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デニス・クレイグ伯爵

 シャーロットは次期国王の呼び名高いフレッド王子に、指を切り落としてグリフォンに喰わせろと言い放つ。

 長い間子供部屋に閉じ込められていたシャーロットは常識が欠如し、従者マックスとフレッド王子の身分差など異図しない。


「今なんと言ったぁ、シャーロット・クレイグ!! サジタリアス王家第三王子の俺の指を切り落とせだと。たとえシルビアの姉でも許せん、それなら貴様の首を切り落としてやる」


 激怒のあまり口から泡唾を吐きながら腰の剣を抜くフレッド王子を見て、シャーロットはポシェットから土砲丸を取り出す。


「人間に投げるのは初めてだけど仕方ないよね、頭とお腹どっちにぶつけよう」


 シャーロットの剛速球は、七角鬼バッファローをミンチにするほどの威力。

 ダニエル王子とアザレアは慌ててシャーロットを止めようとしたが、剣を振りかざしたフレッド王子がシャーロットの射程距離に入る。

 間に合わない、フレッド王子死す。

 しかし次の瞬間、ふたりの間にアンドリュース公爵が現れると、シャーロットの放った土砲丸を右手で卵のように摘まみ、フレッド王子の振り下ろした剣の刃を小枝のように握った。


