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シャーロット誕生パーティ狂騒曲3

 大広間を仕切るガラスの扉の向こう側は、まるで秘密の花園のように花々が咲き乱れ、大量の酒瓶が天井近くに浮かんでいた。

 

「おおっ、栽培の難しい南方の植物が満開の花を咲かせている」

「貧相シャーロットは《老化》呪いで花を枯らすという噂は、嘘だったのか?」

「どうやら向こうで、珍しい余興が始まるみたいだ」


 パーティの招待客がぞろぞろとガラス扉の向こう側に移動し始めるのを、クレイグ家の使用人たちは止めることが出来ない。

 

「花もいいが、俺はあの旨い酒を味わいたい」


 少し下っ腹の出た貴族は、頭上を漂う色とりどりの酒瓶を眺めながら、ゴクリと喉を鳴らす。

 食前酒で少しだけ飲んだ酒は、フレッシュな果汁と濃厚なアルコールがするりと喉に落ちるカクテルで、美食を知る貴族にも新鮮な味だった。

 クリスタルのグラスを天井近くまで積み上げた、キラキラと輝く七つの高い塔のオブジェの前で、執事ジェームズが説明する。


「これはクレイグ家当主デニス伯爵の発案で、海の彼方の国で人気のある酒(異世界ストロン愚ゼロ)を、シャーロット様の誕生パーティのために特別な製法で造られました」


 説明の後、再びドラムロールが鳴り響き、ポンッポンッと頭上に浮かぶ酒瓶の栓が音をたてて抜ける。

 赤白赤紫渋緑、そして金色の酒が勢いよくシャンパンタワーに注がれる。

 

「上段のグラスから溢れた酒が下の段へ流れて満たされたお酒がキラキラ輝いて、なんて綺麗なの」


 絶妙なバランスで重ねられたグラスがこすれ合う音と、濃厚な酒の香りが周囲に漂う。

 酒瓶から途切れることなく滝のように注がれ続け、一番下の段のグラスが溢れそうになるが、テーブルが濡れることはない。

 これは酒造りを手伝った新入りコックの二つ星水魔法らしい。

   

「ご安心ください。グラスに固定魔法を施しているので、いくら揺さぶってもシャンパンタワーは崩れません。直接タワーからグラスをとり、特別な酒を好きなだけお飲みください」


 奇抜なアイデアの余興に、招待客から驚きの声があがる。    

 食事の時は酒をショットグラスで味見しただけで呑み足りなかった招待客は、待ちかねたようにシャンパンタワーのグラスを取り酒をあおる。

 それを合図にマーガレットのピアノ演奏が始まり、金髪を結い上げたシャーロットが現れる。

 シャーロットは、百年に一度の美少女聖女と呼ばれる妹シルビアによく似た顔立ち。

 ピアノの旋律に合わせて華麗なダンスを踊る姿は、咲き乱れる花にも負けないぐらい可憐で愛らしい。

 軽やかなステップを踏むと花びらが舞い上がり、片足立ちになったシャーロットがクルクル回り始る。

 酒に呑まれて陽気になった人々はシャーロットのフェッテに合わせて手拍子や、貴族らしからぬ指笛も聞こえてきた。

 今まで忌み嫌われていたシャーロットが、大勢の人々に喝采を浴びている。


「ねぇ、私の中の誰かさん。貴方が私をここに連れてきたのね」


 まだ完璧な黒鳥三十二回転は難しく、二度足を付いて三十二回まわると、すらりと伸びた長い腕を上げフィニッシュのポーズをとる。


「うぉおおぉっ、我が愛弟子は最高だぁ。皆、シャーロット・クレイグ伯爵令嬢に拍手を!!」


 マーガレットことマーク男爵は感動で滂沱の涙を流しながら、シャーロットを後ろから抱えあげる。

 十歳までは少女と間違われるほど可憐な美少年だったマーガレットは、過去の自分をシャーロットに重ねたのだ。

 マーガレットに抱えられたシャーロットに、周囲から祝福の言葉がかけられる。

 

「おめでとうございますシャーロット様。わっはっは、こんな愉快なパーティは久しぶりだ」

「今日は素晴らしい踊りを見せてもらいました。お誕生日おめでとうございます、シャーロット様」


 それからダンスパーティが再開して、シャーロットに刺激を受けた酔っ払いたちのダンスバトルがそこかしこで繰り広げられた。


 *


 控え室に戻ったシャーロットに、仲間達が声をかける。


「俺の豊穣の女神、シャーロットお嬢様。可憐で美しく、魂のこもった素晴らしいダンスでした」

「ばあやにもシャーロットお嬢様のダンスを見せてやりたかったなぁ」

「ううっ、とても素晴らしく、高貴なシャーロット様のお姿ですた。グスグスっ、私は貴女に仕えられることを、誇りに思いますっ」


 エレナは感動で泣き崩れて、手にしたハンカチを涙でぐしょぐしょに濡らしている。

 

「姉さんしっかりしてよ。まだ誕生パーティは終わっていないのに、そんな状態じゃシャーロット様のお世話が出来ない」


 泣きじゃくるエレナの隣に、エレナと同じ栗色の髪に光の無い黒い瞳、執事服を着た少年が立っていた。

 シャーロットは彼の声に聞き覚えがあった。


「そういえばエレナとダンスを踊っている時、貴方の声が聞こえたわ」

「初めましてシャーロット・クレイグ様。僕はエレナの弟、ラインといいます。今日は姉に頼まれて……」


 言葉を句切り、少年の変声期直後の掠れ声が、少し舌足らずでアルトの少女の声に変わる。


「……このパーティに裏方として参加しています」


 それはシャーロットをののしった神官を「無礼だ」と責めた少年の声だった。

 エレナはシャーロットの中の人からもらった銀スプーンを売った金で、弟の病に効く高価な薬を手に入れることができた。

 エレナの弟ラインの病が治り、すっかり元気になったと知った中の人は、彼も協力するように命じる。

 パーティ会場に潜入して情報収集、シャーロットの好感度をあげる印象操作を行うこと。

「僕はシャーロット様のおかげで、病気を治すことが出来ました。だから神官連中がシャーロット様の悪口を言うのを我慢できなかった」


 エレナは実家に帰省すると弟ラインにシャーロットの素晴らしさを語って聞かせたので、彼もすっかりシャーロット信者として洗脳済み。


「下級騎士の子が神官を否定するなんて、私の弟ながら随分と度胸があるわ」


 やっと泣き止んだエレナが改めて弟ラインを紹介すると、年の近い男子とほとんど会話をしたことのないシャーロットは、ぎこちない笑顔で挨拶する。


「僕が神官を罵倒したとき、隣にいたお貴族様が協力してくださいました。それでシャーロット様に引き合わせて欲しいと頼まれて……」


 ラインが後ろを振り返るまで、その場にいた全員、くすんだ赤毛の青年がいると気付かなかった。


「呪われたシャーロット嬢。兇手として《老化・腐敗》は使えると思ったが、平凡でつまらない呪いだ」


 物騒な物言いの青年にエレナは身構え、ジェームズはうろたえながら名前を呼んだ。


「こ、これはダニエル・サジタリアス殿下。なぜ第五王子の殿下が、わざわざ裏の控え室にいらしたのですか?」

 


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