メアリー・クレイグ伯爵夫人
シャーロットは光の消えた大きな瞳でキョロキョロと見回すと、母親の顔を一瞥しながら愛らしく小首をかしげた。
『お久しぶりですお母様。ところで妹シルビアの姿が見えないけど、大きなドレスの中に隠しているのかしら?』
「お前は急に、なに変な事を言うの!! 呪い持ちのお前を私の大切な豊穣の聖女シルビアに会わせる訳ないでしょ」
母メアリーは顔を真っ赤にして怒鳴ると、シャーロットは嬉しそうに両手を伸ばした。
『シルビアがいないなら、シャロちゃんはお母様とふたりっきりでお話ができるのね』
「私は話などしたくない。今すぐ屋敷の子供部屋に戻りなさい」
アンドリュース公爵が苦労してお膳立てした会談だが、母メアリーは再会した瞬間から娘シャーロットをお前と呼び、再び屋敷に監禁することしか考えていない。
後ろで控えるエレナからギリギリと悔しそうな歯ぎしりが聞こえ、アンドリュース公爵は腕組みをしたまま二人を見守る。
しかしシャーロットはメアリーの言葉を聞いてもニコニコ笑い、両手をパンと叩いた。
『お母様の言う通り、シャロちゃんはお家に帰ります』
「そうよ、出来損ない二つ星魔力のお前が、五つ星聖女シルビアの側にいる価値はない。さっさと王都から出て行きなさい!!」
『シャロちゃんは、伯爵家を管理しているスコット叔父様と一緒に暮らします。そういえばシャロちゃんは、若い頃のお母様そっくりで可愛いってスコット叔父様に言われたの』
シャーロットはあざとい表情で頬に指を当ててウフフと笑うと、傲慢な態度で娘を見下ろしていたメアリーの顔色が変わる。
『シャロちゃんはお家に帰って、毎日優しいスコット叔父様と一緒にご飯を食べて、夜は一緒にお酒を飲んでダンスを踊るわ』
「お、お前は、なにを言っているの?」
『だってシャロちゃんは知っている。毎晩お母様とスコット叔父様が仲良く馬車で帰ってくるのを、子供部屋の窓から見ていたの』
次の瞬間、メアリーはシャーロットの口を塞ごうと飛びかかり、シャーロットはそれを軽々と交わしながら話を続ける。
『お母様は太りすぎだって、スコット叔父様の奥様も笑っていた。だからシャロちゃんがスコット叔父様のダンスパートナーになってあげる』
シャーロットは母親をからかうと、優雅にマントを翻し中庭へと続く扉の外に飛び出した。
怒りに目を血走らせたメアリーが、巨体を激しく揺らしながら後を追いかける。
不思議なことに王都聖教会の中庭は全くひと気がなく、シャーロットは満月の月明かりで照らされた遊歩道を踊るような足取りで進む。
庭園中央に建つ壁のない白い礼拝所に入ると、母親が来るのを待つ。
やがてゼイゼイと荒い息を吐きながらメアリーが辿り着くと、シャーロットの中の人は冷めた目で巨漢女を見つめる。
『メアリーお母様、やっとアンタと二人っきりになれた』
「はぁはぁ、黙りなさい、シャーロット。お前はスコットにもシルビアにも近づくな!!」
『ああ、やっと自分の娘の名前を思い出したか』
「お前は花を枯らし食べ物を腐らせ、人々を老化で苦しめる。お前の存在はシルビアを苦しめる」
美しく磨かれた白い大理石の礼拝堂に月の光が差し込み、シャーロットの髪は黄金色に輝き、瞳を縁取るまつ毛までハッキリ見える。
それは過去、大輪の薔薇と讃えられたメアリーに瓜二つの姿。
『シャロちゃんとシルビアの顔は双子みたいにそっくりだけど、髪と目の色と耳の形が違う。シャロちゃんの耳たぶは小さくて可愛いけど、シルビアの耳たぶは大きくて長くて分厚い』
「それにクレイグ一族の半数が銀髪、富を象徴する大きな耳で生まれてくる。お前の貧相な耳の形は、父親に似たの」
『へぇ、だからシルビアはスコット氏と同じ銀髪で、同じ耳の形をしているんだ』
シャーロットの中の人は、光の無い深い海の底のような瞳で母親を見つめる。
