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女騎士リーザ

 サジタリアス王国の王位継承権争い。

 国王に一番近い地位にある王太弟アンドリュースは、即死の呪いで明日ともしれない身の上。

 病弱でベッドから起き上がる事の出来ない第一王子、第二王子は奴隷の子、第三王子フレッドと隣国留学中の第四王子は隣国王女を母に持つ。

 太陽の昇る位置にある王宮東館に住むフレッド王子は、一時スキャンダルで評判を落としたが、ライバルの第五王子ダニエルが辺境伯に婿入したおかげで次期国王最有力候補に返り咲いた。

 しかしその矢先、副将軍の一人娘・女騎士リーザをかどわかしたと噂が流れる。 


「忌々しいダニエルは辺境に逃げて、次期国王は俺に決まったも同然。そんな俺をお前の父親は、腹の子供を認めないとぶっ殺すと脅してきた」


 前副将軍がスタンピードに巻き込まれて死亡したため、南方地域司令官だったリーザの父親が副将軍に繰り上がった。

 現在高齢の将軍は引退がささやかれ、リーザの父親は次期将軍という最高司令官の座が期待されている。

 

「婚約者マックスと別れた私は、俗世を離れ聖女候補シルビア様に生涯仕えようと決めていました。それなのにフレッド殿下は、無理矢理私の身体を汚したのです」


 王子フレッドに誘われればどんな女でも喜んで身体を開くのに、最後まで抵抗する彼女に興が乗って楽しんで、うっかり身籠もらせてしまった。


「お前が髪を黒く染めているのが悪い。くすんだ灰の髪と知っていたら、俺は手を出さなかった」

「黒い髪とは、アザレア・トーラス様。フレッド殿下もマックスと同じなのね。それではなぜ私を王宮に連れて来たのですか?」


 現在、王城東館にはフレッド王子が連れ込んだ女性が十数人暮らしている。

 下級貴族の彼女たちと比べて、副将軍の娘リーザは王族に嫁ぐにふさわしい身分を持つ。

「まさか俺が野蛮な女騎士を娶ると思うのか? お前には側妃一号の身分を与えるから、他の女と仲良くしろ」

「まさか、誇り高き聖騎士の私を、閨の相手だけの側妃にするつもりですか」

「普通の女は俺の妻にふさわしくない。アザレアはとんだあばずれだったが、女神に選ばれた聖なる乙女シルビアなら王太子妃にふさわしい」

「フレッド殿下、シルビア様はまだ十一歳です」


 光り輝くブロンドの髪に鼻筋の通った麗しい顔立ちの王子は、口元をいびつに歪めながら笑う。


「お前の子供が生まれる前に、王太子妃を決めれば良いのだ。二月後のシルビア聖誕祭で聖女昇格の儀式を行うついでに、俺とシルビアの婚約を発表する」

「そのような婚姻、母親のメアリー様が許しません」

「リーザ、女の嫉妬はみっともないぞ。メアリー・クレイグ伯爵夫人は最初からそのつもりでシルビアを紹介した。俺はロリコン趣味じゃないから、結婚後しばらく聖女をさせて、他の女で暇つぶししながら青い実が熟するのを待とう」


 話を聞いたリーザの顔面から血の気が引き、脚が震えて身体がふらつく。

 そうだ、リーザは暴漢に襲われても仕込み剣で簡単に首をはねることが出来るのに、王族だからと手加減して、この馬鹿男を生かしてしまった。

 たとえ自分が殺されても、シルビア様を守るためにコイツの首をはねなければならなかった。

 フレッド王子は怒りに震え押し黙るリーザには目もくれず、部屋を出て行く。

 微かに開いた扉の向こう側で、フレッド王子の愛人たちが憎しみのこもった目で女騎士を見つめていた。



 数日後の深夜、魔物避け結界が施された王宮にハイグレードオークが出現する。

 フレッド王子の愛人がいる客間に兵士が駆けつけると、潰れた天蓋付きベッドの上に巨大なオークの首が転がる。

 暖炉の側でオークの呼笛を咥えた愛人が胸を刺されて死に、大剣を握りしめた灰色の髪の女騎士が返り血でドレスを真っ赤に染めていた。

 リーザは血の匂いでつわりが酷くなって倒れ、遅れて現れたフレッド王子はオークの生首を見て腰を抜かし、その後副将軍が大勢の兵士連れて駆けつける。

 オーク騒動のせいで極秘だったリーザの懐妊が人々に知れ渡り、副将軍に脅されたフレッド王子はしぶしぶリーザを正妻として迎えることになった。



 通常なら次期国王最有力候補フレッドの結婚を、人々は祝福しただろう。

 しかし流通が途絶え食糧不足の王都で、飢えと寒さで震える人々は祝辞どころか批難の声が沸く。

 そしてフレッド王子の命で汚れ仕事を行うマックスは、元婚約者リーザの懐妊を街角の張り紙で知った。

 

