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アザレアの婚礼2

 第五王子ダニエルとアザレアの結婚式が行われたミラアの街では、人々に大量の酒と御馳走が振る舞われた。

 その後、辺境伯の屋敷にて王国有数の資産を持つ女公爵ポーラスとアンドリュース公爵が参加して、ささやかな結婚披露宴が行われる。

 王太子アンドリュースは、夫婦となった二人の名前が刻まれた薄いミスリル製のプレート、結婚承認証を手渡す。

 

「サジタリアス国王の代理として王太弟アサトゥール・アンドリュースが、ふたりの結婚を承認する。これより第五王子ダニエルは、サジタリアス王家を臣籍降下となり辺境伯ダニエル・トーラスと名乗る」


 本来は国王直々に結婚の承認を受けるが、スタンピード騒動とアザレアを第三王子フレッドに近づけない配慮から、王太弟アンドリュースが代理承認した。

 緊張した面持ちのダニエル、続いてアザレアがサインをすると契約書が折りたたまれ銀色の小鳥になって外へ飛び立つ。 

 満面の笑みを浮かべ幸せそうに寄り添う二人に、来賓客の祝辞は続き、ささやかな披露宴は昼に始まり日が沈み夜遅くまで続く。

 シャーロットは披露宴会場のバルコニーから、婚礼祝いの花火が上がるのを眺めていた。


「わぁ、空一杯に赤青黄色の花火が広がって綺麗。見てください女神アザレア様。あれ、女神様がいない」

「シャーロット様、アザレア様は先にお休みになられました。それからえっと……シャーロット様のお部屋は、今日から一階の客室になります」


 エレナの言葉に、シャーロットは不思議そうに首をかしげる。

 これまでシャーロットとエレナは、アザレアの警備のため隣の部屋で寝泊まりしていた。 


「そ、そうね。女神アザレア様は結婚したから、旦那様と一緒。もう私とは寝られない」


 仲の良い年の離れた姉妹のように、何をするにも一緒だったアザレアとシャーロット。

 シャーロットは肩を落としたまま、その場で固まって動かなくなる。


「シャーロット様、今夜はエレナがお側に居ますので、それで我慢して……」

『あの優柔不断王子、僕はまだ直にウエディングドレスを見てないのに、さっさとアザレア様を連れ去った!! 誰のおかげでアザレア様と結婚できたと思ってる』


 時計の針は真上を指し、真夜中に出てきたシャーロットの中の人は、両目に悔し涙を溜めて怒っている。


「そうですね、一番頑張ったのはゲームオ様です。でも新婚夫婦の部屋に乗り込んではダメです」

『今日から僕は、アザレア様のぬくもりの無いベッドで寂しく寝なければならないのか。辛い、辛すぎる』

「ゲームオ様のお側には私がおります。それでも寂しいなら、ムアを呼びましょう」

『ムアは息吹がうるさいから遠慮する。こうなったらヤケだ、今夜は呑みまくるぞ。エレナ、酒とツマミを持ってこい』


 怒りながらエレナに命じる中の人の前に、ワイングラスが差し出される。


「めでたい祝いの席なのに、夜の君はずいぶんとご立腹だ。酒の相手なら私がしよう」


 披露宴が始まってからかなりの時間が経過し、常に祝杯を飲み続けているアンドリュース公爵は、微かに目尻が赤いだけで酔った様子は無い。

 召使いに命じてバルコニーに小テーブルと椅子を運ばせて、数種類の酒と料理が並べる。

 氷で作られた深皿の中に、妖銀杏酒に浸された薔薇色に輝く魔魚の筋子がある。


「これは夜の君のリクエストで、極寒の海から獲った魔橙鮭の卵を酒に漬けて保存したモノ。魔橙鮭の卵が溶けないように、氷魔法使い四人がかりで運ばせた」

『おおっ、これが異世界の鮭のイクラ。ルビーみたいに艶やかな色でイクラより大きめの粒粒が美味しそう』

「夜の君が魚の卵を食べると聞いて驚いたが、過去の異界転生者も生魚を食べた記録がある」


 中の人は軽い気持ちでリクエストしたが、極寒の海に住む魔橙鮭を捕らえるために費やした費用は、アザレアのウエディングドレスと同じくらい高額だ。

 この一年アンドリュース公爵は、シャーロットの中の人の願いを叶えるため、湯水のごとく財産を使いまくっていた。


『本当は白いご飯にイクラ山盛りと、ウニが手に入ったらウニいくら丼にして食べたい。今日はクラッカーの上にチーズと魔橙鮭の筋子をトッピングしたカナッペで食べよう』


 中の人は大皿の上にクラッカーを数枚並べて、黒い炭チーズに紫クリームチーズと魔橙鮭の筋子とフルーツをのせる。

 仕上げに薔薇色の魔橙鮭の卵を乗せて、カラフルなカナッペの出来上がり。

 中の人は紫クリームチーズ筋子のカナッペを手に取ると、ワクワクしながら口に運ぼうとしたところで、エレナが真っ青な顔で止める。

 

