大砂漠のオアシス
昼は焼けて干からびるような暑さ、夜は凍てつく寒さの大砂漠。
山のような甲羅を持つ橙黒魔亀が大砂漠を歩き、砂の中を自由自在に泳ぎ回る魔砂銀鮭や巨大蟻地獄が存在する。
そんな大砂漠の危険を承知で、縦断しようと試みる人々が後を絶たない。
大砂漠の中を流れる青い砂を目印に、その先にあるアンドリュース公爵の居城には、上位魔獣の素材やダンジョン宝物が溢れかえっている。
公爵との直接取引に成功すれば、激レア素材や宝物が驚くほど安い値段で仕入れられ、数年分の利益、掘り出し物があれば一生分の利益を得られる。
命がけの一攫千金を狙い砂漠を進むキャラバンの最後尾で、水樽を背負った荷運びが悲鳴をあげた。
「うわぁあ、蟻地獄にはまって足が抜けない」
五十人近いキャラバン隊の後ろの砂が突然崩れ、巨大なくぼみが現れる。
砂の中から出てきた、人間の腰ほどの大きさで灰色の鎧状の胴体に頭部がはさみ状になったウス魔カゲロウの幼虫が、鋭い顎で男の足に噛みついたまま蟻地獄に引きずり込もうとした。
荷運び男の悲鳴を聞いたキャラバンリーダーは、蟻地獄の縁から男に手を伸ばす。
「助かった、ありがとうございますリーダー。早く蟻地獄から引き上げてください」
「おい、さっさと背中の水樽を渡せ。大砂漠ではお前の命より水樽の方が大切だ」
巨漢でいかつい顔つきのキャラバンリーダーは、乱暴に男の手を払いのけると水樽の背負い紐に手を伸ばす。
「や、やめろぉ!! 肩紐を切ったら、このまま蟻地獄に落ちてしまう」
思わずリーダーを止めようとした仲間を睨んで黙らせる。
「アンドリュース城の場所を知っているのは俺だけだ。俺に逆らってコイツを助けたヤツは大砂漠に置き去りにする」
何一つ目印のない大砂漠ではリーダーの道案内が頼りだ。
目的のアンドリュース城にたどり着くまで、誰もリーダーには逆らえない。
「ねぇあなたたち、アンドリュース叔父様の所に行くの?」
緊迫した場面に場違いな、少し舌足らずで可愛らしい声が聞こえる。
若葉色の涼しげな膝丈ドレスに花柄の手提げバックを持った美少女が、蟻地獄の反対側から中をのぞき込んでいた。
光り輝くブロンドの髪にどこか見覚えのある顔立ちの少女に、メイドが日傘を差しかけている。
「これは砂漠の幻、蜃気楼ってやつか? なんで砂漠のど真ん中に美少女がいるんだ」
三日前に見つけたオアシスのほとりでハンモックにゆられていたシャーロットは、男の悲鳴を聞き逃さない。
オアシス探しに少し飽きていたシャーロットは、大喜びで駆けつけたのだ。
「ひぃいーっ、幻でもいいから助けてくれ。リーダーが俺を蟻地獄に落とそうとしている」
シャーロットはニッコリ笑って小さく頷くと、手提げバックから葡萄大の鉄球を取り出すと、男の足にかじりついている魔幼虫の頭部を狙い、ゆったりとサイドスローのモーションで投げた。
「おいやめろ!! 蟻地獄に石なんて投げたら、攻撃されたと勘違いして仲間を呼ぶぞ」
水樽にしがみつく男を蹴り落とそうとするリーダーの目の前で、魔幼虫の頭が砕け飛び、二投目の球が樽に当たって割れて水がバシャバシャこぼれる。
その間にエレナは蟻地獄を滑り降りて、中に落ちた荷運び男の腕を掴むと、軽々砂の上に駆け上がった。
「お嬢様、助けてくれてありがとうございます。まさかリーダーが俺を見捨てるなんて」
「なんだ、今の魔法は。それより貴重な水がぁ!!」
リーダーは空になった水樽の破片を引き上げると、顔を真っ赤にして怒声をあげる。
「蟻地獄の主を殺すなんて、お前はとんでもない事をした。ひとりが餌になれば蟻地獄は満足するから、俺は餌を何人か準備して大砂漠に来たんだ」
