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Act.3「運命の出会い、ステキなものとは限らない」

「んー、どっちにしよっかな」


 おはよう、みんな。時間は飛んで朝だぜ。

 俺は今、自分の部屋の姿見(すがたみ)の前で人類の存亡にかかわる重大な決断をしようとしている。


「ゆうやー、何してんのー?」


 俺が長いこと引きこもっているため、しびれを切らした母親が部屋に入ってきた。


「お母さん、カーディガンの色どっちがいいと思う? ベージュかワインレッド」


 重大な決断とはこれのことだ。

 夏が終わるとうちの高校は衣替えのシーズンに入る。おしゃれはリア充高校生にとって基礎中の基礎なのだ。身だしなみを整えて清潔感を放ち、近づきやすい印象を与える。それに女の子だってダサい男の側には居たくないに決まってる。付き合ったことないから女心とか知らんけど。


「その二つだったらベージュがいいと思うわ。まだ秋も始まったばかりだから、少し爽やかさを残した方がいいと思う。ワインレッドは重い色だからもっと秋が深まってからでいいんじゃない?」

「なるほど。じゃあそうするー」


 俺の母親の職業はファッションデザイナーだ。俺が高校生になっておしゃれデビューするときにめっちゃ手伝ってくれた。おまけに若くて美人。

 いやこれは別にマザコンとかそういうのじゃなくて、小学校の時の授業参観で他の子たちの母親と比べた時の相対評価に基づいた極めて客観的な見地であって別にマザコンとかそういうのじゃn


「ほら、早く朝ごはん食べちゃって。遅刻するわよ」

「わかってるー」


 母にせっつかれ、俺は急いでベージュのカーディガンを羽織った。少し大きめのサイズを買ったから手元が少し隠れる。いわゆる「萌え袖」というやつだ。

 なんかネットで女子ウケするって書いてたしワンチャンあるべ!


 リビングに向かうと味噌汁のイイ匂いに包まれた。

 今日の朝食は卵焼き、ウインナー、ご飯、みそ汁。それと、うちでは常に冷蔵庫にストックされてるきんぴらごぼうだ。和食大好き。朝にパンとか喉通んないし。


 リモコンをぽちぽちして毎朝占いをやってるニュース番組に変えながら席に着く。


「お、俺の星座一位じゃん! なになに……運命の出会いがあるかも? すげえ、ついに俺にも彼女が――」

「バカ言うのは家に一回でも女の子連れてきてからにしてよ」

「う、うっさいし!」


 わあっと目を輝かせていると即座に現実を突きつけられた。希望に満ち溢れた清々しい朝に泥水をかけられた気分だ。大人は現実を知りすぎだと思う。やだなー、いつまでも子供でいたいなあ。


「そうだ。今日遅くなるから、晩ご飯は外で適当に済ませて帰ってね」


 うちは両親共働きで、母は基本定時に退勤して夕方には帰ってくるのだが、時折遅くなることもある。

 そういうときは大抵、誰か知り合いを道連れにして外食で済ませるか、別に腹減ってなかったら食べないとか、まあなんやかんやしてる。


「ん、わかった。お父さんはいつ帰ってくんの?」

「確か昨日、今週の日曜日には帰るって電話で言ってたわね。今東京にいるんだって」

「そっか。忙しそうだね」


 父はここ何年か常に忙しそうにしている。

 なんかウィキペディアには投資家だか実業家だか書いてあるけど、具体的に何やってるかは知らない。

 最後に父を見たのは確か先週のテレビだ。なんか投資云々とかアジア企業の勢いがーみたいなことをジャーナリストと語り合ってた気がする。


 だから、昔から基本的にうちにいるのは母と一人っ子の俺の二人だけだった。


「ごちそうさまー」


 朝ごはんを食べ終えて、俺は洗面所に向かった。

 俺のモーニングルーティンの一つであるヘアセットに取り掛かる。

 先週、美容院でパーマをかけてもらったからドライヤーで乾かして、スタイリング剤でくしゃくしゃっとやるだけでもある程度はまとまってくれる。


 髪はリア充の命だ。


 俺みたいな普通のやつでも髪型次第で雰囲気イケメン程度にまでは昇格できるのだから。

 それなりに形になってきたらヘアスプレーで崩れないように固める。


 高校デビューしたての春はクソほど時間かかったけど、慣れてきたら妥協することも覚えられて十分もかからないうちに完成する。

 今日の出来栄えは八十点くらいかな。


 スクールバッグをリュックみたいに背負しょって、お気に入りのスニーカーをきちんと履いて「いってきまーす!」と言いっ放しにしながら外に出る。


 住宅街の静かな雰囲気を乱さないように、心地いい風が穏やかに吹いていた。金木犀の甘い香りが運ばれては通り過ぎていく。

 この国もイメチェンしてすっかり秋仕様だ。


 今日もいつもの戦場に俺は駆り出されるのである。よーし、ぼく頑張っちゃうぞ☆






「あなた、待ちなさい」

「え? 俺?」


 いつものようにスマホをペタペタいじりながら普通に校門を通り抜けると、背後から氷水でもぶっかけられたみたいに冷たい声を浴びせられた。


 振り返ると、そこに立っていたのは片手にクリップボードを持った女子生徒だった。 


 腰の長さまである流れるような黒髪。切れ長の目に鼻筋はすっと通っており、唇は驚くほど小さい。

 自分の周りには絶対にいないタイプの生真面目なクール系の美少女だった。

 制服のブラウスは第一ボタンまで止められ、スカート丈も膝の少し上くらい。学校規定の着こなしで飾り気は一切なかったが、他の生徒とは比倫を絶する優美な気配を纏っていた。

