Act.6「イケメンの行動力はすごい」
「はあ~」
「どうした祐也。今日、ため息百万回目だぞ」
「そんなしてないし」
なんの変哲も無い体育の授業。俺は五十メートル走の順番待ちの時間のために地べたに座って、グラウンドとテニスコートを仕切るフェンスにもたれかかっていた。
横にはいつものイケメン霧島陸。
ちなみにこの体育の時間、男子は陸上競技女子の方はテニスをしているため後ろからは女子の声が普通に聞こえる。今日も陸はモテモテっぽい。
俺は彼の少し筋肉質な肩に頭を預けてぼーっと、昨日の事を考えた。
『無理して話そうとしなくてもいいわ』
『他人に左右されてばかりで自分が無い風見鶏』
『女みたいで気持ち悪い』
あの、人を攻撃することのみを目的とした棘だらけの残酷な言葉が昨日の夜からずっと頭の中を反芻していた。完全にメンタルがやられて全然ポジティブになれない。あれで美人なんだからほんとずるいよなー。
「なぁ陸、お前の妹さー、気強いじゃん? なんかヒドイこと言われたりしたら傷つかんの?」
そういやこいつが落ち込んでいるところ今まで一度も見たことないなーと思って聞いてみた。
「んー、そうだな。俺の場合はそういう考え方もあるのかと受け止めた上で、お返しに妹に対しても不満をぶつけるかな。そりゃもうボッコボコに。でも、全力でぶつかり合うとまた相手のことを理解できる気がして不思議と気分は悪くないよ」
「なるほど」
「誰かと喧嘩でもしたのか? お前兄弟とかいなかったろ」
「いやーべつにー」
「だよな。お前、ケンカとかそういうキャラじゃないし」
元気が出なさ過ぎてまともに会話する思考力すらなかったから思わず適当に返事をしてしまった。はっとなって身体を起こし、陸の方を見ると女子のいるテニスコートを覗き見していた。なんつーか特に気にしてないというか、俺の話なんかどうでもよさそうだ。こういう性格だと人と喧嘩しても大したストレスにならないんだろうなあ。
……ぶつかる、か。
覚えている限り、俺には反抗期がなかった。
例えば、昔機嫌の悪い父親に理不尽に怒られてしまっても、その落雷のような勢いに気圧されて、もしかしたら自分の方が間違えてるんじゃないかって錯覚し、自信も失せ、視界がぼやけてきて何か言い返すために口を開くことすらできなくなる。
友達の間ではちょっとしたツッコミを挟むことはちょくちょくあるけど、それは気まずくならないように会話に自然な立体感を生み出す手段でしかない。ほんとはできればやりたくない。
そんなネガティブの化身みたいな俺に、もし陸みたいな卓越した能力や魅力があったのなら、自信満々でどんなことをしても、自分の存在を人に望まれるようになったのだろうか。
「「「キャー、ステキー!!!」」」
ぼんやりと物思いに耽っていると突然、背後から黄色い歓声が聞こえてきた。
「おい祐也見ろよ。すげえぞ」
後ろのテニスコートを見ていた陸も珍しく感嘆していた。その視線の先を追うと、そこには異様な光景が映っていた。
一人の少女が空中で美しく舞っている。白くて細い身体を弓のようにしならせ、右手に持ったラケットで宙に浮いたテニスボールを的確に捉える。
着地の瞬間にふわっと広がるつやつやとした艶美な黒髪が陽光を反射させ所々銀色に輝く。その姿はまるで、翼を広げて水面を舞う白鳥のようだった。
フェンス越しに見えるその佇まいは高貴で眩く、まるでこの世のものとは思えないほど美しかった。
「生徒会長って、勉強だけじゃなくてスポーツもできるんだなー。完璧じゃん。やっぱりちょっと狙ってみるか」
「マジで言ってんの? 俺らみたいなチャラチャラした奴らとはどう考えても別世界の人間じゃん」
「いけるいける。俺は顔がよくて成績も学年二位。運動だってあれくらいできる。むしろ、俺ほどあの子に釣り合うやつはいないって。ちょっと行ってくるわ」
「あ、ちょっと!」
陸は言い残すと、取り巻きが何人かいるにも関わらず一目散に生徒会長古川一希の方へ向かって行った。
彼女に気に入られようとする取り巻き女子たちは皆、髪を真っ黒にして校則をきっちり守ってくる。
そんな、まっくろくろすけの大群みたいなところに突撃していく、明るい茶髪の男の存在はどう考えても違和感でしかなかった。
にしてもすげー自信だな。もはや鉄面皮ナルシストってレベルの話じゃない。陸ならイギリスの王族でさえ難なく口説いてしまいそうだ。
「次はB組だ。藍沢、赤松!」
五十メートル走の自分の順番が来てしまった。陸のナンパがどうなるのかちょっと気になったが、とりあえず戻ることにした。
まあ、多分木っ端微塵に玉砕して帰ってくると思う。
昼休みの屋上。愛梨と梨央奈は委員会があるためこの場にいるのは陸、葵、俺の三人だけだ。ちなみに陽キャなんで屋上のカギは壊しました。
母が朝早くに仕事に出てしまったおかげでお弁当がないので、裏門を出てすぐのところにあるコンビニでメロンパンを買ってきた。で、その袋をびりびり破いていると、陸が急に衝撃的なことを口にした。