リーダーの言葉に顔をしかめる者と、助けられた男から目をそらす者がいた。
「まぁいいさ。魔幼虫は大人数で武装した俺たちより、ひ弱な女と荷運びを狙うだろう」
「あら、身体が大きくてお腹の出ている貴方のほうが、美味しい餌だと思うわ」
話している間に、砂底から百匹以上の魔幼虫がウジャウジャあふれ出てくる。
シャーロットは四つ星魔力上限解放指輪を撫でながら気を高めると、魔獣の勘でシャーロットが自分たちより強いと判断した魔幼虫は、反対側に向きを変えてキャラバン隊に襲いかかる。
「東に一時間歩けば、おおいぬ座のオアシスがあるわ。重たい水は捨てて、早く逃げて」
「お前たち、もどってこい。この辺にオアシスなんて無いぞ!!」
捨てられた水樽を拾いながら怒鳴るリーダーの足元の砂が崩れ、中から現れた魔幼虫が大顎で噛みついた。
リーダーは悲鳴をあげる間もなく蟻地獄に引きずり込まれ、さらに数十匹がキャラバン隊を追いかける。
シャーロットは魔幼虫の背後から頭部を狙って数匹仕留めたが、数が多すぎた。
「シャーロット様、球投げは一日八十球までです。残りは私が片付けます」
「エレナ、そんなの面倒くさいわ。蟻地獄ごと消しちゃえば良いのよ」
シャーロットはポケットから綺麗なハンカチに包まれた鉄球(お手玉)を二つ取り出すと、巨人族の豪腕で思い切り高く投げ上げる。
キィン、空気を切り裂く高速音とともに空の彼方に消えたお手玉は、数秒後、四つ星火魔法の火柱を上げながら再び地上に落ちてくる。
ズゴ、スゴゴォオーーン。
真っ赤に焼けたお手玉が蟻地獄の底に衝突すると、地面が音を立てて波打って砂が天高く舞い上がり、お手玉の中から飛び出した鉄球が四方八方に飛び散る。
焼けた鉄球は魔昆虫の身体を砕き、蟻地獄は瞬く間に壊滅状態になる。
「みてみてエレナ。私もアザレア様やアンドリュース叔父様みたいに、一回の魔法で沢山魔モノを倒せたわ」
シャーロットは頭から砂をかぶりながらも、にっこりと嬉しそうに笑う。
「さすがはシャーロット様。でも綺麗な御髪が砂まみれで真っ白です、早くオアシスに戻ってお風呂に入りましょう」
シャーロットの全身についた砂を払いのけながら、エレナは魔法の威力に驚きを隠せなかった。
大砂漠の霊亀と呼ばれる橙黒魔亀を大量に狩りまくり、四つ星魔法のレベルを爆上げしたシャーロットは、小規模災害級魔法が行使できるようになった。
「シャーロット様の現在の魔力は四つ星中位ですが、それ以上の威力があるように見えます」
普通の四つ星魔法使いは、無意識のうちに魔力をセーブして災害級に至らないが、シャーロットのお手本は六つ星戦闘狂のアンドリュース公爵。
「うれしい、わたしもっと強くなりたい」
「そうですね、シャーロット様……」
はりきるシャーロットを眺めながら、エレナは小さなため息をついた。
普通は数十年も必死に鍛錬を積み、やっと四つ星魔法までランク上げできる。
シャーロットの中の人の発案、五つ星六つ星魔法使いとパーティを組んで寄生レベル上げ。
そしてシャーロットの持つ巨人族の豪腕を生かして、ここまで強くなった。
しかし指輪による上限突破は二段階まで、シャーロットは四つ星魔法が限界なのだ。
蟻地獄から逃げたキャラバン隊は二時間近く大砂漠をさまよい、おおいぬ座のオアシスにたどり着く。
「旅のお方、蟻地獄に襲われたとは大変でしたね。さぁ、お水をどうぞ」
「こちらで炊き出しも行われています。乾パンと白濁スープ、いくらでもおかわりしてくださいね」
