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シャーロットとトーストサンド

『今の僕にはこれが精一杯。シャロちゃん、美味しく食べてね』





 誰かが私の名前を呼んでいる。

 真綿に包まれたような柔らかくて優しい気持ちが心を満たす。

 そして日の出とともに、シャーロットの意識は覚醒した。

 柔らかな日差しと暖炉の火に暖められた空気、芳ばしく焼けたパンと甘い果物の香りが鼻こうをくすぐる。

 驚いて目を開くと、シャーロットは両手に分厚いトーストサンドイッチを持ったまま椅子に腰掛けていた。


「寝る前にとてもお腹が空いていたから、私は夢を見ているの?」


 昨日の夜はとても寒くて、震えながら布団の中で丸まって眠った。

 でも今部屋の中はとても明るくて暖かく、シャーロット自身もモコモコの靴下をはいて厚手の毛糸のガウンを羽織っている。

 まるで夢のようだけど、手元のパンはずっしりと重みがある。

 シャーロットは戸惑いながら、少しの間両手に持ったパンを見つめる。

 フォークやナイフが無いので、パンをどうやって食べたらいいのか分からない。

 食べ物を手づかみで食べるなんて、お前は野蛮な魔物だ。と、幼い頃母に叱咤された声が脳裏に蘇る。

 でもとても空腹で我慢できなくて、シャーロットは思いっきりトーストサンドにかじりついた。


「はむっ、もぐもぐ、ああっ美味しい」


 香ばしく焼けた白パンに挟まれたスパイシーな燻製肉、甘いハチミツと濃厚チーズのとろりとした食感が、シャーロットの口いっぱいに広がる。

 久しぶりに温かい食事だ。


「シャーロットが部屋で大人しく良い子にしたから、お母様が食事をくれたのね」


 サンドイッチの具がボロボロと落ちて服を汚しても気づかぬほど夢中で食べる。

 分厚いトーストサンドを一気に食べたシャーロットは、テーブルの上に置かれたコップに手を伸ばす。

 普段は冷たい水が入っているコップがとても熱いので、思わず手を引っ込める。

 シャーロットは驚いてコップをのぞき込むと、甘い香りのドリンクの中に白レモンのくし切りが浮かんでいた。

 不思議に思いながらシャーロットはホットドリンクを一口飲む。


「トロリと甘い私の大好きな紅はちみつと、少し酸っぱくて美味しい白レモンのジュース!!」


 これまで果物は一切れ、真冬でも冷たい氷水しか与えられなかったシャーロットは、ハニーレモンのホットドリンクを飲み干すと、白レモンを指でつまんで美味しそうに食べる。

 皿に乗った二個目の白パントーストサンドを、今度はためらいもせず手づかみで頬張った。

 でも普段から食事量の少ないシャーロットは、トーストサンドを半分食べたところでお腹いっぱいになる。

 このままでは灰色の髪のメイドに、美味しい料理を片付けられてしまう。

 シャーロットは残したトーストサンドをスカーフに包むと、ドレスの入ったクローゼットに押し込んだ。

 お腹いっぱいで大満足の朝食を終えたシャーロットは、何故かとても体が疲れて眠たくなった。

 まだ朝の早い時間で、メイドは昼前にしか来ない。

 もう一度寝ようとベッドの戻ったシャーロットは、驚きの声をあげる。


「わあっ、お布団の中がポカポカ暖かい」


 布団の足元にお湯の入った瓶が置かれて、ちょうど人肌ぐらいの暖かいベッドの中で、シャーロットはぐっすり眠ることが出来た。








 それから数時間後。

 朝食にワイン入りスープを飲んだ母親と妹が盛大に酔っ払い大騒ぎになる。

 特にゲームでお酒に弱い(酒乱)設定の妹シルビアは、何度もスープのお代わりをねだり、様子がおかしいと召使が気づいたころにはかなり泥酔していた。

 厨房を調べた執事は、コックが伯爵家所有の貴重な高級ワインを飲んでいたことが発覚する。


 さらに昼前、執事と灰色の髪のメイドがシャーロットの部屋へやって来た。

 夜中に食料調達して料理を作り、久々にお腹いっぱい食事をしたシャーロットは、食堂の大騒ぎに全く気付かないまま爆睡している。

 先に部屋へ入った執事は、中を見てくぐもったうめき声を上げる。

 暖炉は薪からこぼれ落ちた炭で真っ黒に汚れ、部屋の中央テーブルは食器を片付けないまま置かれ、周囲に食べ残しが散らばっている。

 扉が半分開いたクローゼットから異臭がして、執事が中を調べると残飯が押し込まれていた。

 シャーロットの《腐敗》の呪いは、食べ物を数時間で腐らせてしまうのだ。


「召使いのなり手がいないから我慢して使ってやったのに、お前はまともに掃除も出来ないのか!!」


 それを見た灰色の髪のメイドも驚いて大声を上げる。


「あたしはちゃんと部屋を片付けました。勝手に部屋を汚したのは、この呪われた娘だよ」

「子供部屋の鍵を持っているのは、奥様と俺とお前だけだ。シャーロットお嬢様は部屋から出ることは出来ない。それにお前は酔っ払いコックの恋人らしいな。ワイン貯蔵室に長い灰色の髪が落ちていた」


 メイドは乾いた悲鳴を上げると、痩せた執事の胸倉につかみかかる。


「こっちは寿命が縮むのを我慢して、難儀して働いているんだ。こんな薄気味悪い呪われた娘の面倒なんて、酒を飲まなきゃやってられないよ」

「この盗っ人め。シャーロットお嬢様を侮辱するな!!」


 カマキリのように細身の執事は、メイドの両腕を簡単に捻り上げると床にねじ伏せると、襟首を掴んで部屋の外に連れ出す。

 中の人のイタズラから、屋敷のワインを飲むだけでは飽き足らず、盗み売りさばいていたことが発覚した酔っ払いコックと灰色の髪のメイド。

 密かに捕らわれた二人は、高額なワイン代を弁償できず奴隷に身を落とした。

 実はこの二人、ゲームの中でもシャーロットの屋敷が焼かれたとき、火事場泥棒に励んでいた。

 

 そして中の人という規格外の存在が目覚めたシャーロットは、ここからゲームシナリオとは異なる運命を歩むことになる。

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