『でもあれぇ、おかしいなぁ。どうしてシルビアのお尻にある四葉の痣と、スコット氏の母親の太ももにある王族痣が同じなの?』
ヒィッと、メアリーの喉から耳障りな高い声が聞こえた。
「何故お前が、シルビアの痣の事を知っている!!」
それは僕のゲーム知識。
勇者の恋人ナンバーワン・シルビアは、お色気イベントでは耳たぶを舐められたり、本番ぎりぎりお尻の見えるセクシーショット(神絵師書き下ろし)を披露した。
だからクレイグ家に潜伏させたインキュバスアートが描いた、大奥様の太もものスケッチを見てとても驚き、全部燃やし証拠隠滅を行った。
『どうして南海國から嫁いできたスコット氏の母親と、全く血のつながりの無いシルビアに同じ四葉の痣がある? 僕はアンタとスコット氏はグルだと思って、アンドリュース公爵の神秘眼で鑑定してもらった。でもどうやら彼には全く身に覚えがないし、アンタに何回も骨を折られて愛想が尽きている』
「スコットがあの日のことを覚えていないって、そんなの嘘よ。私とスコットは結ばれるはずだったのに、あの男が私たちを引き裂いた!!」
激昂したメアリーの声が真夜中の庭園に響き渡る。
メアリーはシャーロットを生んだ後、彼女を従姉妹としか思ってないスコット氏を酔いつぶして、一夜の行為に及んだのだろう。
『シャロちゃんは老化呪い持ちだから子供部屋に閉じ込めた。という話は真っ赤な嘘で、本当はシルビアと会わせたくなかった。だって賢いシャロちゃんなら、シルビアの父親が誰かすぐに見抜く』
若く美しかった自分にそっくりのシャーロットが、隠された秘密を暴くと告げる。
海外貿易で巨万の富を持つシャーロットの父親デニスは、メアリーに一目惚れして没落寸前だったクレイグ伯爵家を買い取った。
デニスの金で贅沢三昧するメアリーは、不倫と托卵がバレれたら、クレイグ伯爵家から追い出されるかもしれない。
シャーロットとメアリーは薄暗い礼拝堂で二人っきり、手を伸ばせば届く位置で対峙していた。
「黙れ黙れっ!! シルビアは豊穣の聖女で偉大なる蘇生魔法の使い手。お前にシルビアの名を汚させない」
突然メアリーは全身に四つ星火魔法をまとうと、シャーロットに体当たりして押しつぶし、細い首に手をかける。
『うぐっ、痛ててっ、ちょっと苦しいけど全然耐えられる。アンタずいぶんと手際がいい、そうやって邪魔者を片付けてきたのか』
絞められた首は焼きごてを当てたような肉の焦げる臭いがするけど、オークキングを瞬殺するシャーロットにとって、この程度の肉弾戦は大したことない。
「お前の父親は人間のふりをしているけど、中身は恐ろしいバケモノ。あの男は金で私を買って無理矢理犯し、お前は腹の中で暴れて私を壊した。でも愛娘は、私を癒し浄化してくれた」
どうやら巨人族の血をひくシャーロットは酷い難産だったらしいが、メアリーを同情する気は無い。
逆に中の人は、母親の情のかけらも見せずシャーロットを憎むメアリーの手首を掴み、逃すまいと捕らえる。
シルビアとシャーロットは、魔法属性と父親が異なる半分しか血の繋がらない姉妹だが、メアリーとシャーロットは母と娘、同じ四つ星火魔法使い。
『やっと条件が整った。僕の最愛最高最強な黄金最上級天使シャロちゃんが、更なる高みを目指すため、毒母メアリーに親らしいことをさせてやる。おらぁ、アンタの四つ星魔力をシャロちゃんに寄越せっ!!』
ゲームの悪ノ令嬢シャーロットの首には、悪業を止めようとした母親に絞められた跡があり、常にスカーフを巻いて隠していた。
そしてこの世界はゲームと同じ現象が起こるから、母メアリーが首に手をかけた時が絶好のチャンス。
押し倒されたシャーロットの赤いマントが床に広がり、夜なべして刺繍した三段階上限解放の金糸魔法陣が立ち上がる。