「ダメですゲームオ様!! こんなに沢山の魔魚卵を食べたら、腹の中で卵が孵化して、おヘソから魔魚がウジャウジャ出てきます」

『大丈夫だよエレナ。公爵に頼んで魔橙鮭の卵を魔法で絶対零度二十四時間冷凍、さらにアルコール漬けにしたから魔魚も細菌も確実に死んでいる』

「はははっ、異界の転生者は、面倒くさい事をしてでも生の魔魚卵を食べたがる。どれ、私が毒味をしてやろう」


 アンドリュース公爵はエレナから筋子カナッペを取り上げると、一口で食べる。

 以前は毒殺を恐れてまともに食事を取らなかった公爵が、警戒心も無く食べ物を口に入れる。


「ほう、なるほど。これは妖銀杏酒が魔魚の生臭さを消して、卵の一つ一つが口の中で弾けトロリとした脂の旨味が広がる」

『ほら見ろエレナ、生で食べても大丈夫。それじゃあ僕も一口、ぱくっ、サクサクしたクラッカーと、卵の一つ一つが口の中でプチプチ弾ける。妖銀杏のしょっぱさがアクセントになって美味しい』


 しかしエレナは青い顔のまま、その場で勢いよく頭をさげた。


「お、王太弟殿下に毒味をさせてしまい、も、申し訳ございませんっ」

「はははっ、メイドよ頭を上げよ。私が勝手に食べたのだ。私はシャーロットが十三歳になるまで死なないと予言されたおかげで、最近はとてもよく眠れて体調も良いのだ」


 エレナか恐縮している隙に、中の人はカナッペを二枚重ねて食べて、久々の鮭の筋子味を堪能していた。

 アザレア様とダニエル王子は無事くっついたし、懐かしい彼方あちらの味も堪能できたし、さて、これからどうしよう。


『アザレア様が結婚したら、シャロちゃんはどこで暮らそうか?』

「夜の君、急にどうしたのだ」

「そうですゲームオ様。アザレア様はシャーロット様を妹のように可愛がっています。結婚したからといって追い出したりしません」


 しかし中の人は祝いの席で、度数の高いハチミツ酒を飲み酔っ払って口が軽くなる。


『この大蛇苺カナッペ、もぐもぐ、甘じょっぱくて美味しい。アザレア様は結婚したら即御懐妊だから、シャロちゃんにかまっている暇は無い』

「えっ、ご懐妊っ。アザレア様のお身体は、長い間毒に侵されたせいで子供を産みにくい体質といわれているのに」


 中の人の知るゲームの中で、「亡者の姫アザレア」は王族フレッドの子供を身籠もっていた。

 相手は変われどダニエルも王族で、この世界はゲームと同じ出来事が必ず起こる。


「それは未来の出来事を知る、夜の君の予言かな?」

『アンドリュース公爵、僕の予言はきっと当たる。アザレア様はまもなく妊娠するだろう。子供が生まれるまで辺境に引き籠もり、絶対王都に行ってはならない』

「うぉおおっ、それは本当かシャロちゃん。アザレアに子が授かるのなら、俺は例え王命でも軍が攻めて来ようとも娘と孫を守る」


 アザレアの父辺境伯ダントが、目を大きく見開き顔を真っ赤にして会話に割って入る

 バルコニーで内密の話が、酔って声が大きくなり、偶然前を通りかかった辺境伯ダントに聴かれてしまった。 

 シャーロットはダントに孫のように可愛がられ、シャロちゃんと呼ばれている。


「この話が本当なら……しかしサジタリアス国王への報告は行わなければならない。アザレアとダニエルの間に子供が生まれれば、王位継承権が発生する可能性がある」


 仲が悪くてもサジタリアス国王とダニエルは実の親子。

 国王に結婚報告をしないのは道理に反し、王家に対して叛意有りと疑われるとアンドリュース公爵は考える。


「サジタリアス国王、俺はよく覚えているぞ。ヤツはダニエルの母親を騙して王都に連れ去り、彼女は生きて故郷に戻ることはなかった。なぜ俺たちが偽りの王に義理立てする必要がある」


 アザレアの母とダニエルの母は双子の姉妹だった。

 ダニエルの母の恋人だった聖騎士は、エンシェントドラゴンとの戦いの最中、サジタリアス国王の手下の聖神官(現法王)に見殺しにされる。

 恋人を失ったダニエルの母は、国王の裏切りを知らず側室となりダニエルを産む。

 シャーロットの中の人はにらみ合うふたりを見比べると、辺境伯の隣に立つ。


『辺境伯ダント、国王に逆らってでもアザレア様を護れ。アザレア様を失えば辺境伯領も滅っ、ふがふがっ』

「シャロちゃん、辺境が滅びるとは一体なんの話だ」

「まぁ、シャーロット様。こんなに強いお酒を飲まれて、お顔が真っ赤ですよ」 

「はははっ、大切な娘を奪われて男親は辛いな。辺境伯の部屋で愚痴をたっぷり聞いてやろう」


 察したエレナが素早く中の人の口を塞ぎ、アンドリュース公爵は辺境伯の肩を派手にバシバシ叩いて誤魔化す。

 

