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家庭教師マーガレット,

 シャーロットの部屋は屋敷の最上階で、広い庭園や屋敷の中央玄関を見渡せる。

 僕が目覚める真夜中過ぎ、四頭立ての馬車が館に向かってくる。

 ネズミーランドのエレクトリカルパレードのような光る魔法石で派手に装飾された馬車は、屋敷の玄関先で停まると、フリルだらけの金魚みたいなドレスを着た肥えた女が降りてきた。


「ああ、伯爵夫人が夜会から帰られたのでしょう」

『夜会って、もう真夜中過ぎだぞ。妹のシルビアを放置して夜遊びするなんて』

「社交界への参加も貴族の仕事。シルビア様は乳母と三人のメイドがお世話をしているので、大丈夫です」


 久しぶりに母親の姿を見たシャーロットが動揺して、胸の奥がきゅっと締め付けられるように痛くて目元に涙がにじむ。

 僕も少し切なくなりながらシャーロットの母親を見ていると、同じ馬車から背の高い銀髪のチャラ男が降りてきて、やたら密着しながら彼女の腰に手を回す。


『やつは誰だ。シャーロットの父親は海外出張中のはず』

「あの方は奥様の従兄スコット様です。旦那様が留守の間、奥様のエスコートを引き受けています」


 メイドのエレナがやけに素っ気なく返事をする。

 旦那元気で留守がいい、妻は夜遊び三昧かぁ。

 従兄にしてはやたらと馴れ馴れしい様子に、僕の脳裏を煩悩がかすめる。


『うわっ、ダメだ忘れろ、僕とシャロちゃんは記憶を共有してるんだ!!』


 ゲームではテキスト数行でしか語られなかった、シャーロットの家族関係。

 母親のメアリー伯爵夫人、そして妹は六つ星で豊穣の聖女シルビア。

 ゲームで存在の無い父親はクレイグ伯爵家の入り婿で、仕事でほとんど家に帰らない。

 シャーロットの記憶にある父親は生真面目で誠実そうで、十三才のシャーロットをロリコン爺貴族と政略結婚させるような鬼畜には見えない。

 来月十才になるシャーロットに残された時間は三年。

 鏡に映るシャーロットは透き通るように白い肌、コバルトブルーの瞳は生気を取り戻してキラキラと輝き、柔らかく波打つ金色の髪はまるで天使のようだ。


『やっとシャロちゃんは、衣食住まともな状態になった。次は軟禁状態からの脱出だ』



 *



 シャーロットの家庭教師が、一月ぶりに姿を見せた。


「まぁシャーロット様。しばらくお姿を見ないうちに可愛らしくお綺麗になって」


 平坦な胸元に大きなレースのリボン、ノースリーブのブラウスからたくましい二の腕をのぞかせながら、家庭教師は野太い声でシャーロットに話しかける。

 裾が大きなフリルになったショッキングピンク色のパンタロン、ウエストを絞る煌びやかなガーターは、まるでプロレスのチャンピオンベルトに見える。

 突然現れた巨漢マッチョは、シャーロットに歌とダンスを教える家庭教師。


「お久しぶりです、マーガレット先生」


 シャーロットはにっこりと笑い、ドレスの端を摘まんで優雅に挨拶をした。

 ひと月前まで栄養不良でやせ細り、蚊の啼くような声しか出なかったシャーロットが、見違えるほど美しい少女に変身していた。

 家庭教師マーガレットことマーク・ルイス男爵は、奇妙な形をした砂時計を手に持ちながら、恐る恐るシャーロットに近づく。


「本当は三ヶ月お休みしたかったけど、一ヶ月後にシャーロット様の十才のお誕生会を開くと奥様に言われたの」

「えっ、お母様が私の誕生会を開いてくださるの?」

「伯爵家長女の誕生会だから、王族の方も招待して盛大にお祝いするそうよ。お誕生会でシャーロット様はダンスを披露するの」

「このお部屋から出て、お誕生会に参加できるなんて素敵」


 うれしさのあまり駆け寄るシャーロットを、マーガレットは悲鳴をあげて避けるとテーブルの反対に回り込んで距離を取る。


「シャーロット様、これ以上アタシに近づかないで!!」

「お前こそ、シャーロット様を露骨に避けるなんて、それでも教師なの」


 部屋の隅に控えていたメイドのエレナは、傷ついた表情のシャーロットに駆け寄ると、家庭教師を睨みつける。

 家庭教師が来ると知らされて念入りに磨き上げたシャーロットを、汚物のように扱われた。

 マーガレットは手元の砂時計をチェックしながら額の汗をぬぐう。


「あら、この召使い、平気でシャーロット様に触れるのね。アタシは呪いが届かないように魔法砂時計で距離を取りながら、シャーロット様のお相手をするの」

「マーガレット先生、魔法砂時計ってなんですか?」

「シャーロット様はそこから動かないで。生意気な召使い、アタシの砂時計を取りに来なさい」 


 マーガレットは手に持った銀色の鳥かごを模した砂時計を、テーブルの上に置いた。

 手のひらに収まるサイズの小さな鳥かごの中に、青と赤ふたつの砂時計が入っている。


「それをシャーロット様に持たせて、ふたつの砂時計を見比べてごらんなさい。赤い砂は次元の狭間ティティル渓谷で採取された魔法砂。シャーロット様の呪いに反応して、赤い魔法砂が早く落ちる」

「この魔法砂時計を使えば、私の《老化》呪いの範囲が分かるのね」


 砂の落ち方が早くなる赤い砂時計を見つめていると、シャーロットの背筋がもぞもぞと痒くなり、口が勝手に開く。


『これはゲームのダンジョンで、空間のゆがみを、探査できる魔法道具。これ欲しい、これをく、くれ、く……』


 シャーロットは驚いて自分の口を塞ぐ。

 シャーロットの中にいる誰かが、魔法砂時計をとても欲しがっている。


「シャーロット様、どうして魔法砂時計の正しい使用方法を知っているの?」


 マーガレットは不審げに首を傾げる。

 メイドのエレナはシャーロットの清らかな青いオーラに、毒々しい赤が混じるのが見えた。


「悪魔ゲームオ、今は出てこないで!!」


 エレナはシャーロットの額に悪魔封じのお札を貼ろうとしたが、子供とは思えない強い力で払いのける。

 シャーロットの方も驚いてマーガレットに砂時計を返そうとしたが、魔法砂時計を握りしめた右手は固く閉じたまま動かない。


 ―-この道具が必要、欲しい、欲しい、欲しい、なんとしても、手に入れろ。―-

 

 それはシャーロットの全く知らない、物欲という感情。

 ただ与えられたものを享受するだけだったシャーロットに、誰かが行動を起こせと命じる。

 シャーロットが顔を上げると、マーガレットは太い眉を吊り上げて怒った顔で、エレナは光の無い漆黒の瞳で見つめている。

 それでも、中の人は欲しい欲しいと叫んでいた。

 シャーロットは勇気を出して、マーガレットの目を見返すと声を出した。


「マーガレット先生、私にこの砂時計をください」

「何言っているの、これは王都の高級魔道具店でしか買えない、とても貴重なモノよ。いくらシャーロット様でも……ただでは渡せないわ」




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