表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/101

ダニエル王子とグリフォン

 アザレアは小さな悲鳴をあげてダニエル王子に駆け寄る。


「こ、こんな、今すぐダニエルの指を、元に戻して」

「アザレア、俺の指はグリフォンの胃袋の中、元には戻せない。それにグリフォンを生き返らせるためなら、俺の指なんて安いものだ」


 ゲームの中のアザレアは、彼女の死を哀れんだ豊穣の女神から亡者の姫として蘇生・身体欠損再生術を授かる。

 しかし今のアザレアは生きていて、亡者の姫ではない。

 冒険者ギルドで、片眼や義足の戦士を見かけた。

 この異世界は、失った腕を生やすような魔法は存在しないのだろう。


「ごめんなさいダニエル。私が、グリフォンを助けてなんて言ったから」

「アザレアのせいじゃない、俺は自分の意思でグリフォンを助けた。シャーロット嬢に怒鳴られたせいでもない」


 最後はジョークのつもりなのか、ダニエル王子はシャーロットの方を振り返って笑う。

 さっきみた曖昧な顔と同じなのに、まるで別人のような、日の出前の空みたいな深みのある赤紫の瞳。

 中の人の隣に立つエレナが、あっ、とおもわず叫んだ。


『どうした、エレナ』

「ダニエル殿下のオーラが一回り大きくなって、神殿にともる聖火のように眩く光っています」

『王子は指喰われてダメージ負っているのに、なんでオーラが増す?』

「ゲームオ様、あの時のアンドリュース様の威圧に似ています。もしかしてこれが、王気というモノでしょうか」


 エレナが額に汗を浮かべながら、声を絞り出すように告げる。

 つまりダニエル王子は、全身から北@の拳やドラ@ンボールみたいにオーラがドバドバ出ている状態。

 その時、白虎が低く唸り声を上げる。

 地面にグッタリと横たわっていたグリフォンの翼が僅かに動き、獅子の後ろ足が立ち上がる。

 とつぜん巨大な翼が羽ばたき、小柄なシャーロットは風圧で吹き飛ばされそうになる。


『やばい、グリフォンは上級薬草百本入りチンキを食べた。速攻で回復して元気になったグリフォンに襲われたら大変だ。ダニエル王子、王族命綱を使ってグリフォンを捕獲しろ!!』

「ゲームオ、命綱は一本しかない。せっかく助けたグリフォンだが、襲ってきたら戦うしかない」


 エレナはシャーロットを庇いながら双剣を構え、ダニエル王子もアザレアを後ろに下がらせながらバスターソードを構えようとした。

 カランッ。

 冷たく乾いた音が鳴り響き、ダニエル王子は両手・・で構えようとしたバスターソードを取り落とす。

 左指を半分失ったダニエル王子は、王剣バスターソードを握れない。


「……殿下、その左手では剣を持てません。私のレイピアをお使いください」


 唖然とした表情のダニエル王子に、エレナは片手剣のレイピアを差し出す。

 ダニエル王子に庇われていたアザレアも、意を決したように長弓に矢をつがえグリフォンを狙う。

 その時、唸り声を上げていた白虎がグリフォンの前に飛び出すと、牙を剥きだしにして大きく吠えた。

 四つ星上位魔獣・白虎の咆吼に、グリフォンの後ろ足がペタンと尻もちをつき、開きかけた翼をブルブル震わせる。

 

「グリフォンは全く戦意がない、白虎に脅されて怯えている」


 幼いグリフォンはダニエル王子の方を向くと、まるで親鳥に助けを呼ぶようにピイピイと甲高い鳴き声をあげながら庇護を求める。


「アザレア、白虎を抑えてくれ。そうかグリフォンは俺が味方だと理解している」


 ダニエル王子が手を伸ばすと、グリフォンは頭を下げて怪我が癒えた顎を撫でられ気持ちよさそうにしている。

 

『凄い、いきなりグリフォンを手懐ティムけた』


 普通魔獣を捕えても、すぐには従えられない。

 従属の魔法が施された首輪と、調教の儀式が必要になる。

 アザレアに慣れた白虎も、ちゃんと従属の首輪を巻かれている。


「初代サジタリアス王は、グリフォン三十頭を使役した伝説があります。きっとダニエル殿下に流れる王族の血が、グリフォンを服従させたのでしょう」


 王家の歴史に詳しいジェームズは、確信めいた口調で呟く。 


「王族の血でグリフォンを得ることが出来た。しかし剣を握れなくなった俺は、敵とまともに戦えない」


 ジェームズの言葉に首を左右に振ると、ダニエル王子は諦めた表情で自分の左手を見つめる。


『え、なんで? 僕の知る未来のダニエル王子(魔王ダール)は、今の二倍以上身体の大きいムキマッチョで、右手一本でバスターソードを持ち、左手は背丈を超える巨大な盾を生やしていた』