 その絵画のような光景に思わずうっとりしそうになった。

 が、この学校の生徒である以上、彼女が誰なのかすぐにわかったのでその前に身構えてしまった。


「げっ、生徒会長! 何でここに?」

「今日から生活指導週間よ。あなた、B組の問題児集団の一人ね。生徒手帳を出しなさい。名前を記録するから」


 そう言いながら、この学校の生徒会長・古川一希は真っ直ぐと俺の目を見据えながら、雪のように白くほっそりとした右手を差し出してきた。


 生活指導週間には素行や風紀の正すためにいつもより厳しく生徒に指導がはいる。その活動主体は生活指導担当教員や役員、そして生徒会だ。


 つーかやっば。完全に忘れてたわ。俺の今の格好マジでやばい。


「あ、明日から気をつけるから見逃してよ生徒会長さん」


 望みは薄いとわかってたが、一応両手を合わせて一生懸命命乞いをした。


「ダメよ。あなた、自分の酷い格好鏡で見た? 携帯、金髪、ピアス、第一ボタンの止め忘れ、学校指定外のネクタイ、カーディガン、キーホルダー、派手なスニーカー。全て校則違反よ。本当にこの学校の生徒か疑わしいくらいだわ」


 彼女は敵意のこもった鋭い目をして、ついでに後半ちょっとバカにしたような口調で俺のあらゆる部分を一つ一つ差してそう言った。

 人を殺しそうな目をしててめっちゃ怖い。


「そ、そんな怒んないでよ。平和にいこう、平和に。そもそも、人の悪い部分だけを見て判断するのは良くないと思う! 俺、前のテスト学年で上から七番目だぜ? 勉強頑張るからオシャレくらい許してよ」


 生徒会長様の怒りを抑えるために自分の生徒の模範になれる部分を精一杯アピールしてみた。

 口に出してみてわかったが、俺の自慢できる部分はぶっちゃけそこしかない。それに自慢できると言ってもせいぜい七番だし、自分という存在の薄っぺらさを痛感した。死にたみが深い。


「七位程度で図に乗らないで。あと、勉強と校則は別よ。論点をずらさないで」

「ぐぬぬ。一位様に言われると何も言えない……あ! もしかしてあれUFOじゃね?」


 こうなったら最終手段。生徒会長の注意を逸らしてズラかる作戦。

 最大限の演技力を持って、彼女の背後のUFOどころか雲一つない満天の青空を指差す。

 すると、彼女は俺の指差した方向へ振り返った。

 ふっ、単純なやつで助かったぜ。


「よし、今のうちに……ぐあっ」

「逃がすわけないでしょ」


 彼女が向こうを向いてる間に、回れ右してズラかろうと思ったが、俺が走り始めて二歩目くらいですかさず首根っこを掴まれた。

 猫の正しくない持ち上げ方みたいになっている。

 そして、そのまま俺は石塀に背中から叩きつけられた。


「いって! ちょっと! 乱暴はやめ……は?」


 あまりの仕打ちに抵抗しようとしたら、いつのまにか会長の顔が目の前にあった。

 身長差があまりないため、彼女の細かな息づかいを嫌でも感じる。


 つーか、近い近い近い!


 パニックで頭がうまく回らないが、今の状況を無理やり整理すると、俺は校門横の石塀に背中を合わせていて、彼女は左手のひらを石塀にピタッと貼り付け、右膝は俺の股下に入れ込んでいる。

 つまり、壁ドンの状態だ。

 周りの生徒がめっちゃ見てて、死ぬほど恥ずかしい。秋の涼しい朝なのにとてつもなくあつい。主に顔あたりが。


「そのまま、動かないで」


 言われなくても動けねえよ! 

 つーかこいつ何でこんな恥ずかしい体勢でそんな涼しい顔してられんの? 石像か何か?

 壁ドンはやられる方も照れるが、陸みたいな鉄面皮クソナルシスト精神を持っていない限り、やる方も恥ずかしいはずなのだ。

 もしかして、こいつも顔だけは綺麗だから陸と同じ人種か?


「副会長」


 そう言いながら会長は右手を横に伸ばした。

 すると、そこにはいつの間にか眼鏡をかけた長身の生真面目そうな男子生徒がいた。彼は生徒会長からクリップボードを受け取ると、代わりに黒染めスプレーを彼女に手渡す。嫌な予感しかしない。


「ちょっと! そのスプレー、クッソ落としにくいやつじゃん! この頭めっちゃ上手くいったのに! 人の心はないのかよ――わっ」


 いよいよ身の危険を感じたので無理やり抜け出そうと身をよじったら、生徒会長は自分の腕を俺の首に回して動けないようにしっかり固定してきた。

 彼女の体型は比較的スレンダーなのでそんなに大きいわけではないが、胸が俺の頬に当たって超恥ずかしい。それになんかめっちゃイイ匂いする。

 おっぱい柔らかいとかシャンプー何使ってんのとか、触角と嗅覚の大渋滞に気を取られて、発砲されるその銃口の存在に全く注意が向かなかった。


 もう、手遅れだった。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 なーんで生活指導週間の存在を忘れちゃうかなー。昨日寝オチした自分を百万回は叩き起こしてやりたい。

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