第1話 【プロローグ ユメヘノショウタイジョウ】
見た夢をはっきりと覚えていることはあるだろうか?
起きて直ぐは覚えていても気が付けば忘れてしまっている。かと思えばふとしたきっかけでパッと思い出すこともある。
とてもあやふやなモノだ。
だけど、俺はーーー有栖 空は昨日の夢をはっきりと覚えていた。
まるで、実際に体験したことのように、現実で起きたことのように。
だが、あれは確かに夢だった。夢のような現実でもなく、現実のようの夢でもない。夢らしい夢と言えるだろう荒唐無稽な内容だった。
だけど、だからこそ、あれが夢だと理解している。
それでも、あれがただの“夢”だったのか。
それはいまでもわからない。
始まりは、そう、夢とは関係のない、昨日の昼に机に入っていた一枚のチケット。それから始まった。
★
昼休みの食事のあと、空は机の中に身に覚えのないモノを発見した。
真っ黒に白の文字で書かれたチケットのようなもの。文字はカタカナで『ユメヘノショウタイジョウ』と書かれていた。漢字を使え、読みにくい、と思ったが、雰囲気を出すのには確かに一役買っているようにも思えた。
誰かのいたずらだろうと思って特に気にも止めなかったが、これの意味が微かにも理解できたのはその日の夜だった。いや、正確に言えばその日の“夢”の中だった。
ーーーーー目の前には真っ黒なてるてる坊主が浮かんでいる。
目を覚ましたら、目の前にはそうとしか形容できないモノが浮かんでいた。
「なん、だ・・・これ?」
床に尻餅をついたような状態で座っている空の視線の先にふわふわと浮いている不思議物体。目を凝らすが黒いてるてる坊主の上に糸はついていない。
つまり、本当に浮いている。
「・・・おいおい、夢かよこれ? 」
『あぁそうだとも夢だよこれは』
「・・・っ!?」
不意の呟きに答える女の声。
しかも、直ぐ近くから。前には誰もいない、ならば後ろか?と素早く振り返ったが、やはり誰もいなかった。
「どこから声が」
『目の前だよ。私様が見えないのか?』
「・・・は?」
もしや、いやまさかと思いながらもゆっくり振り向くと顔の直ぐ前まで黒いてるてる坊主が移動していた。
「っ!?」
『なんだ、見えてるじゃないか』
そう言いながら黒いてるてる坊主は少しだけ距離を取ると、改めて、と語りだす。
『やあやあ、初めまして、ごきげんよう。ようこそ、“夢”の世界へ』
「っ、ゆ、夢?いや、しゃ、喋るてるてる坊主?」
『ふむふむ。まあ、混乱するのも分かるけれども、ここは“夢”なんだ。それくらいで取り乱す必要はないだろう?』
やけに偉そうなしゃべり方に空はムッとする気持ちもあったが、確かに夢に怒っても仕方がないだろうと諦めた。
実際に、黒いてるてる坊主が言うようにここが夢というのが何と無くわかったのだ。
『だが、気を付けたまえ、ここは“夢”だけど、ただの夢じゃない。頬をつねれば痛いし、転べば怪我をする。血を流しすぎれば死にもする』
ーーーもっとも、夢から起きればすべては夢だった、で終わるけれども、と続けた。
『さてさてさて、と。何はともあれ、まずは説明をしよう、そうしようじゃないか』
黒いてるてる坊主がクルリと回った途端、何処からともなく音楽が聞こえてくる。
古びれた遊園地にかかりそうな暢気な音楽。最近ではホラーにすら使われそうな場所と雰囲気で聞く側の印象を大きく変えそうなBGM。
「・・・なんで、こんな曲 流れてるだよ」
呆れ顔で思わず呟く。
音楽が流れているのは“教室”のスピーカーからだ。
「・・・教室?・・・え」
辺りを見渡せば、と言うよりも、空が今いるこの場所は“教室”だった。
普段、空が使用している学園のそれだ。
それに着ている服も制服だ。
「あ、れ?いまさっきまでは別の場所だったような気がするんだけど・・・あれ?」
それすらも思い出せない。
『おやおや?色々と疑問に思うことも有るだろうけど、“今”は難しく考えない方がいい。この教室を出るまでは“すべては夢だから”で片付けられてしまうからね』
「どういう意味だよ、それ」
『ふふふ、慌てなくても大丈夫。説明するって言っただろ』
黒いてるてる坊主はふわふわと浮かびながら黒板の前、教卓の上まで行き、まるで授業を行う教師のように説明し始めた。
ここは夢の中であり、現実ではない。だが、夢だからといって明晰夢のように何でも思いのままになる訳ではないらしい。あくまでも現実の自分のまま。空を飛ぼうと思っても飛べないらしい。
