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新入りメイドのエレナ,

 私は、悪魔と取引をしてしまった。

 豊穣の女神信者であるメイドのエレナは、激しい良心の呵責に苛まれた。

 しかしエレナがもらった銀スプーンは給金ひと月分の価値があり、それを売れば弟を腕のいい医者に診せることができる。


『そういえばシャロちゃんは、世間ではどんな噂流されているの?』

「シャーロット様の姿を見るだけで、一年寿命が縮むと言われています」


 シャーロットに取り憑いた悪魔は、のんきな声でエレナにたずねる。

 悪魔に逆らうことのできないエレナは、悔しさで声を押し殺しながら答えた。


『えっ、ちょっと待て。シャロちゃんは《老化・腐敗=時間進行が1.2倍速》だから、一日五時間しか寿命は縮まないぞ』


 悪魔の驚いた声に、エレナの顔が真っ青になる。


「わ、私は病気の弟の薬を買うために、自分の命と引き替えに覚悟してメイドの仕事を引き受けた。それが一日たった五時間……寿命が減るだけ」

『エレナの勤務時間が半日としたら、十日で約一日分寿命が短くなるかも』

「まさか、騙されないぞ。噂と全然違う。それならシャーロット様の呪いで、二十歳も老化した奥様の話は全部嘘?」

『エレナが若いから数時間寿命が縮まっても気にならないけど、オバさ……年配女性はわずかでも歳を取りたくないのさ』


 話を聞いたエレナが全身虚脱した様子でへなへなと床に座り込むほど、シャーロットの悪い噂は信じられている。

 これでエレナは警戒心を解いてこちら側へついてくれるだろう。

 僕はどうしても彼女に頼みたいことがあった。

 前のメイドはシャーロットに直接触れるのを恐れて、入浴もお湯に浸からせるだけで髪や体を洗うこともせず、湯上りも布を体に巻き付けて乾くのを待つだけだった。

 シャーロットの金色の長い髪はロクに手入れもされず、毛先がレゲエの三つ編みのように絡まり、解くのも大変そうだ。

 シャーロットは将来、悪の令嬢・黒の未亡人・傾国の毒女と呼ばれるほどの美女になるのだから、今から美貌を磨く必要がある。


『直接シャロちゃんに触れても、寿命が尽きて死ぬなんてことは無い。僕がエレナに、シャロちゃんの体を綺麗に洗って、長く伸びすぎて枝毛だらけの髪を手入れして、寒さで乾燥してひび割れた手足のスキンケアを頼みたい』

「悪魔はシャーロット様の身体を弄ぶために、取り憑いているんじゃ無いの?」

『失礼な、オタク紳士はYESシャロちゃんNOタッチだ。僕は夜中しか出てこれないから、昼間はエレナにシャロちゃんを守ってもらいたい』


 悪魔は今のところシャーロットに悪さをする気はないようだ。とエレナは判断した。 

 ひとり隔離幽閉されて悪魔に好かれたシャーロットを、エレナはとても哀れに思う。




 エレナとの話を終えると、悪魔は忙しく働き出した。

 テーブルの上に置かれた卵を慣れた手つきで割ると、黄身と牛乳と一緒にかき混ぜハチミツを大量に加え、平たく切った丸パンを浸す。

 それから暖炉をのぞき込むと炎を一息で吹き消し、暖炉の中に置かれた壺の蓋を取る。


『暖炉をとろ火状態にして水炊き鶏ガラ肉を半日放置。出汁を味付けすれば、美味しくて栄養満点白濁スープのできあがりだ』


 悪魔は手早く野菜を刻んで鶏肉から骨を取り除くと、再び暖炉に火をつけた。

 暖炉の上に壺を置き白濁スープに具材を加え一煮立ちさせたら、ヒマワリの種に似た胡椒風味の香辛料と塩を加え味を調える。


『シャロちゃんはまだ小さいから胡椒は控えめに、鶏ガラ出汁と野菜の甘みがたっぷりスープ、旨いっ』

「まだ幼い貴族のご令嬢のシャーロット様が、ベテランコック並みの手際の良さで料理を作っている」

『なんだ、エレナは料理できないのか? でもパンのトーストぐらい出来るだろ』

「そうじゃない。悪魔が料理を作っているなんて、シャーロット様は食事を与えられてないの?」

『一応食事らしきものはあるけど、不味くて食べられないから、シャロちゃんはいつもお腹を空かしている』


 そういうと悪魔は暖炉の鉄板に油を垂らし、卵液を浸したパンをのせる。

 ジュワジュワっとパンの焼ける音と甘く芳ばしい香りに、エレナは釘付けになる。

 すると悪魔が、二本の木の枝をエレナに渡した。


「この木の枝は何、薪にくべるの?」

『早くパンをひっくり返して、あっ、エレナは箸の使い方を知らないのか』


 片手に一本ずつ木の枝を持つエレナに、悪魔は慌てて箸を取り返すと急いでパンを裏返した。

 しかし暖炉の火力が強すぎて、フレンチトーストの片面は半分以上黒く焦げている。


『シャロちゃんに焦げパンなんて食べさせられない。エレナ、このパンを味見して』


 悪魔は、二本の木の枝で焦げたパンを挟み皿にのせてエレナに差し出す。

 普段雑穀交じりの固い黒パンを食ているエレナには、表面が少し焦げているけどハチミツを溶かした卵液に浸された白くて柔らかいパンは贅沢品だ。

 使用人は食べることの出来ない、裏面が少し焦げただけの甘くて芳ばしい香りのする高級パンに思わずかじりつく。


「あ、熱っ。だけどパンの表面は芳ばしく焼けていて、中は甘くて柔らかくてふわふわのお菓子を食べているみたい」

『よし、味は合格だ。朝シャロちゃんが起きたらパンを焼いてほしい。油を多めにして鉄板の温度80度以上で十分火を通せばサルモネラ菌も死滅するし、こんがりフレンチトーストが作れる』


 悪魔は二枚目のパンを鉄板にのせて、焼き加減を見ながらエレナに箸の使い方を教えるように、パンを何度もひっくり返す。

 悪魔が同情して食事の準備をするくらい、シャーロットは不幸な境遇なのだとエレナは思った。


「シャーロット様に取り憑いた、貴方のお名前を教えてください」

『名前は……あれ、なんだっけ? そうだ、僕はただのゲームオタク』

「ゲームオ様ですね。どうか宜しくお願いします」


 シャーロットに取り憑いた悪魔ゲームオは、『そういえば、名前、なんだっけ?』と呟きながらしきりに首をかしげていた。



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