太陽が激しく照りつける大砂漠・銀砂の牢獄に突然現れた緑のオアシス。
鮮やかなエメラルド色の布がはためき、首から女神像をさげた白装束の人々が疲労困憊のキャラバン隊を迎えた。
「待て待て、なんだこのオアシスは。どうしてあんなモノが、オアシスのそばに転がっている!!」
キャラバン隊を率いてここまでたどり着いた副リーダーは、震えながらオアシスの背後にある山を指差す。
元冒険者の彼は、表面が赤紫で六角形の文様に入った丸い岩山が、五つ星魔獣・橙黒魔亀の巨大甲羅だと知っていた。
「あれは領主様とシャーロット様が仕留めた橙黒魔亀。甲羅の中は広い空洞になって、砂嵐が来てもびくともしません」
「それに炊き出しで配っているのは、霊亀の肉で作った白濁スープです」
「ええっ、橙黒魔亀の肉は不老長寿の薬効があると言われ、王族や大貴族でも年に一度しか食べることの出来ない高級食材だぞ!!」
驚いた副リーダー、隣でうめぇうめぇと炊き出しのスープを食べている仲間から皿を奪う。
大きな肉がゴロゴロ入った白濁スープに、小さな白い豆が浮かんでいる
「この白い肉が貴重な霊亀なのか。はむっ、もぐもぐ、濃厚スープにプチプチしたピリ辛の実がアクセントになって、もっちり柔らかい肉が美味しいな」
「乾パンをスープに浸して、霊亀エキスを一滴残さず食べられる。おおっ、なんだか身体がポカポカして、旅の疲れが消えたぞ」
皿を奪われた仲間に、白濁スープのおかわりが配られる。
「大砂漠の暑さで肉が傷んでしまうので、早めに食べた方がいいのです。さぁ、おかわりをどうぞ」
ふと白装束集団を見ると、年齢は若いのから中年ぐらい男と女半々。
首からさげた女神像と青緑色の旗は、辺境の新興宗教・女神アザレア教の信者だった。
彼は大砂漠に来る前、王都聖教会の前で飢えて食べ物を求める大勢の信者を見た。
「王都聖教会は偽女神アザレアは悪魔の使いだと糾弾していたけど、こっちのほうが本物の女神様に見える」
渇きと飢えを満たしたキャラバン隊は、オアシスの中央に祭られた砂のアザレア像に祈りを捧げた。
道案内のリーダーが蟻地獄に食われて、先を進めなくなったキャラバン隊はここで引き返すしかない。
オアシスで商品を売って、帰りの水と食料を確保する。
キャラバン隊は積み荷を解いて屋台を出すと、信者たちが群がるように集まってきた。
アンドリュース城で売りさばく予定だった高級食器や宝飾品を、質素な身なりの信者たちが珍しそうに眺める。
「高級魔道ランプが欲しいって、値段は大金貨五枚だ。金を持って無い? 物々交換はできないよ」
小太り無精髭を生やした商人と長身の信者が取引をしたが、ランプは売れそうにない。
他の商人も金を持たない信者相手で、商品が売れ残っている。
「だから俺は物々交換しないと言っている。皿と交換なんて、えっ、ガラス皿じゃない。これは激レア最高級素材・魔砂銀鮭の鱗だぁ!!」
「シャーロット様と俺たちで仕留めた、砂漠の魚の鱗です」
「魔砂銀鮭の鱗は四つ星防具の素材として、鱗を二枚重ねればレア、四枚重ねれば激レア、六枚重ねで超激レアの鎧が作れる」
魔砂銀鮭の鱗を握りしめた小太り商人の声に、眠そうに店番をしていた商人たちがいっせいに立ち上がる。
「その黒い尖ったモノは、准神官様の聖杖に使用されるレア素材、橙黒魔亀の爪じゃないか」
「俺の店は商品と素材を物々交換するぞ。鱗も爪もありったけ持ってきてくれ」
鱗二枚で大金貨一枚価値があるモノを、商人たちは鱗十枚と大金貨一枚分で商品を売って儲ける。
オアシスに戻り着替えを済ませたシャーロットは、エレナと一緒に屋台を覗き切れ味の良さそうなナイフを買った。
