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牛飼いとインキュバス男

 スタンピード汚染地帯に造られた道の上。

 エレナは討伐した巨大親子ワイルドボアの真横に簡易テーブルを組み立て、遅い朝食の準備をしている。

 

『大漁大漁と言いたいところだけど、これどうする?』

「シャーロット様の剛力でも、この大きさでは運べないでしょう」

  

 魔獣の血で汚れた服を着替えたシャーロットの中の人は、エレナに話しかけながらテーブルに着くと、トーストした白パンに異世界転生者が必ずつくるマヨネーズを塗った。


『足跡タイルの灯火でトーストして、はむっ、外はカリカリ中はもっちり。ラドクロス産小魔麦のパンは最高に美味しい』


 チーズと塩気の効いた燻製肉とスクランブルエッグを挟んだ、分厚いサンドイッチを口いっぱいに頬ばる。

 巨大魔獣の死骸の横で美味しそうに食事をするシャーロットに、一番乗り男は恐る恐る声をかけた。


「こんなにデカい魔獣を簡単に倒せるなんて、あんた、いやシャーロット姫さまは凄いお方だ。それでお願いします、俺にも食物を分けてください」

『シャロちゃんの食事中に話しかけるな。目の前にある褒美のボア肉を食べればいいだろ』

「そんなぁ。ボアの分厚い皮を剥いだら、ナイフの刃が欠けて使えなくなったんだ」


 シャーロットの中の人は泣き言をいう一番乗り男を完全無視して、七倍速で発酵させたデザートのヨーグルトを食べる。

 中の人も彼方あちらではスーパーの薄切り肉を買っていたが、魔獣が跋扈する辺境で鍛えられ三つ星魔獣ボアの解体ぐらい出来るようになった。

 傭兵のような風貌の一番乗り男が、ボアの皮も剥げないなまくらナイフを持っているとは、それほど王都は平穏無事な場所だったのだろう。



 食後の紅茶をカップに注いでいたエレナが、手を止めて道の向こうを見つめる。

 遠くから複数の人間の声が聞こえ、しばらくして道向こうから三十人ほどの男女が現れた。

 先頭はラグビー選手のように肩幅がありゴツい体型の男、後から男女は全員奴隷の首輪が巻かれている。

 しかし先頭を歩く奴隷商人はとても純朴そうな顔で、奴隷よりみすぼらしい服を着ている。


「うわぁ、こりゃおどろいたぁ。なんででっかい猪だぁ」 

『この人の良さそうなリアクション。えっと、あんたは奴隷商人なのか?』

「俺はただの牛飼いだぁ。こいつらは、無理矢理牛と交換させられた奴隷っす」


 奴隷商人改め牛飼いは、王領の外れに住んでいた。

 彼の牛舎は王領の中にあったのでスタンピード被害を逃れたが、外の牧草地が魔草化してしまう。

 仕方なく牛を連れて別の牧草地に移動途中、王都から逃げてきた金持ちに話しかけられた。

 

「牛と奴隷を交換しようと言われたけど、俺は断ったんだ。でも寝ている間に牛がいなくなって、かわりに奴隷が置かれていた。牛は草食べさせればいいけど、人間はパンとか肉とか食わさないといけないし、乳も出ないし」


 ガックリと肩を落とす牛飼いに、乳搾り試したのか?とは聞けない。


『エレナ、この男、悪いヤツでは無さそうだ』

「そうですね、奴隷たちは家畜用の契約首輪をしています。牛とすり替えられた話は本当でしょう」


 物資不足の王都では家畜の牛は大金貨一枚、奴隷は金貨五十枚と家畜以下の価値しかない。

 奴隷は男十七人に女十二人、中には腰の曲がった老人と子供が三人、ひとり孔雀のように着飾ったハンサムな男がいた。 

 牛飼いと奴隷たちは、親ワイルドボアが現れたところから一部始終を見ていたらしい。


「なぁお姫様、俺はこいつらを食わせなくちゃなんねえ。魔獣の解体を手伝うから肉を分けてくれないか」


 牛飼いは腰に差した大きな刃物を見せる。

 それは冒険者ギルドの解体職人がよく使う、四つ星魔獣の角を一振りで断つほど切れ味がある魔牛刀。

 見た目は素朴で人の良さそうな牛飼いだが、奴隷が逆らわずに従うほどの実力者のようだ。

 やっと三番目で、ちゃんと使える人物に当たった。

 

