神絵師の肖像画
翌日、シャーロットは甘い樹液の涙を流す人面メープルツリーを発見。
二日目は体長二メートルの猛禽魔コッケイ鶏と大きな卵を見つけ、三日目にはホーンラビットを二十匹、六本足の黒魔毛羊を捕まえる。
スタンピード汚染地帯に作られた道幅は二倍に広がり、食料があると噂を聞きつけた王都民の一部が合流。
シャーロットから魔獣の捕らえ方を教わった牛飼いは、奴隷と一番乗り男を連れて狩りに精を出している。
四日目、真夜中に現れたシャーロットの中の人は誕生ケーキの試作品を作ると騒ぎ、就寝中だったジェームズを叩き起こしてこき使う。
『主食はジャ魔芋があるから、残りの小魔麦でシフォンケーキを作る。異世界ジャンクフード本によると、コップ一杯の小魔麦粉に魔コッケイ鶏の卵黄一個、魔リーブオイル大さじ二杯に水を混ぜて生地を作る。ちなみに魔コッケイ鶏の卵の殻は塩分濃度80パーだから、砕いて塩替わりに使える』
「う、腕がつるっ。シャカシャカシャカ、シャーロットお嬢様、卵の白身を泡立てました」
『ダメダメ、メレンゲの角がピンと立つくらいしっかり泡立てて』
「ひいぃっ、腕がもう限界で、痛くて動きません」
『ジェームズ、次はミルクがフワフワになるまで三十分かき混ぜる。黒魔毛羊のミルクは乳脂肪分18パーの生クリームになるんだ』
命令に逆らえず、悲鳴をあげながら生クリームをかき混ぜるジェームズ。
エレナはスタンピード汚染地帯でドロップした宝箱を運んでくる。
「ゲームオ様のご命令で集めた宝箱ですが、中身は空っぽで宝石もアイテムもありません」
『エレナ、僕はお手頃サイズの宝箱が欲しかったんだ。ジャンクフード本によると、密閉率抜群の宝箱の中に熱源を入れれば、なんちゃってオーブンレンジができると書かれている』
「おぶれじとはなんですか? あっ、ゲームオ様危ない」
中の人が説明しながら宝箱を開くと、蓋の縁から長いノコギリ歯が飛び出し、エレナが素早い動きで双剣をふるう。
全ての歯をへし折られたミミックは、悲鳴をあげながら箱をガタガタ揺らした。
『ミミックの歯は一日五回生え替わるので噛まれないように処理しましょう。と本に書かれている』
宝箱の蓋をパタンと閉めてもう一度開き、飛び出した歯をへし折る作業を五回繰り返すと、宝箱は抵抗を諦めた。
『それじゃあミミックオーブンレンジに、熱源として足跡タイルを入れよう。タイルの灯火温度は弱火140度、二枚重ねると中火170度だ』
余熱の間に泡立てたメレンゲの泡を潰さないように生地を合わせ、深みのあるドーナツ型の鍋にケーキ生地を流し込み、ミミックオーブンレンジに入れて蓋を閉める。
『よし、ちょうどいい具合の火加減だ。レシピでは焼き時間四十分だけど、シャロちゃんの時短なら五、六分で焼き上がる』
蓋をして数分、宝箱の中から甘くて香ばしいかおりが漂う。
就寝中の王都民も、シャーロットの中の人の料理の匂いに誘われて宝箱の周りに集まってくる。
中の人が合図をしてエレナが宝箱の蓋を開けると、鍋からあふれるくらい膨れてこんがり焼けたシフォンケーキが現れる。
『シャロちゃんのバースディケーキ試作品が出来た!! よし、試食をするぞ。はむっ、シフォンケーキはフワフワで弾力のあって、口の中でシュワッと溶ける』
「ゲームオ様、これは今まで食べたことの無い、王族の枕のように弾力のあるケーキです。白身を泡立てただけで、こんなに膨れるのですか?」
『異世界ジャンクフード本の裏技レシピで、ケーキ生地に発泡スライムを小さじ半分加えている』
「ケーキの中にスライム……老婆の顔をしたジャ魔芋を食べるので、もうスライム程度では驚きません」
「フフッ、僕もケーキが食べたいな。そうだ、シャーロット姫にお誕生日の歌とプレゼントをあげる」
中の人は目も合わせずそっぽを向いたままで、エレナは少し気の毒に思い、ケーキを一切れインキュバス男の前に置いた。
インキュバス男はやっと自分の仕事が出来ると、楽しそうに歌い出す。
残ったケーキは試食として王都民に振る舞われ、追加のケーキが宝箱で焼かれている。
わずか数日前、食い物が無いと騒いでいた王都民たちは、ジャ魔芋料理にボア肉BBQに甘いケーキを食べて、歌と踊りを楽しんでいる。
歌い終わったインキュバス男は手を振って周囲に挨拶すると、芝居がかった仕草で胸ポケットからカードを取り出した。
