Act.4「ホームルーム、本当にホーム?」
「あははははははははははははははははははははは! 祐也っ、何その格好! はははははは!」
今の俺の惨状を見て葵は大爆笑していた。笑いすぎて脚を思いきり開くからヒョウ柄のパンツが丸見えだ。
彼女が馬鹿にする俺の姿を説明すると、黒髪でアクセサリーも全部外され、制服は第一ボタンまで閉じていてパンツの丈はつるつるてん。
まさしく量産型没個性真面目系男子高校生って感じだ。帰りてえええ。
「うぅ、生徒会長に辱しめを受けました……」
この格好は結構まずい。俺は自分ではあまりイケメンな方ではないと思っている。今までは髪色とかアクセとか服の雰囲気で上手くごまかしてなんとかなってたところがある。
だから、それが無いとただの芋くさい陰キャ野郎になってしまうのだ。内面がただでさえ陰キャ寄りなのに見た目も陰キャになるのは流石にまずい。このままでは俺のキラキラの高校生活がオワオワリになってしまう。
「お前今日から生活指導週間だって忘れてたのか? 去年もこの時期だったろ」
悲しみに打ちひしがれていると、陸は俺の見事に真っ黒に染まった髪をまじまじと見つめながら呆れ顔でそう言った。
「遊び疲れて寝たら忘れた……」
昨日のカラオケで俺は思いっきり歌ってストレス発散するつもりでいた。が、しかしそうはいかなかった。誰かが盛り上がる系の曲を入れると、その流れで俺も明るい曲を歌わないといけないのかなーとか、梨央奈が誰も知らないようなマイナーな曲を入れて皆が携帯触りだしたから俺だけ頑張ってタンバリン鳴らしてあげたりとか、気つかいまくったからマジで好きな曲でストレス発散どころじゃなかった。
んで、めっちゃ疲れて帰って風呂入ってちょーっとベッドに倒れこんだらそのまま寝落ちするっていう悲劇。おかげで英語の宿題やってない。
「はは、お前すげえ張り切ってたもんな! 昨日一番テンション高かったし」
陸が冗談めかして俺をいじると、周りのクラスメイトたちも一緒にどっと笑った。笑われるのはあんまり好きじゃないけど「寝たらすぐ忘れる」というポンコツキャラを演出することで親しみやすい印象を抱かせることができると考え、我慢することにした。
ポンコツキャラなのに成績は学年七位っていうギャップ萌えで女子とワンチャンないっすかね。
「にしても、生徒会長ってそんなにすげえのか? 祐也、仮にも男なんだからふりきれたんじゃねえの?」
「や、あいつ、男みたいに腕力強いよ。この格好、全部あいつが無理やりやったからな。俺が自分でやったところなんて一つもない」
「マジか。面白い子だな」
陸の目が不気味に光った。え、まさかこいつ生徒会長狙う気なの?
霧島陸という男は変わった女の人を彼女にする傾向がある。どこの国出身かわからんくらい見慣れない人種の外国人連れてたときは流石にドン引いた。
「え、じゃあアレでしょ、ケータイも取られたんでしょ? それマジやばいじゃん。あたしケータイない日とか耐えられないんですけど」
スマホ中毒ギャルの葵が他人事みたいにそう言いながら脳死でスマホをペタペタしていた。生徒会長と比べて最高にバカっぽい。
やばい、俺今ちょっと落ち込んでるからさらに性格が悪くなってる。さすがに声には出してないけど。
と、ここで少し疑問が生じた。
「え、お前らケータイとか髪の色とかなんでそのままなん?」
葵はいつも通り限りなくオレンジに近い茶髪だしピアスもネックレスもいつも通り、ケータイも取り上げられていない。他の三人もいつも通りの格好だった。
「うちら、あっちから来たし」
葵の前の席に座っていた梨央奈が窓の方を親指で差した。
「あ! 裏門セコい!」
この学校には正門と、駐車場が近いため主に客人が通る東門、あとは学校の裏側から登校してくる生徒がわざわざ正門まで回り込まなくてもいいように裏門が設けられている。俺が通って、生徒会長による辱しめを受けたのは正門だった。つーかザル過ぎるな生活指導習慣。