『さぁてと。では何故キミがこんな夢を見ているのか、その目的を話そう』
「夢を見る目的とか・・・ようわからん」
『ふふふ、まぁ、大したことじゃないさ。キミにしてほしいことは三つ。敵を倒して、死なずに、生き残れ。これだけさ』
「これだけって言って、敵とかなんなのさ」
なんともずさんな説明だ。その説明で何と無くやることが分かってしまうのもどうかと思うが。
『敵というのはいわゆるモンスターや怪異、妖怪、ユーマなど、そう言った夢的な生物のことさ。この夢の中ではそう言った化物がうじゃうじゃいてね。それをキミに退治してほしいんだ』
「た、退治って、いや、無理だろ?夢だからスーパーマンになれるって訳でもないなら余計にさ」
『くっふっふっ、あぁ、そうだとも。普通はそんな化物は倒せない。“普通”なら、ね』
意味深気味に黒いてるてる坊主は笑う。
そして、
『“ステータスオープン”その言葉が何を意味しているか、キミならわかるよね?』
「ーーーーっ!?」
解る。解ってしまう。空は基本的にボッチのため、学校の休み時間はスマホで時間を潰す。そして、そんな時間潰しの方法としてネット小説を読んでいた。
そして、ネット小説を読んでいればいまの言葉で七割ほど理解できてしまうだろう。
空はステータスが表示される系の話はあまり好きではなかった。だが、それでも無数にある話を読んでいれば少なからず憧れというのは生まれるものだ。
もし、自分にも、と。
ゴクリっ、と喉がなる。
「“ステータス・・・オープン”っ」
・・・・・・・・・
・・・・・・
「・・・“ステータス、オープン”」
・・・・・・・・・
・・・・・・
「・・・・・・・・・」
『っぷ、・・・っ、ぅ、ぷふぅっ、ま、まさか信じるやつがっ、ぷぷっ、い、いるとはーーーーーっとわッ!?』
気が付いたら机の足を掴んでてるてる坊主に向けて投げ付けていた。
『ご、ごめん、ごめんて、冗談さ冗談っ!だからその椅子を置こう、な?な?』
「・・・はぁ」
怒るのも馬鹿馬鹿しくなり椅子を下ろしてそこに座り直す。
「で?実際はどうすんの?素手で化物退治しろって?」
『そこは安心したまえ。化物は倒すとその力の一部が道具となり、扱うことができるようのになる。先ずは弱い化物を倒して武器を得て、少しずつ強い化物を倒していく。どうだい、簡単だろ?それにこれこら向かう夢にはそこまで強い化物はでてこないさ』
「簡単って・・・その弱い化物ってのは何れくらいの強さなんんだよ」
弱いと言っても化物。強さの基準が人を軽く超えているなどありえる。
レースの車に比べれば乗用車はひどく遅い。だからといって遅い乗用車に人の足で勝てるかと言われれば話にならないのと同じだ。
『それも安心してくれていい。弱い化物も色々と種類はいるけど、腕力で言えば精々成人男性程度だし、特殊な能力だって微弱なものだ。頭を使って立ち回れば勝てない道理はないさ』
「たしかなにそれなら・・・勝てなくはないか」
『ふふふ、さあさあ、説明はそろそろ終わりにしようか。なにわともあれ、実際に体験してみないことには始まらない』
黒いてるてる坊主が向きをドアの方に向ければガタンっと音をたててドアが開いた。
そのドアの向こうは真っ暗で何も見えない。完全な暗闇だ。
『この扉を潜れば、キミの冒険の始まりだ!さぁ、行こう、いざ、行こう、夢がキミを待っている!』
酷くウザイ口調で声高らかに叫ぶ黒いてるてる坊主。ほぼ半ば強制的(物理的)にドアまで押しやられた。
小さい体に癖に無駄に力が強い。
「っ、押すなっ!ばかっ、やめっーーー」
ドンッーーと最後の一押しで扉の向こうへと押し込んだ。
転がるように先の見えない暗闇に入っていった空を眺める黒いてるてる坊主。
『・・・さてさて、彼はここを乗り越えられるかな?』
誰に話すでもなく呟く。
黒いてるてる坊主がこうやって誰かを見送るのは何もこれが初めてではなかった。
『彼で17人目・・・うち初めの試練を越えたのは3人だけ』
残りの13人がどうなったのかは言わずもだ。
もっとも、夢から覚めた彼ら彼女らは夢のことなど覚えてはいないだろうが。
黒いてるてる坊主に選ばれた空は何も彼が特別だから選ばれた訳ではない。
彼同様に黒いてるてる坊主に選ばれた17人も特別などではない。
10000人。それが分母だ。
一万人以上の十代半ばから後半にかけた少年少女が既にこの夢を見ている。
だが、それを越えられた者は半数にも届かない。
『どうなる・・・かな』