだ?」
『そりゃもちろん・・・ん、あ、ちょうど向こうからやってたよ、ほら』
黒いてるてる坊主が頭を後ろに向ければこの先に“何か”がいた。
「・・・ぁぁ?」
廊下の先、不自然に薄暗く見えづらくなったそこにいたのは・・・足がなく、透けていて、身体がボロボロの血塗れの、女。顔は原型が解らないほどで、髪が長いのとボロボロだがワンピースから女だろうと憶測したに過ぎない。
結果的に言えば、幽霊が、いた。
「・・・ぉ」
『ほぉう、下級の霊ですか。良かったですね最初の敵としては簡単な方ですよ。物理攻撃が効きにくいけど、強い意思を込めた攻撃ならばダメージが通る。動きも遅いしこれならキミでもた・・・・・・・・・んん゛?・・・え、いない?』
黒いてるてる坊主が振り替えるとそこには誰もいなかった。
視線を先に伸ばすと全力疾走で逃げている空が目に入ったのだった。
すぐさま隣に追い付き隣に並ぶ。
『え、何してるの?なんで逃げるの?』
「ばっか、ふざけんな。あれ幽霊だぞっ!?物理攻撃効かない奴だぞっ!?」
『いや、だから、強い意識を込めた攻撃なら効くからね、普通に』
予想以上にビビってしまっている空に対し『えぇぇ~』と呆れる黒いてるてる坊主。
あの幽霊はこの夢に出てくる敵の中ではほぼ最下級の幽霊だ。
あれ以下だと倒しても武具は得られない。
ごく稀に小鳥の幽霊とかいるが、そう言うのは敵のうちにもはいらない。
「はぁっ、はぁっ、っ、強い意思だぁ?そんなのでどうにかなるはずないだろっ!?お前の説明は気をためれば、かめ○めはが撃てるぞってのと同じくらいあり得ないっ!!」
ハイペースなダッシュのお陰か、既に幽霊は振り切り空き教室に逃げ込んだ。
構造的に現実の学園とほぼ同じだからこそ、地の理は空にある。
『・・・あぁ、面倒くさ』
小声で呟く黒いてるてる坊主。
微かにあったかもしれない期待が完全に零になった瞬間だった。
『えぇ、そうですか。では終わりまで逃げ回ればよろしいのではないでしょうかハイ』
「お、終わりがあるのか!?」
『そうですね。基本的にこの世界は八時間程度で終わります。まあ、普通はある程度強い敵を倒せばそこで夢を終われますし、あとは殺されて終わりか』
あなたは最後のではないでしょうか?なんて口にしたいのを我慢した黒いてるてる坊主。
一方、空は八時間という時間の長さに頬をひきつらせていた。
一時間二時間くらいなら逃げ切れる自信もあったが、八時間というのはいくらなんでも予想外だった。
それからというもの、空は常に逃げ続けていた。というのも、出てくる敵が常に幽霊タイプなのだ。
なんという酷い仕打ち。
逃げて逃げて逃げまくり、地の理を利用し、ベランダに渡り廊下、屋上にと兎に角逃げ回ったが、それが一時間ほど続くころには限界が近付いてきていた。
「っ、いくらなんでも幽霊の数が増えすぎじゃないかっ!?」
『エンカウントしても倒さないで逃げまくるだけですから、減らないで増え続けているんです。いっそ何処かに隠れていればどうでしょう。そこの掃除ロッカーとかおすすめですよ』
「あちこち逃げまくったのが裏目に出たか・・・つか、掃除ロッカーとか死亡フラグだろ?絶対殺されるからな、それ」
ホラー映画で掃除ロッカーに隠れて無事だった奴など見たことがない。
絶対に殺られる。
「それにしても、いったい何体の幽霊がいるんだよ・・・」
今現在は自分の教室に来ているが、ここもいつまで安全かもわからない。
だからと言って教室を出ていくわけにもいかない。
『ふふふ、本当は秘密ですが教えてあげましょう。今現在はこの夢の中に幽霊タイプの化物は107体です。うち20体は上位幽霊です』
「ひゃく・・・なな・・・体っ!?」
『この教室の前の廊下にも何体かいますし、と言うよりもこの夢の中、ほとんどすべての場所に存在します』
「おぉぅ」
心がくじけそうになる。
それを見ながら黒いてるてる坊主は『はんっ』と鼻で笑ってしまう気分だった。
さっさと諦めろ、と。
最下位の幽霊相手にここまで何も出来ない者は、黒いてるてる坊主が見てきた17人の中で空だけだった。
大抵は初めは逃げてもあとで勇気を持って立ち向かっていった。
そう言った者たちを見てきたからこそ、空のダメダメっぷりが嫌だった。
『まだまだ増え・・・あれ?減ってきましたね』
「おぅ?」
『あらあら、どうしたのでしょうか・・・ん?』
黒いてるてる坊主が感知できる幽霊の数が次々に減っていく。
だが、
『な~るほろ。そう言うわけですか』
感知に一体、大型の化物が引っかかり、幽霊たちの突然の消失の意味を理解した。