『それじゃあ三番目に到着した牛飼いと奴隷には、褒美として親ボアの肉を半分あげる。でも心臓ハツタンと頬肉は、親ボアを仕留めたシャロちゃんがもらうよ』


 牛飼いと奴隷たちは歓声を上げてワイルドボアに駆け寄ると、手際よく丁寧に解体を始める。


『へぇ、ボアの首を一振りで落としたぞ。切り口は綺麗な赤、背中は脂の乗った極上のロース肉だ』

「あははっ、そうだよお姫様。王都の連中は肉が傷ついたり臭みがあったら買い取らないから、俺は自然と解体が上手くなった」

『水魔法を牛刀に付与して血を洗い流している。内臓は氷魔法で凍らせてから摘出するのか』


 シャーロットの中の人が牛飼いの解体を見学していると、男の奴隷はほぼ全員で手伝っているのに、ひとり離れた場所で突っ立っていた孔雀男が突然歌い始める。


『エレナ、仲間が一生懸命働いている時に、あの男は何をしている?』

「あら珍しい。あの男はインキュバスの祖先返りで、金持ちを楽しませる余興奴隷ですね」

『ふうん、吟遊詩人とか某ゲームの遊び人みたいなモノ……ええっ、インキュバス!!』


 インキュバスは夢魔や淫魔と呼ばれる男の魔人。

 エルフの祖先返りで心眼を持つエレナは、孔雀男の正体を言い当てる。


「インキュバスの祖先返りがいると、集団のまとまりが良くなります。でもあの男の能力は一つ星魅惑、スライム程度の影響力しかありません」


 仕事をサボって歌う孔雀男に誰も働けともいわないし、たいして上手くもない歌に聞き惚れている者もいた。

 インキュバスの歌のおかげか、牛飼いと奴隷は長時間休むことなく作業を続ける。


『うーん、ゲームではエッチなサキュバスがいたから、男のインキュバスがいてもおかしくはない』


 ゲームは勇者ハーレムだからインキュバスが登場したら邪魔になるだけか。と中の人は納得した。

 しばらくしてワイルドボアをほぼ解体した牛飼いは、インキュバス男をつれてシャーロットの野営テントに来る。

 インキュバス男は長さ一メートルもあるボア舌を右肩に担いでいる。


「お姫様、これはワイルドボアのタンと頬肉、心臓の中に大きな魔核がありました」


 テーブルの上にドンと置かれたワイルドボアの鮮やかな薔薇色の頬肉、心臓は赤紫色の血管が網目状に張り付き、冬に備えて脂身が蓄えられている。


『異世界ジャンクフード本の説明では、ワイルドボアの心臓はコリコリした不思議な食感のする最高珍味と書かれている。三つ星下位ワイルドボアの魔核は必要ないから、牛飼いにあげる』

「おおっ、三つ星魔核なら子牛三頭と交換できる。ありがとうございますお姫様、それではお礼にコイツをお譲りします」


 ボアの魔核をもらった牛飼いは大喜びでボア舌を指差すと、スキップしながら野営テントを出て行った。


「フフっ、シャーロットお姫様。よろしく頼むよ」

「ゲームオ様、大きなボアタンの皮の処理は、ジェームズたちにまかせましょう」

『えっと、異世界ジャンクフードのレシピは、ボア心臓から魔核を取り出した穴に香草を摘めて、形が崩れないように紐で縛って炙り焼きするのか』


 シャーロットの中の人は巨大な石のまな板に魔獣肉を並べると、本をめくりレシピを確認する。

 