 シャーロットの中の人は、明日の天気を占うかのようにあっさりと、ダニエル王子の未来を予言する。

 片手にバスターソード、片手に巨大盾が持てるように鍛えろと言われた王子は、指を失った絶望感が瞬く間に吹き飛ぶ。


「あははっ、そうか、俺は何も失っていない。アザレア、俺は戦い続けるぞ」


 おもわず声をあげて笑い出すダニエル王子に、アザレアは慈愛の微笑みを浮かべながら傷ついた左手をとると、両手で包み込む。 


「ダニエル、私は失った指の代わりに、生涯貴方を支えるわ」


 アザレアの言葉に、笑っていたダニエル王子がその場で固まる。

 えっ、これって、もしかして、もしかして。


『まさかーーっ、アザレア様からダニエル王子にプロポーズ!!』

「ダニエル殿下は優柔不断ですし、アザレア様の方が年上ですから、奥方がリードして旦那を尻に敷けばいいと思います」

「エレナ、もう夜遅いからシャーロット様を休ませよう。それではダニエル殿下、我々は失礼します」

「ふぉふぉふぉ、シャーロットお嬢様はワシの腕枕でお休みください」


 大人の邪魔をしてはいけません。とシャーロットの中の人はムアじいさんのテントに連れて行かれ、外の会話を盗み聞きしようとしてエレナに両耳を塞がれる。

 こうして深い森の探索は、アイスドラゴン討伐とグリフォン捕獲で終了した。



 *



 サジタリアス国はチェルター大陸の東に位置する。

 大陸を二分する北山脈から東に流れるアシュトン川の河口、水に恵まれた巨大な三角州に王都は築かれた。

 雪の降らない温暖な気候で、王都には一年中様々な花が咲き誇り、花の都と呼ばれる。

 夕刻のサジタリアス王都・北の大門を、白い車体に七色の花びらが装飾された美しい馬車が通り過ぎた。

 アザレア達トーラス辺境伯家は、訳あって王族主催のパーティ当日に王都入りした。


「王都の中でグリフォンの調教はできないから、ギリギリになってしまったわ」


 ダニエル王子が王弟・アンドリュース公爵に与えられた課題は、辺境から王都まで、自分の脚で来ること。

 深い森で助けた幼いグリフォンを騎獣にするには、ダニエル王子が自分で調教して王都まで来なければならない。

 辺境から王都近くまで一週間かけて、グリフォンをなだめすかし時には怒りながら王都の近くまでたどりついた。


「ダニエルがちゃんとグリフォンを使役出来るようになれば、北のトーラス領から王都まで二日もかからないわ」 


 アザレアはダニエル王子の瞳と同じ赤紫色の胡蝶魔蘭の髪飾りと、髪の色と同じ燃えるような深紅のドレスを身にまとっていた。

 

女神アザレア様ごめんなさい。私の老化・腐敗呪いのせいで、本物のお花の髪飾りが使えない」

「大丈夫よシャーロットちゃん。トパーズ夫人の土魔法で、本物そっくりの砂造花髪飾りを作ってもらったの。ちゃんとシャーロットちゃんの分もあるわ」


 トパーズ服飾店のルル・トパーズ夫人は、砂ゴーレムと同じ魔法で花を複製できる。

 馬車の外から聞こえる喧噪が気になって、シャーロットは車窓を開けると思わず声をあげた。


「わぁっ、夜空のお星様を全部落としたみたいに、街中がキラキラ光っている。それにお馬も沢山。みんなお城のパーティに参加するの?」

「そうね、王都は馬車も多いから。えっ、こんなに沢山の馬車、今まで見たことないわ」


 北の大門から王都の中心にそびえ立つサジタリアス城まで、馬車が五台は余裕で通れる黒い石畳の大通りが続いている。

 その大通り左右に馬車がびっしりと埋まり、大渋滞を起こしている。

 しかも馬車の進行方向は南、全ての馬車は王宮を目指していた。


「今回行われる王族主催のパーティに参加できるのは伯爵以上。でも幌馬車や魔山羊の引く荷馬車までお城に向かっている。これは一体どういうことかしら」


 アザレアが不思議そうに首をかしげていると、エレナが様子をうかがってきますと素早く馬車の外に出る。

 いくら大渋滞でも、五大貴族・辺境伯家の馬車には道を譲らなくてはならない。

 一時停止していた馬車がのろのろと進み出した頃、エレナが外から戻ってきた。

 何故かエレナは、とても深刻な表情をしている。


「アザレア様シャーロット様、大変です。荷馬車の平民に話を聞いたところ、王宮パーティで第三王子フレッドが豊穣の聖女シルビアを連れてくるそうです。それで聖女の力で万人を癒やすと噂が流れ、王都中その周辺からも人々が詰めかけています」


 耳をすまして外の喧噪を聞くと、人々はシルビア様シルビア様と唱えていた。 

 

※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。

*ブックマークと下の星ボタンで応援していただけると、作者とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