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Act.23「藍沢は授業中しゃべってばかりだ」

 昼休み。陸がC組のリア充グループとどこかに行ったのを確認してから俺はコンビニ袋を引っ掴んで席を立った。

 廊下に顔を出すとすぐに生徒会室に向かう一希を見つけた。

 周りに注意しながらバレないように後を追う。

 授業の合間の休み時間とか短すぎてまともに話せないし、この昼休みが事実上ラストチャンスだ。

 夕飯の時間がお通夜になってしまうことだけは絶対に避けたい。

 一階に下りて生徒会室のある棟につながる渡り廊下を通り、人気がなくなったところで俺は「一希」と小さく呼びかけた。

 彼女は首だけほんの一瞬振り返ったが、すぐに前を向いて早足になった。

 明らかに逃げられてて泣きそうなったけど頑張って着いていった。

 静かな鬼ごっこをしばらく続けてると生徒会室に着いた。

 一希はブレザーのポッケからカギを取り出して開錠しドアを引いた。が、なぜか部屋に入らずにこっちを向いた。


「……」

「……」


 目が合うこと五秒。……入れってことらしい。たぶん。


 生徒会室の中はぼんやり薄暗かった。窓から入り込むはずの太陽の光が大きな木に遮られてしまってるせいだ。

 俺は一希が入ってくる前に慌てて部屋の電気をつけた。

 一希は後ろ手で扉を閉めると「何か用かしら」と冷たく言い放った。

 まるで他人に接するみたいな、突き放すような言い方だった。


「あ、あの。これ、お昼」


 俺は二限後の休み時間に学校を抜け出して買ってきたおにぎりとかパンが入ったコンビニ袋を差し出した。

 

「ごめん、寝坊して。朝ごはんも準備できなくて」


 今までのどんなことよりも悪いことをした気分になって、声がどんどん尻すぼみになっていってるのがわかった。


 俺は、一希の前ではできるだけ完璧でありたかったのだ。

 ご飯も決して手を抜かずにできるだけ美味しいものを作ろうって思ってるし、部屋着ですら最近は気を使い始めた。

 一希の理想の男性像ってどんなんだろうって考えながら常に期待に応えたいと思って行動してきた。


 失望されたくない、その一心だった。


 でも、どんなに我慢しても、血が出るほど唇を噛んでも濁流のように涙は溢れてきた。

 そして副次的に寝坊し、すべきことを放棄して、今裁かれようとしている。

 仮にこれから彼女と関わらなくて済むのならなりふり構わず今すぐ逃げ出したいと、神様にもすがるような思いになりさえした。


「……もっと早く言うべきでしょ」


 一希は、俺が何を思うかなんてわかるはずもなく歯に衣着せずに言ってきた。肩にかかった髪を苛立たしげに払い、腕を組んで壁にもたれかかって不機嫌さを露わにする。


「それは、その、えっと……ほら、二限の後とか時間なかったし」

「それは言い訳よ。タイミングなんていくらでもあったわ」


 ほんと、その通りだと思う。

 実は休み時間、一希が一人でいるところを何回か見かけていた。

 誠心誠意謝りたいならグダグダ言い訳なんてしないですぐに会って素直に謝り、短く済ませるべきだったのだ。

 相手にとって、何も言葉だけが真剣さの判断材料になるわけじゃない。


「時間通りに登校するのは校則以前に常識の話なのだけど」

「……ごめん」


 目すら見れずに、幼稚園児でも言える三文字をただつぶやくことしかできないでいると、一希の口調がさらに厳しくなった。


「あなた、これから自分で思ってる以上に人前に立つことが多くなるのよ? わかってるの?」

「……」


 そんな先のことなんて一介の高校生にわかるわけないだろ。普通の人なら多分そうやって反論してケンカして、そしてしばらくしたら何事もなかったかのように仲直りできるんだと思う。けど、俺にはその考えが場違いなんじゃないかとか、言ってしまったら修復不能な仲になるとか、そんな後ろ向きなことしか考えられなかった。