『そういえばシャロちゃんが汚染地帯に遊びに行ったとき、髑髏大蒜と鬼胡桃の実があった。表面を炙った半生ボア心臓の薄切りを……米は無いからかわりに。あっ、これは!!』


 本をめくる手が止まった中の人は、エレナにページを指差す。

 エレナは古代語は読めないが、歯を剥いて威嚇する老婆の顔が描かれていた。


「まさかゲームオ様、マンドラゴラジャ魔芋を食べるつもりですか」

『そうだ、門外不出国家機密本「異世界ジャンクフード」に書かれている。マンドラゴラジャ魔芋でポテチとマッシュポテトが再現できるんだ』

「フフっ、芋掘りかい。楽しそうだね」


 こちらの芋はドロリと溶けたり粘りが出て、ポテチを作るのが難しい。

 ジャンクフードに欠かせないポテチが食べられる、中の人は急かされたように野営テントの外に飛び出し、慌ててエレナが追いかける。

 その後ろをインキュバス男が歌いながらついてゆき、さらに後から奴隷女たちが続いた。





 スタンピード前は芋畑だった場所は、紫に黒のマダラ色のツタが地面を這い、黒い葉っぱの下には老婆の顔をしたマンドラゴラジャ魔芋がいた。

 マンドラゴラジャ魔芋畑のそこら中から、哀しそうな女の泣き声が聞こえる。


『よし、マンドラゴラ対策の耳栓をして、噛みつかれないように手袋も填めた。さぁ、芋を掘り起こそう』


 シャーロットの中の人は聖杖モーニングスターを構えながら、シャベルを手にしたエレナに声をかける。


「ひいっ、地面から悲鳴のような気味の悪い声が聞こえます。ゲームオ様、本当にこんな魔芋が食べられるのですか」

『大丈夫だエレナ。マンドラゴラシャ魔芋は人間の頭部そっくりだけど、目は魔核で髪の毛は根っこだと本に書いてある』

 

 中の人に命じられたエレナは仕方なく掘り起こすと、土の中から老婆の顔をしたジャ魔芋が現れて絶叫をあげる。

 耳栓をしても怖気で鳥肌が立つ声を、中の人は脳天の一撃で止めると、目玉の魔核と叫ぶ口の歯が抜けて泣くのをやめる。


『本の説明では、根の千切れる音が叫び声に聞こえるらしい。どうしたエレナ、顔色が悪いぞ』

「も、申し訳ありませんゲームオ様。私は耳が良すぎてマンドラゴラシャ魔芋の悲鳴が……」


 長い耳を押さえながら、エレナは苦しそうに呟く。

 エルフの祖先返りで聴覚の優れているエレナは、耳栓をしてもマンドラゴラシャ魔芋の悲鳴が大音量で聞こえる。


『エレナは無理しないで休んでいろ。僕ひとりで芋を掘る』

「いいえ、私たちの食べるパンも残り二日で無くなります。食糧確保のためにもマンドラゴラシャ魔芋を掘らなくては」

「フフっ、何を泣いているんだい、お嬢ちゃん」


 たいして上手くないが、自然と穏やかな気持ちになる歌がきこえた。

 地面から聞こえていた哀しげな泣き声がピタリと止み、エレナは驚いたように顔を上げる。

 孔雀みたいに派手な服を着たインキュバス男が、奴隷女たちを引き連れてきた。


『マンドラゴラが泣き止んだ? そうか、マンドラゴラシャ魔芋は一つ星魔草。老婆も女だからインキュバスの歌に効果があるんだ』

「泣き声さえ聞こえなければ大丈夫です。インキュバスが歌っている間に、ここのジャ魔芋を全部掘り起こしましょう」


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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