「フフッ、これは僕からのプレゼント。可愛らしいシャーロット姫の御姿を描かせてもらったよ」
相変わらず無視し続ける中の人の代わりにカードを受け取ったエレナは、思わず驚きの声をあげる。
「まぁ、なんて可愛らしいシャーロット様の肖像絵。カードに描かれたシャーロット様が今にも動き出しそう。では私がこの素晴らしい絵をもらいましょう」
手にしたカードをエプロンのポケットに仕舞おうとしたエレナの腕を掴み、中の人がカードを奪い取る。
『うおおっ、めちゃかわいいっ。シャロちゃんの眩しいほどの美しさが余すことなく描かれた神絵師レベルの似顔絵!! 本当にお前がこの絵を描いたのか?』
「ゲームオ様、インキュバスに話しかけたら奴隷契約が成立します」
『あっ、しまったぁ!!』
「フフッ、これから宜しくお願いします。ご主人様」
我を忘れた中の人は頭を抱え、インキュバス男はニッコリ笑う。
彼の奴隷首輪から牛飼いの名前が消えて、新たな主であるシャーロットの名前が浮かび上がった。
「フフフッ、僕の名前はアート。それではシャーロット姫様、僕になんなりと御命令ください」
「美と快楽を好むインキュバスは芸術面で優れています。私にもシャーロット様の姿絵を描いてもらいたいです」
『そうか、この世界はまだ写真技術が発明されていないから、インキュバスの能力が重宝されるのか。しかし純情可憐で清らかなシャロちゃんの側に淫魔は置けない。どこか他所に、辺境はアザレア様がいるし、クレイグ領には誰もいないし……』
中の人は急に押し黙ると、こめかみに細い指を当てながら、ずっと目をそらしていたインキュバス男をマジマジと見つめた。
『そうだ、淫魔の魅惑と画力があれば、気になっていたアレを調べられる。ジェームズ、このインキュバスを偽執事に仕立て上げろ。そしてクレイグ家の屋敷にスパイとして送り込む』
突然指名されたジェームズは驚いて、食べかけのシフォンケーキを取り落とす。
「シャーロットお嬢様、突然何を言い出すのですか。メアリー奥様はシルビア様の近くが良いと王都のタウンハウスに住まわれ、現在クレイグ家の館を取り仕切っているのは分家のスコット・クレイル様です」
『シャロちゃんの記憶では、母親と一緒にパーティから帰ってきたスコット以外、親族の姿を見たことがない』
「しかし今のシャーロットお嬢様は、クレイグ家に頼らずとも上級薬草の売り上げで莫大な資産をお持ちです。一族の財産を食い荒らす連中と関わらない方が良いかと」
『心配するなジェームズ。連中の顔を確認するだけだ。インキュバスのアートに命じる。クレイグ家に寄生する、親族の顔かたちや背格好、つむじの位置から小指の形まで全部描き写せ』
「フフフッ、スパイ役なんて面白そうだね」
それから数日後、食糧不足を魔獣ジビエ料理で解決したシャーロットは、大勢の王都民に見送られて辺境に帰っていった。
芸術面に秀でたインキュバスのアートは、わずか半月でジェームズの動作を全て摸倣で習得すると、偽執事としてクレイグ家の屋敷に送り込まれる。
三ヶ月ぶりの辺境はすっかり雪景色で、雪と氷に覆われた北山脈と魔樹が生い茂る深い森の緑が、不思議なコントラストを生み出していた。
街道の両端にはアザレア教旗が等間隔で並び、大勢の旅人と商隊と王都を逃れた人々が辺境伯トーラス領を目指す。
街道の所々で女神アザレア教の炊き出しがあり、暖かい白パンやジャ魔芋スープや厚切りボア肉、時々デザートでフワフワケーキが振る舞われた。
「うめぇうめぇ、こんなまともな食い物ひと月ぶりだ。王都神官に布施を寄こせと冬の蓄えを奪われて、俺たちは村を捨ててここまで逃げてきた」
「早めに王都を逃げ出して助かったけど、残された仲間が心配だ。食い物が無くて冬を越せるだろうか」
「ラドクロス領でも、王都から逃げてきた人々に、女神アザレア様が使わした金髪の天使が食べ物を分け与えてくださる」
炊き出し所で情報交換する旅人に、首から女神像をさげた男が声をかける。
「女神アザレア教に改宗すれば仕事を紹介してもらえますよ。住むところも、家賃半額で紹介しましょう」
「なんだそれ、話が上手すぎて、逆に怪しいぞ」
「アザレア教信者の役目は、月二時間の奉仕活動だけ。信者の寄付を募らずとも、豊穣の女神は豊かですから(資金源:上級薬草)」