「まさか嘘だ。リーザは俺との婚約を破棄して、俗世を捨て聖女シルビアの守護騎士になると言った。なのにフレッド殿下の子を妊娠しているだと!!」


 張り紙には二ヶ月後のシルビア聖誕祭、その翌日に第三王子フレッドの結婚式が行なわれると書かれていた。

 マックスは壁から張り紙をはぎ取ると、ビリビリと破いて投げ捨て靴裏で何度も踏みつける。

 

「俺が卑劣な暴徒と戦っている時、リーザとフレッド殿下はいかがわしい快楽にふけっていたのか」


 マックスの右手に握られた聖槍の主はフレッド王子。

 王子の命令で、マックスは聖槍に数多くの罪人の血を吸わせ膨大な魔力を蓄えた。

 そして自分を裏切った王子とリーザの婚礼式で、王族の証である聖槍が用いられる。


「ここまで俺を馬鹿にするなんて。フレッドォ、リーザ、お前たちを絶対許さない!!」


 魔物の雄叫びのように禍々しい声が荒れ果てた街隅に響き渡り、怒りでマックスの目は釣り上がり、口が裂け獣のような牙が伸びる。

 人々の血と肉と呪いがこびりついた聖槍を持ち続けた影響で、もはや人では無く魔人の姿に変化する。

 その日を境にマックスは姿を消し、婚礼式で使用する聖槍が所在不明と騒ぎになるまで一カ月が経過していた。



 *



 満天の星空と三つの月明かりに照らされた銀色に輝く砂は、夜でも足元に影が出来る。

 アンドリュース公爵領、別名:銀砂の牢獄。

 見渡す限り砂の中に小さな緑のオアシスが三つ並び、水平線の彼方に青みがかった砂が見える。

 シャーロットが妊娠中のアザレアの近くにいると、老化呪い1.2倍速の影響で早産の危険性があるらしい。

 ということでシャーロットはしばらくの間、アンドリュース公爵領に滞在することになった。

 昼は灼熱地獄、夜は凍えるほど寒い大砂漠の小さなオアシスで、シャーロットの中の人は大鍋にグツグツとスープを煮込んでいる。


『シャーロット・アンドリュース公爵未亡人の住む白亜のお家こそ真の聖地!! そして聖地にたどり着くまで、大砂漠に潜む魔獣と戦いオアシスを探し求めなくてはならない』

「神秘眼と六つ星魔力を持つ私でも、これまで見つけたオアシスは四個だ。それなのに夜の君は、私の領に来てわずか十日で五つもオアシスを探し出した」


 興奮冷めやまぬ様子のアンドリュース公爵に、中の人はスープの味見で少し舌を火傷しながら答える。


『それは僕のゲーム知識。大砂漠のオアシスの位置は、彼方あちらの冬の星座と同じ』


 それは広い砂漠の中にあるシャーロットのお家に連れ去られた、ヒロインシルビアを探すゲームクエスト。

 200×200マス目状のマップに存在するオアシス全部を発見しないと、シャロちゃんのお家(白亜のアンドリュース城)にたどり着けなかった。

 大砂漠を一歩歩くだけでHPとMPが減り、雑魚モンスターと戦っている間に何度も死ぬので、中の人は【亡者の姫アザレア】の無料蘇生魔法と課金蘇生をしまくる。

 カードローン上限まで課金して見つけ出したヒントは、三つのオアシスとオリオン座と冬の大三角形。

 

『王国や上位貴族の名が星座がヒントだった。シャロちゃんのお家であるアンドリュース城は、オリオン座ベテルギウスの位置にある。大砂漠の中で帯状に色が変わる青い砂が天の川で、川沿いに南西方向に進めばオリオンのベルト、ミンタカ・アルニラム・アリニタクのオアシスが見つかる』