四つ星魔力を強奪する呪術は金鎖となり、シャーロットに覆い被さったメアリーの手足に絡みつき全身を縛り上げる。
「二つ星魔法のお前が四つ星魔法の私に敵うわけないでしょ。こんな細い糸簡単に引きちぎって、何よこれっ、どうして切れないの!! 嫌ぁ、魔力がどんどん奪われて、からだが、うごかな」
ゲームでは生贄美少女の緊縛お色気シーンだが、メアリーは贅肉に金鎖が食い込みローストビーフを縛ったみたいでお色気皆無。
金鎖から逃れようと激しく体を揺さぶると、拘束はさらに強まる。
生贄の魔力吸収がはじまり、金鎖はさらに輝きを増し礼拝堂は黄金色の光に包まれる。
礼拝堂から溢れ出る閃光と地響きと衝撃波は、王都大聖堂の中庭に面した窓ガラスを全て割り、就寝中の神官を叩き起こす。
「大変だ! 礼拝堂でなにかが起こっている」
「お前、建物の中に戻れ。法王命で中庭に出るのは禁止されている」
夜中に叩き起こされた神官と中庭を警備する武装神官が揉めている隙に、エレナは素早く外に出る。
美しく咲き誇っていた花木は全て薙ぎ払らわれ、見晴らしの良くなった庭園中央の礼拝堂から、まばゆい光が漏れ出ていた。
「私の大切なお嬢様のお姿が見えません。どこですかお嬢様、返事をして、キャアーっ!!」
中庭から聞こえる女の叫び声に、正義感旺盛な神官が武装神官を振り切って礼拝堂に駆けつけると、床に巨漢女が倒れ、その下に金髪の少女が押しつぶされている。
「神官様お助けください。このままではお嬢様が潰れてしまいます」
細身のメイドは泣きながら少女を引っ張り出そうとしているので、駆けつけた神官たちは床に寝転がる巨漢女を持ち上げる。
「うぉっ、なんて重たい、まるで泥の塊みたいだ」
「俺がコレの腕を掴んで担ぎ上げたら、お前は足を持って隙間を作れ。早く娘さんを助け出すんだ」
男たちの掛け声と共に巨漢女の体は横倒しになり、下敷きになった少女をメイドが引きずり出して顔を見た途端悲鳴をあげる。
「いやぁ、お嬢様の首に絞められた跡がある。どうしてシャーロット様が殺されるの!!」
「落ち着けメイド、この子はまだ息がある。死んでいない、大丈夫だ」
少女は血の気のひいた蒼白な顔に、細い首は痛々しく赤く爛れた指の形が付き、肉の焼けた匂いが周囲にただよう。
「これは酷い、まるで拷問だ。神聖なる礼拝堂の中で少女を絞め殺そうとしたのか」
「この体型に顔は、どこかで見覚えが。まさかいつも聖女シルビア様に付き添っているメアリー夫人?」
床に寝転がる巨漢女は、神官たちが嫌でもよく知る人物だった。
「今晩メアリー夫人は娘と面談すると聞いている。それじゃあ彼女は、まさか呪われた貧相シャーロット?」
シャーロットはゴブリンのように痩せ細った穢らわしい姿だと母メアリーから聞かれていた神官は、信じられない表情でメイドに抱えられた可愛らしい少女を見る。
「これはいったいどうしたんだ。シャーロットは母親と会える、家に帰れると喜んでいたのに、まさか殺されそうになるとは!!」
低く重厚な男の声と共に空気がビリビリと震え、神官たちは覇気に当てられてその場で膝をつく。
後ろを振り返ると、最強六つ星魔法使いである王太弟アンドリュース公爵が怒気をたぎらせ、行手を阻もうとした武装神官が口から泡を吹き倒れている。
アンドリュー公爵はシャーロットに駆け寄ると首の火傷に顔をしかめ、床に転がる母親メアリーを一瞥して神官に命じた。
「シャーロットは、王位継承権第一位である我アンドリューの庇護下にある。例え母親であっても、子殺し未遂の罪は見逃せない。今すぐこの女を捕らえろ」
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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