「良かったなフレッド、これでグリフォンはお前のモノだ。さぁ、私が手伝ってやろう」


 国王に次ぐ王太弟の地位のアンドリュース公爵は、第三王子フレッドより上の地位。

 彼はほとんど自領に戻らず、国中の魔獣を狩りまくる血に飢えたバトルジャンキー。

 アンドリュース公爵はフレッド王子からもぎ取った剣を楽しげに振りまわし、笑いながら聞いてくる。


「フレッド、右と左どっちの指にする。それとも足の指がいいかな?」

「俺の勘違いでした、アンドリュース叔父上。ダニエルに貸した王族馬は全部戻って来た。だからグリフォンはいらないっ!!」


 フレッド王子は冷や汗を流しながら後ずさると、アンドリュース公爵の前から一目散に逃げ出す。

 その後ろ姿を唖然とした表情で見つめるアザレアに、シャーロットが声をかける。


女神アザレア様、とてもお腹が空きました。早くお食事にしましょう」

「シャーロットちゃん、私少しダニエルと話したいことがあるから、アンドリュース叔父様と一緒に食事をしてね」

「あれっ、女神様。なんだか怒っているみたい」


 アザレアはウフフと笑いながら、ダニエル王子を逃がさないように腕を強く握る。

 自分に何も知らせず勝手に婚約まで進めた彼を、色々と問い詰めなくてはならない。

 アザレアに腕を引っ張られたダニエル王子は、グリフォンを連れて庭園の奥に消えていった。

 部屋の外で控えていたエレナがシャーロットの元へ来ると、アンドリュース公爵に騎士式の挨拶をする。

 エレナの服装は、シャーロットのドレスと同じ青と白の布地で仕立てられたパンツスーツ。

 アンドリュース公爵の隣にも、灰銀色の鎧を身に纏った護衛の騎士が控えていた。

 大広間の奥から美味しそうな匂いがして、豊穣祭にふさわしい豪華料理が所狭しと並んでいる。


「エレナ、私お魚と卵のサラダと甘いパンが食べたいわ」

「それではシャーロット様。私が料理を見繕ってきますので、こちらでお待ちください」


 エレナは焼き菓子が置かれたテーブルにシャーロットをエスコートすると、公爵に軽く会釈して席を離れる。

 アンドリュース公爵は不満げな顔で、シャーロットの向かいの席に座った。


「クレイグ家のお嬢さんは、自分ではまともに食事も出来ないのか?」


 自分で料理を取りに行かずエレナに命じたシャーロットに、アンドリュース公爵は尖った口調でたずねる。


「《腐敗》呪いは食べ物を腐らせます。だからとても美味しそうなお料理だけど、私は近づいてはいけないの」


 十歳の小柄な少女は、悟りきった表情でアンドリュース公爵を見つめた。

 自分の失言に気付いた公爵は、すまないと申し訳なさそうに謝る。


「私はエレナが来るまで、テーブルに置かれた焼き菓子を食べるから大丈夫です。それよりアンドリュース叔父様こそ、料理を取りに行かないの?」

「はははっ、私の食事には、時々誰かが毒を仕込ませるのだ。特に王宮ではうかつに物を食べれない」

「それじゃあアンドリュース叔父様は食事が出来ないの? 私お腹が空いて苦しい気持ち、とてもよく分かります」


 アザレアに頼まれてシャーロットの子守をするつもりが、アンドリュース公爵の方が子供に心配されている。


「クレイグ家のお嬢さん、心配はご無用。私は腹が減ったら、魔獣を狩って自分で調理する」

「まぁ素敵。アンドリューズ叔父様、どんな魔獣のお肉を食べたの? 私は深い森で七角鬼バッファローを仕留めて、お肉をこのくらい分厚く切って焼いて食べたわ」

「七角鬼バッファローを仕留めた? クレイグ家のお嬢さんも深い森に入ったのか」

「アイスドラゴンは、肉が筋張って冷たくて全然食べられないの。深い森で一番美味しいのは、八咫七面鳥の髑髏大蒜たっぷりローストチキンです」


 ダニエル王子が深い森でアイスドラゴンを仕留められたのは、アザレアが狩りをサポートしたのだろう。

 しかし先ほどから話を聞いていると、まだ十歳のシャーロットも狩りに参加した様子。


「まさかダニエルは、こんな小さい子供を深い森に連れて行ったのか」

「アンドリュース殿下。シャーロット様は深い森で七角鬼バッファローの他に、アイスドラゴンの翼を破壊して地上に落としました」


 料理をワゴンに乗せて戻ってきたエレナが、公爵の疑問に答える。


「まだ十歳のシャーロット様が深い森の魔獣と戦えるとは、信じていただけないと思いますが」

「いいや信じよう、私はダニエルと同じ神秘眼を持つ。そして六つ星の神秘眼は、あらゆるモノを鑑定できる」


 そう言うとアンドリュース公爵は、美味しそうにチキンと卵のサラダを食べるシャーロットに目をこらし、なるほど。と呟いた。


「クレイグ家のお嬢さんの魔力が、二つ星最大値まで上昇している。それにデニス・クレイグ伯爵の娘なら、深い森の魔獣も狩れるだろう」


 突然告げられた父親の名前に、料理を夢中で食べていたシャーロットの手が止まる。


「アンドリュース叔父様、私は長い間お父様と会っていません。それにずっと子供部屋にいたから、お父様から魔獣の狩り方なんて教わってない」

「デニス・クレイグ様は貿易のお仕事で殆ど屋敷には戻らず、私は御当主にお会いしたことがありません」

 

 戸惑った表情のシャーロットとエレナに、アンドリュース公爵は大げさな身振りで説明する。


「クレイグ家のお嬢さん、あの有名な話を知らないのか? 数年前、強風で砂地に乗り上げた貿易船を、デニス氏はひとりで海まで引いて戻したそうだ。デニス・クレイグ伯爵の人並み外れた怪力は、巨人族の祖先返りだと噂されている」


 祖先返りときいて、エレナの細長い耳がピクリと動いた。


「そういえばお父様は、子供部屋にあった大きな本棚を片手で動かしていました」

「シャーロットお嬢様の大人並みの腕力は、デニス様から巨人族の血筋を受け継いでいるのですね」


 大昔に滅んだ巨人族は、人間との間に多くの子孫を残したと伝承がある。

 巨人の血は二世代で殆ど消え去るが、ごくまれに巨人族の祖先返りで、見た目は普通の人間だが並外れた剛力の持ち主が誕生する。

 

「普通は騎士になって剛力を活かすが、元々商才のあった彼は、未開の地から貴重な宝物や資源を大量に運び、若くして王国有数の貿易商に成り上がる。私は異国の港町で何度もデニス氏に会ったよ」


 そこからはエレナも知っている。

 多額の借金を抱えていたクレイグ家は、娘と伯爵家の地位をデニス氏に売ったのだ。


「旦那様はクレイグ家の借金を全て返済しました。ですが奥様と親類縁者が稼ぎ以上に贅沢をするので、家に帰ることもままならず働き続けていると聞きました」

「私はお金より、もっと沢山お父様と会いたいです」

「クレイグ家のお嬢さん、今度お父上に会った時、素直に一緒に居たいとおねだりするがいい。きっとデニス氏も喜ぶだろう」


 アンドリュース公爵に言われて、シャーロットは嬉しそうに大きく頷く。

 

「私ならこんなに可愛らしいお嬢さんを一人にはしないのに。仕事なんか放り出して、どんな時でも駆けつけるぞ」

「まぁ驚いた。バトルジャンキーと呼ばれるアンドリュース叔父様が、魔獣討伐を放り出して駆けつけるなんて、想像も出来なせん」


 中庭でダニエルとの話し合いを終えたアザレアが、おどけた声で公爵に話しかける。

 アザレアの隣には、緊張した面持ちのダニエル王子が姿勢を正し敬礼をする。


「アサトゥール・アンドリュース王太弟殿下。ダニエル・サジタリアスは自分の足で王都まで来ました。いいえ、俺は情けないことに、アザレアやシャーロット嬢やエレナに助けてもらい、グリフォンを騎獣に出来たのです」

「ダニエル、随分と良き顔つきになった。グリフォンを従属するとは見事だ」


 以前会った時、アンドリュース公爵に頭ごなしに怒鳴られたダニエル王子は、やっと一人前の王族として認められた。

 ダニエル王子の後ろから、カマキリのように痩せた執事が大きなワゴンを押してきた。

 ワゴンの上には黄金色に輝く酒瓶と、硝子のピラミッドのように積み上げられたシャンパングラス。


「ダニエル殿下、用意が整いました。ご来賓の皆様、本日は第五王子ダニエル殿下と辺境伯アザレア・トーラス様の御婚約を祝い、辺境の深い森から採れたハチミツで造った酒を振る舞います」


 深い森のハチミツ酒と聞いて、食事中の貴族達がぞろぞろと集まり出す。

 大広間に派手なファンファーレが鳴り響き、宙に浮いた酒瓶からシャンパンタワーに黄金色の酒が注がれる。

 キラキラと眩い光を放ちながらグラスを満たすのは、胸の病で倒れたラドクリフ伯爵夫人を蘇らせた奇跡の酒。

 今回の豊穣祭は、聖女候補シルビアに治療を頼む目的で参加した、体調不良の貴族が大勢居た。

 豊穣の女神アザレアが手ずから配る黄金の酒を、人々はうやうやしく受け取る。


「なんてありがたい。酒を一口飲むと身体が軽くなり、二口飲むと腰の痛みが消える」

「俺の腕を見てくれ。赤くただれた火傷の跡が、ずいぶんと薄くなった」


 神官達がモノ言いたげに見つめているが、彼らにアルコールは禁忌の飲み物だ。


「皆さん、気持ち良く酔っ払っているのね」


 慈悲深い優しげな微笑みを浮かべるアザレアは、豊穣祭の主役を、第三王子フレッドや聖女候補シルビアから奪い取っていた。


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


※ブックマークと下の星ボタンで応援していただけると、作者とても励みになります。

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