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悪ノ令嬢シャーロット

 真っ赤な炎に包まれた白亜の館の前で、彼女は美しく結い上げたブロンドの髪を振り乱しながら絶叫する。


「誰かぁ、早く火を消してっ。私のお家が燃えてしまう!!」


 白亜の館の女主である公爵未亡人シャーロットは、その場で立ちすくむ。

 しかし彼女が大声で叫んでも、すでに家臣達は全員逃げ出し、一部はこの機に乗じて火事場泥棒に励んでいた。

 炎は赤い舌のように豪華絢爛な館を舐めつくし、二階からせり出した美しいバルコニーが音を立てて崩れ落ちる。

 熱風にあおられながら屋敷に近づくシャーロットは、炎の中に人影を見た。

 白銀の鎧を身にまとい背中に巨大な剣を背負った黒髪の青年が、白いドレスの娘を腕の中に抱きかかえながら現れる。


「どうして勇者様がここに。まさかその女を助けるために、私のお家に火を放ったの?」


 それまで泣き叫んでいたシャーロットの瞳に、禍々しい光が宿る。

 勇者と呼ばれた黒髪の青年は、抱きかかえた娘を優しい安堵の眼差しで、目の前の彼女を冷たい視線を返した。

 金色の髪と銀色の髪の違いはあるが、ふたりはよく似た顔立ちをしている。


「公爵未亡人シャーロット・アンドリュース。いいや、悪ノ令嬢シャーロット。お前は豊穣の聖女に選ばれた妹シルビアに嫉妬して、地下牢に閉じ込めた」


 未亡人といってもシャーロットはまだ十七歳。

 仕草はどこか幼く、傲慢で冷酷で自己陶酔の激しい性格をしている。


「シルビアが豊穣の聖女なんて認めない。それに妹は、私の大切なお家を奪おうとしたのよ」


 二人がにらみ合う間にも炎が周囲の木々へ燃え移り、美しい庭園も炎に包まれる。

 業火の中、熱さにあえぐシャーロットをあざ笑うかのように、選ばれし勇者の周囲には涼しげな風が吹く。

 シャーロットの真横の巨木が一瞬で燃え上がり、飛び散った火の粉が彼女の首に巻いたスカーフを燃やした。

悲鳴を上げてスカーフを剥ぎ取るシャーロットの首筋には禍々しい赤紫色の手形があらわれ、勇者はそれを見て少し眉をひそめる。

 

「悪ノ令嬢シャーロット、このまま焼け死にたいか。お前が忠誠を誓った魔王は助けに来ないぞ」

「魔王様が私を見捨てるなんて……そんな、嘘でしょ」

「誰からも愛されず、愛することを知らない哀れなシャーロット。しかし悔い改め俺の仲間になれば、俺はお前を救ってやろう」


================

悪ノ令嬢シャーロット

勇者の仲間になりますか?


→YES 

→NO

================






『僕の最推し美少女キャラ、悪ノ令嬢 シャーロットのお屋敷が焼かれている!!』


 思わず叫んだ僕は、怒りに任せて手元のスマホを床に叩きつけそうになった。

 崩壊へと向かう世界を救うため、勇者が仲間を集めて魔王と戦うスマホRPGゲーム【Brave SP SP God】。

 主人公は正義感溢れる黒髪の美青年。

 熱血で脳筋、そしてハーレム体質のエロ勇者。


『シャロちゃんの話がメインシナリオに追加されたと知って、大喜びで有給取ってプレイしたのに。しかも女好きエロ勇者が、僕のシャロちゃんに偉そうに愛を語るなんてありえない!!』


 僕はゲーム【Brave SP SP God】の初回ガチャで引いた、悪ノ令嬢シャーロットに一目ぼれした。

 呪い持ちのシャーロットは幼い頃から母親に忌み嫌われ、豊穣の聖女・妹シルビアは両親に溺愛されて育つ。

 シャーロットはわずか十三歳で年老いた貴族と政略結婚させられたが、三ヶ月後に旦那は死亡。

 膨大な遺産を相続したシャーロットは、人々の欲望と悪意に翻弄され闇に飲まれる。

 というダークな設定に僕はしびれ、彼女に夢中になった。

 魔力レベル二つ星の悪ノ令嬢シャーロットは《老化・腐敗》特性持ちで、パーティに加えると【老化・腐敗=時間進行が1.2倍速】効果付与された。

 1.2倍速は一時間の作業が五十分、六時間の作業が五時間に短縮されるので、レア素材集めなど周回パーティには欠かせない便利キャラ。

 僕は推しキャラシャーロットのために仕事を休んでレベル上げしたり、ステータス限界突破アイテムを手に入れるため、カード枠限界までガチャ課金する。

 しかし【Brave SP SP God】は勇者ハーレム設定のゲーム。

 勇者の仲間になる男キャラは「これからよろしく」の一言だが、女性キャラは突然場面が宿屋の寝室や王宮の天蓋付きベッドに変わり、服のはだけた姿で勇者に艶めかしく愛の言葉を紡ぎ始める。

 相手が見た目幼女でも旦那のいる主婦でも、一国の女王でも勇者ハーレム入りするので、別名17.5禁エロゲと呼ばれている。


『僕のシャロちゃんが、エロ勇者の仲間になるだと!!』


 一つ星二つ星の低ランクは俗にいうモブキャラで、勇者に名前を呼ばれない。

 二つ星のシャーロットと最高ランク六つ星・豊穣の聖女シルビアでは、勇者の態度は雲泥の差だ。

 しかし勇者の仲間を選ばなければ、討伐対象キャラになり以後ゲームでは使用不可。

 僕は五分ほどYES・NO迷い、試しに →NO を選ぶ。

 すると勇者の腕に抱かれた白いドレスの妹シルビアが目を覚まし、驚いた表情で姉シャーロットを見つめる。


「お姉様、いいえ、悪ノ令嬢シャーロット。もうこれ以上人々を苦しめないで。勇者様なら、汚れた貴女の魂を聖なる光で清めてくれる」

『黙れ、くそビッチシルビアぁ、お前だけには言われたくない。僕のシャロちゃんのどこが汚い!!』


 母親に溺愛されて育ち豊穣の聖女と認められたシルビアは、ゲーム序盤から勇者の恋人ポジション。

 今回のシナリオは、敵サイドだけど勇者に片思いするシャーロットに、シルビアが「悔い改め全財産を浄財として寄付しろ」と迫ったせいで、捕らわれて監禁されたところを勇者に助け出される。

 これじゃあ屋敷を焼かれたシャーロットの方が被害者だ。

 妹シルビアえこひいきで、シャーロットには一切救いのないゲームシナリオに僕はブチ切れた。


『レベルMAXプラス課金増し増しで、魔力四つ星まで育てた俺のシャロちゃんがエロ勇者の餌食になるなんて、ふ、ふざけるなぁ!!』


 怒りで声を張り上げた僕は、突然目の前が真っ赤になり、意識が途絶えて……。

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