「どうしたんだ?まじか?幽霊いなくなったの!?」
『えぇ、えぇ、幽霊さんたちはいなくなりましたねぇ』
「うっし」
横でガッツポーズをしている空を見ながら黒いてるてる坊主は優しい笑顔を向ける。もっとも、顔などついていないのだが。
幽霊の数はどんどんと減っていき、100以上もいたその数も今では数体。それも直にゼロになるだろう。いや、幽霊タイプだけではない。それ以外にも少数いたタイプの敵たちも姿を消すだろう。
そう、これから来る一体の敵を除き。
幽霊の気配が消え、空が安心し始めたころ、ドシンッーーーーードシンッーーーーーと校舎全体に響くような音が、振動が聞こえてきた。
「ーーっ。な、なんだ?」
『ふふ、来ましたね。ほら、そこの窓から外をご覧下さい』
妙に丁寧なしゃべり方に不気味さを覚える空だったが、それ以上にいま尚継続して響く音の方が気になった。
黒いてるてる坊主の言うとおり教室の窓際まで向かいそこから外を見る。
外、校庭。学園という夢の舞台であるから校庭までは実在する。しかし、その先に続く景色はない。黒く塗り潰したかのように存在しない。
空の通う学園の校庭は近隣では一番と言うほどには広い。
そんな広いこの先にこれまた立派な校門がある。あった。あったはずだった。
ドシンッーーーーードシンッーーーーードシンッーーーーー
「・・・ありゃ、なんだ・・・よ」
『この夢の中の幽霊さんたちがいなくなった理由です。よかったですね。“彼”に感謝を述べてみては?』
「あーー、はは、冗談きついわー」
校門をぶち破り校庭へと侵入してきた存在は驚くほどに大きかった。
校舎の二階にいる空に対し、視線は同じくらいにある。
ざっとだが体長は6メートルから7メートルほどだろうか?
そのシルエットは単体として表すことは難しいが、ティラノサウルスの頭を鋭く伸ばし、尻尾を尖らせれば似た感じになるのではないだろうか?
シルエットという縛りを無くせば、ティラノサウルスの頭に鋭い刃を取り付け、尻尾が刃になった二刀流のティラノサウルス。
それがこの化物を見た空の感想だった。
『“彼”の名前はソードレクス。その刃は魂すら切り裂き、存在そのものを切り伏せると呼ばれる化物です』
「・・・あれ、倒せるの?あれも、“そこまで強いない”化物? 」
『ありゃ例外ですわ。ごく稀に出てくるレアモンスターみたいな。出会ったら終わり?みたいな』
声が弾んでいやがる。楽しげに楽しげに話す黒いてるてる坊主を睨み付けるもクルリと回って視線すら避ける。
『さぁさぁ、頑張ってくださいな!』
「っ」
あれ、と戦え言うのだろうか?
ソードレクスはこちらの場所がわかっているかのように一直線にこちらに向かってくる。
幸いなのはゆっくりな事だが、確実に一歩一歩近づいてきていた。
あの姿を見れば飲まれてしまうのは仕方ない。そう自分に言い聞かせるも、瞬時に行動できなかったのは不味かっただろう。
気が付けばソードレクスの振りかぶった刃尾が校舎もろともこちらを貫こうとしていたのだから。
「っーーーーー」
咄嗟に廊下に逃げたが、ドォォォオーーーーーと教室が破壊されその衝撃に廊下の壁に吹き飛ばされる。
「痛ッーーーーー、教室が一撃で全壊かよっ」
つまり、当たったら終わり。
廊下から見える教室は机も椅子も床も天井もぐちゃぐちゃになっていた。その中にソードレクスの鋭い尾が突き刺さっている。
それがゆっくりと引き抜かれるのを見て、「ヤバい」と駆け出した。
廊下を全力でかけて下の階へと向かう。
このまま校舎の中で“かくれんぼ”していれば校舎ごと埋められる。
だったらまだ、“鬼ごっこ”に転じた方がマシだ。
何とか一階に降り校庭へと躍り出る。
そこに待っていたのは言わずもがなソードレクス。
数十メートルは離れているがその威圧感はバシバシと感じる。
「っ、・・・・ふぅ、ふぅ、ふぅ」
なんとか呼吸を調え、近付いてくるソードレクスを見据える。
これは夢だ。だけど、リアルだ。よく分からない。
夢と認識しているのに現実にも感じられる。
だからこそ、夢だからと死んでもいいや、という風に割りきれない。
おかしなものだった。
「本当に可笑しすぎる。いっそ、笑えてくる」
現実感があるのに、目の前には夢のような化物。それに立ち向かうのは無手の高校生。
まさしく夢のようは光景だった。
「あぁ・・・・でも、いいともさ。こっちはこっちで腹はくくった」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせる。
「鬼ごっこは得意なんだぜ」