「もう戻す!」
このままじゃこのキラキラグループでは浮きまくって都合が悪いので、とりあえずシャツの第二ボタンまで開けて、パンツもいい感じにずらした。一応、説明するけど「パンツ」ってのは下着じゃなくてズボンのことな。発音も覚えときなよ(上から目線)(覚えたての陽キャ用語でマウントを取りにいく男)(コーナーで差をつけろ)。
「え、戻すの? 私はさっきのままでも良いと思ったよ。誠実そうで」
俺が必死にリア充モードに外見を取り繕っていると、愛梨が勿体ないとでも言いたげに中途半端に手を伸ばしていた。
すると葵が、
「やー、さっきのは無いっしょ。芋すぎて鬼ウケるんですけど(笑)。あー写メ撮っとけば良かったなー」
こいつめちゃくちゃ失礼だな。確かに自分でもそう思うけど、さすがに人に言われるとちょっとだけムッとする。
ふと、愛梨を見ると今の俺の心の声そのまんま、みたいな表情になっていた。やば。
「ちょっと! 葵ちゃ――んむっ」
「いやー、ほんと危なかった。インスタにでも晒されたら俺不登校になっちゃいそうだわ。見た目陰キャで引きこもりとかマジ救い様ないよな」
声に出しかけたから、慌てて彼女の口を手で塞いでごまかした。
「何それマジウケる。めっちゃ晒したかったわ」
クラス中は笑いに包まれた。はあ……ただでさえ疲労困憊満身創痍なのに仕事を増やさないでくれよな。
周りに気づかれないくらいの小さいため息をついて、アフターケアのために愛梨の方を振り返ると、顔をりんごみたいに真っ赤にして視線を床に落としていた。人差し指で軽く唇を抑えて、くりっとした瞳は湿っぽくなっている。
「愛梨、どしたん?」
「へっ? あっ、なんでもないよ? へへへ」
「さっきはありがと。ちょっと怒ってくれて。葵も特に考えなしに言ってた感じだから許してあげて」
ここ数ヶ月でさらに磨きを掛けた全力の愛想笑いと優しい声色でフォローをしておく。「ありがとう」という言葉はとても便利だ。言われると嬉しいし、つまり相手も喜んでくれるのでので頻繁に使うことにしている。本来の意味である「有り難し(滅多にない)」とは正反対な使い方だが、現代でそんなこと気にしてるやつはいないので気にしない。
「ううん。祐也くんがそういうなら。いいよ」
と、愛梨はにっこりと満面の笑みで答えてくれた。俺なんかとは違う、本物の、純粋な笑顔だった。とても眩しい。
俺が心の中でごめんと謝っていると予鈴がなった。同時に「席つけ席つけー」と呪文のように唱えながら担任が入ってくる。
そして俺と目が合うと一言、
「おい藍沢、お前、放課後反省文原稿用紙二枚な。没収した物はそのあと返す」
「マジっすか」
「マジだ。逃げんなよー」
よくある「なんで俺だけなの」的な言い訳は「他所は他所。自分は自分」という決まり文句で一蹴されるのが関の山だし、なにより仲間を売る裏切者みたいになるのも嫌だったので、降参って感じを装って両手を上げ「そんなことしませんよ~。これでも反省してるんですよぉ」とバカっぽい口調でいっておく。
すると、担任の黒木はゴリラみたいにガハガハ大笑いした。はっ、ちょっろw
にしてもまだ朝だってのにどっと疲れた。一限の数学寝るかーとか思っていると、開け放たれた窓から心地よい風が吹き抜けてくるのに気付いた。
教室中が金木犀の香りで満たされていく。
好き嫌い別れるけど、俺はこの身体に悪そうな甘ったるい匂いが結構好きだ。頭使った後の甘いものとか至高だよね!
「あたしキンモクセイの匂いキライなんだけど。窓閉めて」
能無し女王高梨葵は相変わらずワガママだった。ほんと脊髄反射でしゃべるのやめろよな。俺がいろいろ考えてんのがバカみたいじゃん。
「りょーかい」
俺は奴隷のように彼女に従って自分らの席の近くの窓を閉め、クラスの生徒の中で一番最後に自分の席に着いた。