「それに砂漠の中に転がる小さな石がオアシスの封印石とは、王立図書館の古文書にも書かれていない知識だ」

『ゲームの最新クエストだったから、古文書(攻略本)にもまだ載っていないだろう』


 銀色の砂に混じって、川底に転がっている丸い石のような魔石が、オアシスの場所を示していた。

 アンドリュース公爵が兄のサジタリアス国王に押しつけられた領地は、大砂漠の端で少数民族が魔牛を放牧しているだけの、昼は灼熱の太陽、夜は凍てつく寒さの砂の牢獄だった。

 それでも六つ星魔力を持つアンドリュース公爵は、城を取り囲む壁の中で人が生きてゆける環境を整える。

 自分が死ねば、城は半日で干上がり一日で砂に埋もれてしまうだろう。

 

「人も魔物も生きられない私の領地で、夜の君は何をするつもりだ」

『アンドリュース公爵、僕は知っている。この大砂漠にはシリウス・プロキオン・カペラ、星の数ほどオアシスがある。僕はなにも無い砂漠でシャロちゃんが退屈しないように、全部のオアシスを探し出すつもりだ』


 シャーロットの中の人はまるで砂浜で貝殻を拾うように気軽に答えるが、それが実現すればとんでもないことになる。

 兄のサジタリアス国王は「王国で一番広い領地をくれてやった」と笑ったが、領地の広さに応じて国に税を納めなければならない。

 アンドリュース公爵が魔獣を討伐した報酬の半分は、国税として搾取された。


「砂漠の中で、オアシスの水と緑は豊穣の象徴。シャーロットこそ豊穣の女神が遣わした聖女ではないのか?」


 北の辺境と大砂漠だけで、サジタリアス王国の領土半分以上を占める。

 衰退する王都と繁栄する辺境、そして大砂漠に豊穣がもたらされれば、数年後には国内の勢力図が激変するだろう。

 しかしその時まで、自分は生きていられるのか。

 アンドリュース公爵の傍らで、調理を一休みしたシャーロットが美味しそうに紅茶を飲んでいる。

 命が惜しい、シャーロットが大砂漠を変えてゆく未来を、自分も共に見たいと思った 



 しばらくすると砂漠の向こうから歌がきこえ、風にはためくアザレア教旗と五百人を超える人々が、黒に橙のまだら模様の巨大甲羅を運んでくる。

 中の人が熱心にかき混ぜていた大鍋のスープは、信者たちの炊き出しだった。


「アザレア教団の信者たち、凄い団結力ですね」


 エレナは簡易テーブルに大量のスープ皿を並べ、信者達の食事準備に取りかかる。


『ハチミツ酒と薬草スープでドーピングさせて、不眠不休で一週間働かせる。オアシス全体を巨大亀甲羅で覆えば、中は気温二十三度で快適に保たれ、高級薬草を育てられる環境になる』

「でもゲームオ様、全く水を含まない砂地で薬草がまともに育ちますか?」

『それなら大丈夫。ムア爺さんはシャロちゃんに散々こき使われたおかげて、四つ星魔法を極めて五つ星にランクアップした!!』


 近くで薪割りをしていたムア爺さんは、名前を呼ばれて立ち上がると右手に填めた青紫色の洒落た指輪を自慢げに見せる。

 ムア爺さんは辺境の冒険者ギルド長に頼んで、最高級薬草ハチミツ酒十本と交換で上限突破指輪を手に入れた。


「ふぉふぉふぉ、ご覧くださいシャーロット様。これがワシの五つ星広域土魔法、大地転換ですっ!!」


 ムアは背中を丸めてしゃがむと、両手を押さえるように砂の上にのせた。

 ズンッ、と地面が大きく揺れて砂が細かく踊り出し、足元の砂が水のように流れると、白い紙に墨を落としたように黒々とした土がわき出てくる。

 真っ黒で見覚えのある土は、薬草が育つのに最適な魔素を含む辺境の土だった。


『辺境での薬草栽培はしばらくストップ。ムア爺さんに大砂漠を土壌改良してもらって、薬草の他に熱帯植物を育てる。魔カカオとか魔ンゴーとかバナ魔ナで作った、チョコケーキやバナナプリンやトロピカルフルーツポンチをシャロちゃんにご馳走する』

※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。


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