「ふっはっはー! なんと生徒会長とデートの約束を取り付けてきました!」
「「は!? マジ!?」」
俺と葵の驚きの声が見事にシンクロした。ただ、俺と彼女の間ではその意味合いが全く違うと思う。
マジかこいつ。てっきりコテンパンにやられてるものと思って、励ましの言葉を何パターンか用意してたのに。
「ちょ、ちょっと陸。せ、生徒会長とって、えっ」
葵は目の前で起きている現実を受け入れられないみたいに顔面を蒼白にしていた。ピンク色のチークが不自然に際立っている。
「よく落とせたな。あんな真面目が服着て歩いてるみたいなやつ、陸みたいなチャラいのは問答無用でお断りだと思ってたわ」
「いやー、最初は結構辛辣だったぜ? 『その汚い髪を全て切り落としてから出直してきなさい』とか『チャラ男菌に感染するから近寄らないで』とかいろいろ言われたけど、休み時間ごとに俺の熱い想いを真っ直ぐ伝え続けたら『わかったから早く自分の教室に帰りなさい』ってさ!」
「それ面倒くさがられてるだけじゃね?」
「いいんだよ。こういうのはいかにしてこっちのペースに乗せるかどうかだ。この勝負、もらったも同然だね」
こいつのメンタルやばすぎるだろ。もし無人島に一つだけ持って行くならって質問されたら俺は霧島陸を持っていこうと思う。こいつがいれば死にそうな目にあってもなんやかんや生き残れそう。
「あ、時間だ。俺、ちょっとデートの打ち合わせするからこれで! じゃあなー」
陸はそう言って、残った食べ物を口に詰め込むと、超ハイテンションで行ってしまった。
屋上には俺と葵の二人だけが残された。
彼女の方をみると、陸が消えて行った扉の方を茫然と眺めていた。こいつの「人生オワタ」みたいな顔は、陸が彼女を作るたびに何回も見てきた。
「なあ、前々から気になってたんだけど、なんで陸にアタックしないの? もっと積極的なタイプだと思ってたけど」
「はあ? あんたバカ? もしあたしが陸に告ったとして、失敗したらどうなるかわかってんの? もっと脳みそ使えば?」
素朴な疑問を言っただけなのに、彼女は心底さげすんだ様子でそういった。
なんで俺の周りの女子はこうも俺をバカにするやつばっかなんだ。それ以上言うと僕、死んじゃうよ? メンタル弱いんでもっと優しく扱ってください。
「あー、気まずくなって今までみたいに一緒にいれなくなるもんな。会長とうまくいけばなおさら」
「うぅ……」
うわわわわ、女子が泣くところ初めて見た。どうしよ。
「あぁごめんって。頼むから泣くな。相手はあの生徒会長だし大丈夫だろ。俺なんか羽交い締めにされた上に人格否定までされたんだぜ? きっと陸だってすぐに嫌になって戻ってくるって」
自分で言っててとても悲しい気持ちになった。プライドとかないのかと己に問いたい。
「それはあんたがクソザコなだけでしょ」
「ぐっ。ごもっともです」
ハンカチで鼻水まで拭いてやってんのになんなんだその言い草は。人を攻撃しないと死んでしまう病にでも発症しているのか?
まあ、事実だから何も言えないんですけど。
「まあ、いいわ。あんたの言うことが間違ってるなんて今まであんまりなかったし? 生徒会長も性格キツそうだし? 今回は引き下がってやるわよ。次こそは頑張るし!」
葵は急に立ち上がると、胸の前で右手の拳をぎゅっと握って新たな決意を固めた。口は悪いし二つめとか完全にブーメランぶっささってたけど、彼女のこういう素直で前向きなところはいいなと思う。根っから悪いやつじゃないから友達も多いし、俺らのグループもそれなりに平和なのだ。
にしても、ここまで人のことを一途に想えるって何か羨ましい。俺が知っている限り葵は入学後一ヶ月くらいで陸に好意を持っていた。そのまま夏を超えて四ヶ月。
女の子と話していても芸能人の食レポ並みに無難なことしか話さず、相手のことなんて何とも思っていない俺からすれば、青春真っ只中の彼女はどこまでも眩しく見える。
「協力してよね」
抜けるような青空をバックに貫くような視線で俺を見下ろしてくる。
「は、はい」
協力って何すればいいんだろう。平和な方法にしてほしいな。お願いします。
結局、昼休みの残りの時間は全部、陸の分析に費やすことになった。俺目線から見た陸の特徴、女性の好み、さらには休日の予定まで余すことなく言わされた。
彼女は普段からペラペラしゃべる方なので予鈴が鳴るまで会話が止まることはなく、気まずい空気にならなかったのでそこはよかった。
何百回と聞いたチャイムに押されるように屋上を後にする。
青空に描かれた飛行機雲は、ところどころ途切れていた。
体育の授業で秋に陸上競技をする学校ってあるんかな? 適当なので気にしないでください。というか、暑い中走るよりは絶対いいと思うから全国の高校は私のアイデアを参考にしてください。