「夜の君の予言を詳しく聞かせてもらおう。ああ、来賓客には充分に酒を振るまってくれ。後のことは宜しく頼む」

  

 ゲーム世界で辺境伯領のあった場所は、魔王ダールの治める魔族領。

 アザレアと生まれてくる子供を失えば、辺境伯領は深い森に呑まれ魔物の支配地になると、シャーロットの中の人は予言した。

 


 豊穣祭を五日後に控えた王都の表通りは、色とりどりの花で飾られて華やいだ雰囲気が漂う。

 しかし王都を取り囲む城壁の外側には、スタンピードから命からがら逃れてきた人々の掘っ立て小屋が建ち並んでいた。


「誰がこの場所に小屋を建てていいと言った。余所者は王領から出て行け」


 王都の守備兵がボロ小屋の中にいる避難民を追い出し、小屋を槍で壊そうとする。


「おい、やめろ!! 王都聖教会が羽虫を退治しなかったせいで、俺の家や畑は全滅したんだ」

「そうだ。お前達王領の人間は、聖女の結界の中に隠れて震えていた臆病者」

「ここがダメなら、聖教会の中に入らせてもらおう」


 スタンピードの恐怖を味わった避難民達に、守備兵の脅しは通じなかった。

 槍を突きつけるられても抵抗し続ける避難民の前に、背中にできた瘤が岩のように盛り上がった男が進み出ると、凄まじい力で守備兵を押しのけた。

 

「みんな、よく聞け。兵士より俺たちの方が、魔白羽蟲みたいに数は多い。俺の言っている意味分かるか」

「うるさいうるさい!!貴様ら薄汚い貧民が、豊穣の聖女候補がいらっしゃる聖教会に入れる訳ないだろ。さっさと王都から出て、う、うわぁーーっ」


 避難民リーダーの男は、剣を抜いて威嚇する守備兵に背負った大きな荷物を投げつけると、周りに居た避難民が一斉に襲いかかる。

 十人ほどの守備兵に大勢の避難民がワラワラ群がり、暴力を振るい身ぐるみを剥いで半死半生状態にした。

 暴徒と化した数百人の避難民は、南門から王都内に侵入すると、表通りの店や建物を襲撃しながら王都聖教会を目指す。


「あの煌びやかな白い建物が王都聖教会だ。神官に飯を奢ってもらおうぜ」

「俺たちには、贅沢すれば堕落するなんていうくせに、神官様は贅沢三昧だ」


 開け放たれた聖教会正面大門の前には年老いた神官が数人いるだけで、暴徒は彼らを無視して通り過ぎ、聖教会の敷地に踏み入れようとした。

 先頭を走る男が目の前で転倒すると後ろの避けて進もうとして、突然弾かれたように倒れる。

 

「早く俺の上から退けっ。痛てぇ、腕が潰れちまう」

「なんだこりゃ、大門の前に見えない壁があって、聖教会の中に入れない」


 聖教会に押し寄せた暴徒は止まることが出来ず、数十人が将棋倒しになり、積み重なった肉の壁が大門前を塞ぐ。


「鋼の剣で叩いても傷ひとつ付かない。こ、これは聖女候補シルビアの守護結界だ」


 暴徒に便乗して略奪に加わった街のならず者たち、避難民リーダーに言われるがまま付いてきた避難民は、赤みがかった分厚い硝子のような結界の前で立ち往生する。

 魔白羽蟲のスタンピードをはね除けたシルビアの不可侵結界が、王都聖教会をすっぽり覆う。


「聖教会の教えに従い豊穣の女神を信仰したのに、俺たちは魔白羽蟲と同じなのか」


 そうしている間に、大門の前で騒く避難民達を顔を黒い布で隠した黒装束の武装神官が取り囲み、武器を持たない老人や女子供から捕らえ始める。

 弱い者達が痛めつけられる悲鳴が聞こえ、助けに行こうと避難民リーダーが駆け出した時、背後から馬の嘶きが聞こえた。


「ま、待ってくれ。俺たちはどこも行くところが無いんだ。法王様に、せめて豊穣の聖女候補に話を、ぐわぁっ!!」


 虹色のたてがみの白馬に跨がる白銀の鎧を着た王族近衛兵は、馬上から長い槍を振り下ろし背中に瘤を持つ男を串刺しにした。


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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[気になる点] ファンタジーでいってもしょうがないけど、受精卵有害温度と言われる温度は-20から-80の間ぐらい、絶対零度だと半永久的に保存できます
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