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執事ジェームズとハチミツ酒

『シャロちゃんのお誕生日に出すなら、僕が酒の味見をしたほうがいいな』

「ゲームオは、ただ酒が飲みたいだけでしょ」


 エレナは呆れたような口ぶりで、僕の名前を呼び捨てにした。

 そうだよ、僕はコンビニで買ったストロン愚ゼロと酒の肴で一杯やりながら、ゲームするのが至福のひとときだった。 

 ハチミツ酒は薬用酒メーカーのヤツを一度飲んだことがある。


「誕生会まであと二週間、ハチミツ酒が出来上がるまで十日かかります。もし酒の味が不味ければ伯爵家の評判はがた落ちだと、ジェームズは必死で酒を仕込んでいます」

『執事のジェームズが自分で酒を仕込んでいるって、他所から酒を工面できないのか?」

「旦那様が身を粉にして働いて、やっと借金を完済したクレイグ伯爵家ですが、次は踏み倒されるかもしれないと金を貸すお人好しはいません。それとジェームズの家は酒造所です」


 ただハチミツ酒を作るだけじゃなく、来賓のお貴族様を満足させるクオリティが必要で、執事ジェームズは夜寝る間もなく酒造りの作業に追われているらしい。


『それにしてもエレナは執事を呼び捨てだし、個人情報もやたら詳しいな』

「ジェームズは女神の狂信者だけど、悪い人ではありません。彼は透き通った正直なオーラをしています」

『その話を聞いたら、余計にジェームズの仕込んだハチミツ酒が飲みたくなった』

「ハチミツを仕込んだのが三日前ですから、出来上がりまであと七日かかります」


 酒といえば、微生物が働いて酒が出来る《発酵》も、微生物が働いて腐れる《腐敗》も現象は同じだ。

 

『それならシャロちゃんの《腐敗》呪いで、酒が発酵熟成できるかもしれない』


 突然大声をあげた僕を、エレナが不審そうに見つめる。


「ゲームオがいくら酒が飲みたくても、まだ酒になっていません。それにシャーロット様が触れたら《腐敗》呪いでハチミツ酒が腐れてしまいます」

『エレナ、酒は微生物の働きでアルコール発酵して出来る。腐敗と発酵は同じ現象で、シャロちゃんの《腐敗》呪いは時間が八倍速だから、一日半で酒が出来上がる』


 こちらの異世界は微生物の知識がないから、僕がいちいち説明するより、実際作ってみた方が早いだろう。


「発酵って、酒を作っていると出てくる泡だったかしら。ゲームオがそれほど酒にこだわるなら、ひと瓶だけ持ってきます」


 エレナは呆れた口ぶりで話ながらも、ハチミツ酒を取りに部屋を出て行く。

 そして三十分後、時間は深夜二時頃だろう。

 気まずそうな顔で戻ってきたエレナの背後に、疲労でグールのように青白い顔色をした執事ジェームスが黒い壺を抱えて立っていた。

 

「シャーロット様、申し訳ありません。ジェームズは酒が盗まれるのを恐れて酒蔵で寝起きしているようで、忍び込んだところを見つかりました」

「我々がまともなお食事を提供できないので、シャーロットお嬢様が深夜に食料を調達していることは知っています。しかし飲酒はいけません」


 これは面倒なことになった。

 執事ジェームズは、昼間に豊穣の女神の話を大人しく聞くシャーロットしか知らない。


『ごめんなさいジェームズ、エレナを叱らないで。私、お誕生会のことを考えていたら楽しくて眠れなくて、ハチミツのお酒を飲めば寝れるかなぁって思ったの』


 僕はシャーロットになりきって、小首をかしげながら思いっきり甘い声でジェームズを説得する。


『三日目のハチミツはまだお酒にならないってエレナに聞いたの。ハチミツを少し舐めるぐらいなら良いでしょ』

「これはシャーロットお嬢様の誕生用に仕込んだ酒で、少しも無駄には出来ないのです」

『それじゃあスプーン一杯だけ。前のメイドはワインを盗んで沢山飲んだのに、シャーロットは飲んじゃダメなんて、ジェームズの意地悪ッ』


 ゲームの悪ノ令嬢シャーロットはとてもワガママで執着心が強く、欲しいものを手に入れるために手段は選ばなかった。


「申し訳ありません、いくらシャーロットお嬢様のお願いでも、これだけは聞けません」

『それじゃあ飲まないから、見るだけ。ハチミツのお酒は金色で、とても良い匂いがするって聞いたわ』

 

 目を潤ませてお願いするシャーロットに、ついほだされてしまったジェームズは、腕に抱えた壺を下に置くと木の蓋を取る。


「このハチミツ酒は、モスビィの巣から採れます。モスビィの働き蜂は小指の爪ほどの大きさですが女王蜂は子供の頭くらい、二メートルの巨大な蜂の巣を作ります」

『とても大きな蜂の巣から採れたハチミツなのね。おおっ、ぶくぶく泡が出て発酵途中の炭酸ガスが発生している』

「えっ、シャーロットお嬢様、いま何とおっしゃいました?」


 壺の中を覗いていたシャーロットの口調が変わり、思わず聞き返したジェームズからすばやく壺の蓋を奪い取り、酒の壺に蓋をするとその上に腰掛ける。

 

『はちみつのお酒を飲ませてくれなきゃ、シャーロットはここから動かない』

「そんな、あんまりですシャーロットお嬢様。俺は、シルビア様よりシャーロット様こそ真の聖女だと信じて、誕生会に間に合うように、寝る間も惜しんで、酒ぉ、つくっ……」


 シャーロットに抗議するジェームズのろれつが回らなくなり、半目でフラフラ身体を揺らし、次の瞬間床に崩れ落ちた。 


『ええっ、シャロちゃんが逆らったショックで、ジェームズが倒れた!!』

「大丈夫ですよシャーロ、いえ、ゲームオ様。ジェームズは過労と寝不足で失神したようです」

『仕方ない、明け方には目を覚ますだろう。それまでジェームズをシャロちゃんのベッドに寝かしてやろう』


 しかしどうやってジェームズをベットに運ぼうか考えていると、エレナが自分より長身で男のジェームズを、軽々横抱きにして持ち上げた。

 

「人ひとり運べなくては騎士は務まりませんからね。ジェームズはガリガリに痩せているので、とても運びやすい」

『ジェームズもシャロちゃんのために頑張っているのか。それにしても悪ノ令嬢シャーロットが聖女なんて思い込みが激しいな』 


 眉間にしわを寄せて苦悶の表情で眠る執事ジェームズの顔をのぞき込みながら、シャーロットの中の人の僕は思わず呟いた。


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