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中の人、真夜中に食料調達する

 暖炉の薪に火がともり、パチパチとはぜる音がする。

 僕はテーブルに置かれた銀の水差しを、暖炉の上に移動させた。

 暖炉の天台はBBQ鉄板のような黒光りする金属板で、ここで調理ができそうだ。

 しばらくして水差しの湯が沸いたので、コップにそそぎフウフウと息を吹きかけながら飲む。


『あったかい、やっとひと心地ついた』


 僕はお湯を陶器の瓶にうつし蓋をすると、厚手のショールでぐるぐる巻いた簡易湯たんぽを、布団のちょうど足がくる位置に置いた。

 ゲーム廃課金のせいで、真冬の暖房代を節約する羽目になった僕の生活の知恵だ。

 シャーロットの体も少し温まったけど、お湯を飲んだだけじゃ空腹は満たされない。


『これからシャロちゃんに美味しいご飯を食べさるために、食料調達だ』


 そもそもシャーロットが夜中に目を覚ましたのは、空腹に耐えられなかったから。

 僕はシャーロットの記憶を探ると、彼女は年に数回しか部屋から出されないけど、厨房までの道筋を覚えていた。

 早速部屋を出ようと扉に手をかけるが、何度押しても扉は開かない。

 ドアノブを確認すると、扉の両方から鍵がかけられていた。


『シャロちゃんの老化と腐敗の呪いが怖いからって、小さい女の子を部屋に閉じ込めて放置するなんて酷い連中だ!!』


 怒りに任せて扉を蹴っても、足が痛くなるだけで扉はびくともしない。

 しかしここは現代よりセキュリティのゆるい、中世ナーロッパに似た異世界。

 花文様が刻まれた豪華な金のドアノブの鍵穴を覗くと、ピッキングしやすい単純な形状だ。

 僕は鏡台の引き出しからヘアピンを二つ探し、鍵穴に突っ込んでガチャガチャ動かせば、数分で扉の鍵が開く。

 部屋を出ると、薄暗い廊下は埃っぽくて、窓から屋敷の正面玄関の明かりが見えた。

 寒々とした廊下を進み、突き当たりの階段を降りるとさらに長い廊下が続く。

 シャーロットの部屋は屋敷の最上階北端にあり、屋敷中心近くの厨房までかなり距離があった。

 一階に降りると古びた板張りの廊下から赤い絨毯が敷き詰められた廊下に変わり、分厚い木製の両開きの扉が見えた。

 廊下には焼けたパンと煮込まれた肉のおいしそうな香り、ハーブのような癖のあるアルコール匂が漂ってくる。

 僕は背伸びして厨房の扉から中を覗き見ると、白いコック帽にエプロンを着た腹の出た大男が、酒瓶を抱えたまま椅子に座って寝ていた。

 酔っ払いコックの側には酒のつまみの分厚い肉やチーズ、白パンが置かれている。


『シャロちゃんに不味い食事を出しておきながら、自分は厨房で酒盛りか。それならこのつまみは貰っていくぞ』


 僕はクローゼットから持ち出したスカーフに、食欲のそそるスパイスの香りが染み込んだベーコンの固まり、楕円形のどっしり重たい黄色いチーズと柔らかそうな白パン二個を包んだ。

 あらためて広い厨房を見渡すと、巨大な燻製肉が天井から吊るされている。

 ガラス扉の中には、ナッツが練り込まれたパンやバゲットに似た細長いパン、ふわふわ柔らかそうな白パンがぎっしり並べられていた。

 火の消えたカマドの上に置かれた土鍋を触るとまだ温かくて、中で大きなかたまり肉と数種類の野菜が煮込まれている。

 厨房中央の作業台にはビワや蜜柑に似た果物が山盛りなのに、シャーロットは果物を一切れしか与えられない。


『スープを運ぶのは無理だから、フルーツを食べさせよう』


 僕は甘くて柔らかそうな果物を二つ、スカーフの中に入れた。

 調理台の横に並べられたガラス瓶の中身を調べる。

 とろりとした赤い液体は蜂蜜みたいに甘く、白く濁った液体はオリーブオイルのような少し癖のある食用油。

 調理台の下に食器と調理器具が入っていて、シャーロットが持てそうな銀色のナイフをふきんで包む。

 大きないびきをかきながら眠る酔っ払いコックは、朝まで起きそうにない。

 一通り食料調達してそろそろ引き上げようとキッチンの中を見渡すと、奥の棚に並べられたワインを見つけた。

 小さな赤ワインの瓶をガウンのポケットに押し込んだ後、僕は少しイタズラ心を起こし、ワイン棚から値段の高そうな金色のラベルのワインを取り出す。


『酔っ払いコックにワインを飲まれるくらいなら、料理の隠し味に使おう』


 火打ち石に火をつけた要領で、ワインのコルクに息を吹きかけて燃やし蓋を開けると、明日のスープが仕込まれている土鍋に流し込んだ。

 帰り道は一階厨房から五階まで長い廊下と階段を上り続けなくてはならず、体力の無いシャーロットは何度も途中で座り込む。


『部屋までもう少し、シャロちゃん頑張れ。っうか子供を屋敷の最上階に軟禁するなよ』


 シャーロットの中の人の僕は、息を切らし壁にすがりながらやっと部屋にたどり着く。


『はぁはぁ、シャロちゃん体力無さすぎ。明日から日課に階段昇降を取り入れよう』


 暖炉に火を入れて暖かくなった部屋の床にへたりこんだけど、気力を振り絞って起き上がる。

 さて、これからシャーロットの夜食を作ろう。

 僕は金属のトレイを暖炉の上に乗せて熱く熱すると、横半分に切った白パンに油を塗ってトーストする。

 ベーコンの固まりを一口サイズにそぎ切りしてトレイに乗せると、じゅわじゅわと肉の脂が焼けて香ばしいかおりが部屋中に漂う。

 白パントーストに焼けたベーコンをどっさり乗せると、分厚くスライスしたチーズをかぶせる。

 熱いベーコンの熱でチーズがとろりと溶けたら、赤みがかった甘いハチミツをたっぷり垂らす。


『シャロちゃん、これはベーコンのスパイシーな味をチーズと蜂蜜の甘味で子供でも食べやすくした、ハニー・ベーコン・チーズ・トーストだよ』


 続いてショールからレモンに似た白い果物を取り出して味見すると、爽やかな柑橘系の味がした。

 オレンジより少し酸っぱみのある白いレモンを、コップに半分絞り、半分はくし形に切って入れる。

 温かいお湯をそそぎハチミツを加えれば、ハニーレモンのホットドリンクが出来上がり。

 縁の欠けた平皿の上に白パントーストサンドを乗せ、甘くて酸っぱいドリンクをセッティング。


『今の僕にはこれが精一杯。シャロちゃん、美味しく食べてね』


 僕は空腹過ぎて震える両手を合わせて、いただきますの挨拶をする。

 小さな手でトーストサンドを持つと、大きく口を開く。

 半開きのカーテンからうっすらと朝日が射し込んだ瞬間、シャーロットの中の人の意識は途切れた。

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