住む場所と仕事がもらえると聞いた旅人たちは男の周囲に集まり、渡された紹介状に名前を書く。
書類の内容はもちろん、女神アザレア教入信誓約書。
ちなみに月二時間の奉仕活動は、友人知人にアザレア教勧誘の手紙を書くことだった。
*
シャーロットの到着を知らされたアザレアは、早朝からミラアの街でシャーロットの帰りを待っていた。
さらに噂を聞きつけた出稼ぎラドクロス民とアザレア教信者、町民や冒険者まで集まり、街道はエメラルド色の小旗を振る人々で埋め尽くされる。
シャーロットを乗せた白い馬車が街に到着すると、アザレアは扉が開くのも待ちきれず、馬車に乗り込んでシャーロットを思いきり抱きしめる。
「お帰りなさい、シャーロットちゃんがいない間、私とても寂しかったわ」
「ただいまです女神様。私も毎日女神様の夢を見ていました」
再会を喜びキャハハウフフと抱き合うい、アザレアは何かに気が付いてシャーロットの頭を撫でた。
「あらシャーロットちゃん、少し離れている間に背が伸びたみたいね」
「はい、女神様。ラドクロス領で沢山歩いて、靴が狭くなりました」
「それだけじゃないわ、シャーロットちゃんは成長期で身長が伸びたの。大変だわ、お誕生会用のドレスを仕立て直さなくちゃ」
アザレアは慌てた様子で、御者にトパーズ服飾店に向かうように命じる。
「女神様、私は今ある服でも大丈夫ですよ」
「それがねぇ、叔父様が最高級薔薇魔蜘蛛レースでシャーロットちゃんのお誕生会ドレスを作らせたの。私はヴェールとドレスの縁取りだったけど、シャーロットちゃんのドレスはレースを七枚重ねにしているわ」
御者の隣に待機していたジェームズは、馬車の中から聞こえてくる話に驚いて馬車から転げ落ちそうになる。
薔薇魔蜘蛛レースを三枚重ねたサジタリウス王妃婚礼ドレスが、軍艦一艘と同じ値段で、王族の無駄使いだと批判された有名な話がある。
「ドレス一枚で軍艦二艘買えるぞ。あのオヤジ、シャーロットお嬢様にどれだけ入れ込んでいるんだ」
アンドリュース公爵の贅を極めたレース素材とアザレアのクリオネのような奇抜なドレスデザインは、トパーズ服飾店の絶妙なお仕立てで、上品で可愛らしいミモレ丈のイブニングドレスに仕上がった。
誕生日前日深夜、中の人はエレナとジェームズに手伝わせて、シフォンケーキを五段重ねたバースデイケーキを作る。
血の繋がった者はひとりも参加しないけれど、大切な仲間に囲まれて賑やかにシャーロットの誕生会が開かれた。
戦艦二艘分のドレスを贈ったアンドリュース公爵は、晴れ晴れとした表情で祝杯を挙げた。
「シャーロット、十二歳おめでとう。私は君の予言のおかげで、この一年間死の影に怯えることなく過ごせた。私からの贈り物を受け取ってくれ」
アンドリュース公爵はシャーロットの手を取ると、五個の魔核石が飾られた指輪をはめた。
世にも珍しい鳳凰ルビーに魔獅子サファイア、玄武エメラルドに応龍タンザナイトに麒麟ダイヤの魔核石の眩い光がシャーロットを包み込む。
石の輝きに同調するように、シャーロットの押さえ込まれた魔力が解放され、三つ星から四つ星にランクアップする。
「おめでとうございますシャーロット様。これで四つ星武器を使いこなせますね」
「シャーロットちゃんは三つ星の時も、それ以上に実力があったから、四つ星になればさらに強くなれるわ」
「私四つ星になったら、女神様とパーティを組んで魔獣狩りしたいです」
美しい指輪をもらったというのに、ジュエリーよりバトルの話で盛り上がる脳筋三人娘。
アンドリュース公爵の複雑そうな顔を見たトパーズ夫人は、シャーロットに話しかける。
「私は四つ星に解放するための指輪が十個必要でした。それを一つの指輪で解放できるとは、シャーロット様は公爵殿下にとても大切にされているのですね」
トパーズ服飾店の女店主は、全部の指に填めた指輪をシャーロットに見せる。
「トパーズ夫人、結婚したら指輪をたくさん貰えて、もっと強い魔法が使えるようになるのね。それなら私、絶対アンドリュース叔父様と結婚します」
※十三歳→十二歳、修正しました!! ご指摘ありがとうございます、感謝します。
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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