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シャーロット、女神の本を読む,

 シャーロットは暖炉に駆け寄り、天台の上に置かれた菓子器の蓋を取って中をのぞき込むと、朝方の冷えで煮込んだスープがゼリー状に固まっていた。

 シャーロットは暖炉の側に置かれた壺の中から火の結晶を取り出し、息を吹きかけて火を点けて暖炉に放り込む。

 たちまち暖炉の薪が燃え上がり、ぱちぱちと赤い炎がはぜる。


「私、ちゃんと暖炉の火のつけ方を知っている?」


 しばらくすると菓子器のゼリーが溶けてぐつぐつ煮えて、濃厚なスープの香りが漂う。

 シャーロットはテーブルに置かれたスライスパンを暖炉の上に並べて、両面こんがり焼いた。


「コートのポケットにスプーンとフォークが入っている。でもスープを入れるお皿が無いよ。夢の中の私は忘れんぼうね」


 両手にハンカチを巻いて、菓子器のスープをこぼさないように慎重にテーブルに運ぶ。

 昨日の夕食は魚の小骨だらけでほとんど食べることができなくて、シャーロットのお腹がキュウっと小さく鳴く。

 食事の祈りを捧げた後、器の中に浮かぶ大きな肉をフォークに刺してフウフウ息を吹きかけながら食べる。

 夜中からじっくり煮込まれた大きな肉は、シャーロットの口の中でほろりと崩れると、肉汁があふれ出し溶けてなくなった。

 野菜をフォークで刺すと簡単に崩れてしまうので、スプーンですくってスープと一緒に飲み込む。

 スープの中の卵は、香ばしく焼けたパンの上にのせて食べてみた。


「大きなお肉も野菜も卵も、スープの味が染み込んでとても美味しいわ」


 頬を真っ赤にして額に汗を浮かべながら、シャーロットは頑張ってスープを半分、パンを二枚食べる。

 さっきまで空っぽだったお腹が、今はぽかぽか温かい。

 残した料理がもったいないけど、腐敗の呪いで一、二時間で腐ってしまう。

 シャーロットは名残りおしそうにスープの入った菓子器に蓋をしてベッドに戻る。


「そういえば夢の中の私は、文字を知りたがっていた」


 真夜中の出来事を全て覚えていたシャーロットは、ベッドに置かれた本を手に取る。




 その瞬間。

 シャーロットの脳裏に、これまで見たことのない景色が蘇る。

 数十本の高いガラスの塔が天を貫くように建ち並び、蟻みたいな黒髪の人の群れが銀色の巨大な竜の中に飲み込まれてゆく世界。

 知らない誰かが手に持った四角いプレートに絵が浮かび上り、シャーロットが聞いたことのない音楽と言葉で歌いだす。

 四角いプレートを指先で擦っていた誰かは、夢の中で目を覚まし、シャーロットを見てニヤリと笑った。


 シャロちゃん大好き、

 シャロちゃんは可憐だ、

 シャロちゃんは綺麗だ、

 シャロちゃんは眩い、

 シャロちゃんは尊い、

 シャロちゃんをでたい、

 僕はシャロちゃんを守りたい。


 知らない誰かは、とても喜んでとても怒ってとても悲しんでいた。

 ドロリとした、熱くて暑くて篤い感情。

 無気力で諦めと虚無の気持ちしかないシャーロットの知らない感情。

 呪われた悪い子供シャーロットは悪魔に食べられてしまえと、常日頃母親に脅されていたシャーロットはポツリと呟いた。


「お父様もお母様も召使いたちも、みんな私を嫌って、好きとか綺麗とか言われたこと無いのに。あなたは呪われた悪い子供を守ってくれるの?」






 その日の正午前。

 メイドの代わりに子供部屋を訪れた執事は、普段なら昼過ぎまで寝ているシャーロットが起きて本を読もうとしている様子に驚いた。

 執事はシャーロットの呪いが届かないように、扉の近くに立ち止まり声をかける。


「シャーロットお嬢様、旦那様の大切な蔵書に触ってはいけません」

「ねぇジェームス。わたし豊穣の女神様のお話が書かれた本を読みたいの。お母様は、お前に知識は必要ないと言うけど、教会の本なら読んでも怒らないでしょ」


 普段は執事ジェームズを見もしないシャーロットが返事をする。

 実はジェームスは若い頃神官を目指していたが、貧しい家族を養うために執事になった。

 老化と腐敗で呪われた子供が、自分とは真逆の人々を厄災から救い幸せをもたらす豊穣の女神に興味を示すとは珍しい。

 シャーロットの祖母は元豊穣の聖女、妹のシルビアも幼い頃から聖女候補として教育を受けている。

 だから女神に信仰心を示すのは全ての人間の義務なのに、シャーロットを嫌って聖教会に通わせない母親のメアリー・クレイグ伯爵婦人に、少なからず不満を持っていた。

 シャーロットの父デニスは、男爵家四男ながら貿易で莫大な財を築き、商才をかわれてクレイグ伯爵家に婿入りした。

 斜陽の一途をたどっていたクレイグ伯爵家は父親デニスの財で持ち直したが、メアリー婦人や親類縁者が派手に散財する。

 そのせいで家に帰れないほど働きづめの父デニスと、母親に育児放棄された娘シャーロットの境遇を考えれば、このぐらいのワガママは許されるだろうと執事は勝手に判断した。 


「では私が、シャーロットお嬢様の読めそうな御本を用意しましょう」


 最初に与えられた二冊の幼児用女神絵本を、シャーロットは一日で読み終える。

 翌日は絵本を三冊、翌々日は少し難しい絵本を四冊。

 瞬く間に本を読み終えたシャーロットは、その内容をジェームズに質問攻めする。


「ねぇジェームス、この本に豊穣の女神様と一緒に出てくるエルフの王女様のお話も読みたいわ」

「おおっ、さすがシャーロットお嬢様、お目が高い。エルフ王女の物語を全十五巻用意しましょう」


 神官を目指すほど豊穣の女神の狂信的信者ジェームズは、教えを乞う彼女にすべての知識を捧げたくなる。

 シャーロットの老化の呪いに対する恐怖より、女神への布教心が勝った。





 ベッドの周りに積まれた数十冊の本を眺めながら、シャーロットの中の人の僕は思わずガッツポーズした。

 これまでシャーロットはまともに文字を読めなかったのに、わずか一週間で幼児用絵本十冊、エルフ女王の物語五冊、初級女神経典二巻を読破する。


『シャロちゃんは僕の漫画・ラノベ・SF・ミステリー・歴史小説読書で培った速読テクで、本を読んでいる。記憶力の良いシャロちゃんなら、妹シルビアに魔力は及ばなくても知識で勝てるかもしれない』

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