ホクホク顔の店主がナイフを包もうと紙を取り出すと、エレナがおもわず声をあげる。
「その包み紙を見せてください。半月前の王都新聞に第三王子フレッド殿下婚約の記事が書かれています。この姿絵は、まさかリーザ!!」
【フレッド王子のお相手は、副将軍の娘・聖騎士リーザ】
エレナが広げた王都新聞一面には、灰色の髪に引き締まった美しい顔立ちの女騎士が描かれていた。
「でも彼女には婚約者がいるのに、なぜ女好きフレッド王子と結婚するの?」
横から新聞を覗いていたシャーロットは姿絵を見ると大きく目を見開き、全身から禍々しいオーラを漂わせた。
『なんでエレナがクッコロ女騎士リーザを知っている? えっと新聞記事によると、女騎士リーザは王宮に出現したハイグレードオークを討伐したことが認められ、フレッド王子との結婚が決まる。彼女はフレッド王子の子供を妊娠中』
「どうして今、ゲームオ様が出てくるの? リーザは私と同じ騎士学院の四聖です。一昨年前の王都豊穣祭パーティでも、少し彼女と話をしました。それからクッコロってなんですか」
『そ、それは、ピッコロという強い戦士の意味だ。リーザがエレナと同じ騎士学院四聖なら、一人でオークぐらい倒せるか』
シャーロットの中の人は予想外の展開とエレナの追求に、冷や汗を流しながら答える。
ゲームでは、王宮に連れ去られたアザレアがオークに殺されるイベントが、クッコロ女騎士リーザに起こった。
オークに襲われて死んだアザレアは、ゲームプレイヤーを無料で完全蘇生してくれる、お助けキャラ【亡者の姫アザレア】になる。
しかしリーザは、襲ってきたオークを返り討ちにした。
ちなみにクッコロ女騎士リーザのウスイホンに必ず登場する魔人ゼクトは、避難民リーダーのお貴族様ゼクトとして活躍している。
ゲームでも現実でも、リーザは変な男に引っかかるダメンズウォーカーだ。
王都新聞には、二ヶ月後にフレッド王子の結婚式と聖女候補シルビアの聖誕祭が行われると書かれている。
元王族で義兄弟のダニエルは、結婚式に参加する義務があるはずだ。
『リーザには悪いが、彼女がフレッド王子と結婚すれば、アザレア様の死亡フラグは回避される。ゲームで魔王だったダニエル王子も、アザレア様とラブラブで闇落ちしそうにない』
ゲームの魔王とは、魔人の最上位種。
魔王に進化するには五つ星以上の魔力と特別な血と肉が必要らしいけど、その方法は攻略本にも書かれていない。
魔王が王国に厄災をもたらし、十四歳のシルビアは聖女として覚醒すると同時に、中の人が大大嫌いな勇者が現れる。
勇者は病弱で寝たきりの第一王子の代理として、聖女シルビアと共に魔王討伐の旅に出る。
ゲームでは、冒険や戦闘より、美少女とのエッチイベントがメインだった。
『現実的に考えて、孤児院出身の駆け出し勇者が、ゲームと同じようにギルド受付嬢とエッチしたり女騎士団長とエッチしたり、夫のいる女公爵とエッチしたり妖精王女とエッチするなんて無理だろう。五つ星聖女シルビアが三つ星勇者の言いなりになるなんて、洗脳でもされない限りありえない』
しかし異世界の理はくつがえらない。
ダニエル王子は身体の一部(指)を失い、ラドクロス領はスタンピードに襲われ、王宮にオークが現れ、この世界は必ずゲームと同じ現象が起こるのだ。
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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