 結局、正直に口答えするわけにもいかなくて、黙ったまま顔を俯けていた。

 しばらくして、一希はいつもより大きなため息をついた。「もう、いいわ」と言いながら、こっちに歩いてくる。


 距離が詰まれば詰まるほど、俺の心臓の鼓動は恐怖で速度を上げていった。


 何かされると思った。

 昔っから、無表情で歩いてくるあの人は決まって俺のことを殴るか、襟首をつかんで失神するまで怒鳴り散らすか、そのどっちかだったのだ。


 しかし、一希はそのまま俺の横を素通りすると自分の机に向かい、書類の山を整理し始めた。


「用が済んだのなら、出て行って」


 紙の擦れる無機質な音のせいもあって、諦念の込もったどこまでも冷たい響きに感じられた。

 昨日感じた、かすかな暖かさは露ほども感じられなかった。

 あの人とは違う優しい怒りも、初めて見せてくれたしおらしさも、バカな俺が応えなかったせいで全部夢のように消え去ってしまった。


 ふいに、「何で起こしてくれなかったんだよ」ってセリフが一瞬喉元までせりあがってきた。

 が、口から出る直前にはっと気づいた。



 ――一希は、俺に関心がないんじゃないか。



 途端、顔が一気に熱を帯びた。

 今までやってきたことが瞬時にフラッシュバックして、とんでもなく恥ずかしい気持ちになる。

 優しくしたり気をつかってるからって、必ずしも相手に関心があるわけじゃない。

 そんなのは俺が一番わかってるはずなのに。

 完全に前提から勘違いしていたわけだ。


 堪らなくなって俺は近くの机の上にコンビニ袋を置き、逃げるように生徒会室を出た。

 戸を閉めるとき一希の方を一瞬見たが、向こうは一度も俺の方を見ずに手元の書類に視線を落としていた。

 尋常じゃない無力感にさいなまれて崩れ落ちるようにがっくりと窓枠にもたれかかった。

 しばらくすると、ザーッとブルーシートに砂をかけたみたいな音が聞こえ始めた。顔を上げて外を見ると重たそうな色の雲から針のように細い雨が降っていた。





 メイクが落ちるのも構わずに冷たい水で顔を洗って教室に戻ると、いつメンの女子三人が円陣みたいに一つの机を囲んでいるのを見つけた。めっちゃ盛り上がってて、たまにきゃーって歓声が聞こえてくる。

 正直今あのノリについていける気がしないのだけど、あいつらとつるまないと教室内では居場所がないので我慢して合流することにした。


「何の話してんの?」


「「「わ!」」」


 俺が軽い調子で話しかけた瞬間、三人は一斉にビクッと飛び跳ねた。


「なにその反応、もしかして俺のウワサでもしてたとかー?」

「んなわけねーだろ! この自意識過剰クソ童貞がよ!」


 めっちゃ傷ついた。あー、だるいだるい。今までよくこんなのに付き合ってこれたよな。


「誰が童貞だよ! あと梨央奈は笑いすぎ!」


 投げ出したい気持ちを必死に堪えていつもの調子で冗談めかしてツッコむ。今日は精神的に参ってるから疲れすぎて正気を保つのがやっとだった。


「ちょっと二人ともやめなよ!」


 その場の空気に合わせて脳を殺してへらへら笑っていると、愛梨が止めてくれた。


「べつにナイショってわけじゃないから……なんなら今ここで言ってもいいし」

「マジか愛梨!」

「じゃあ、言っちゃえー!」


 葵は驚き半分で目を輝かせ、梨央奈は楽しそうに愛梨を煽り立てた。話が全然見えてこない。


「あ、あのね祐也くん……」


 頭の中をハテナだらけにして思わず立ち尽くしていると、愛梨が俺の方に向かって一歩前に出た。

 ブレザーの裾を握って頬をかすかに赤らめ、視線があちこちを行ったり来たりしている。


 その様子を見てようやく理解し始めた。と同時にすごいイヤな予感がした。


 愛梨が意を決したように口を開こうとすると、葵と梨央奈が好奇心を露わにして「おおっ」と声を上げた。

 それに気づいたクラスメイトの視線も自然と集まってくる。

 その際気になったのは単純に好奇の目を向けてくる七割くらいの人よりも、二割くらいの恨めしそうに睨みつけてくるやつらだった。

 以前こういうやつらが俺に嫌がらせをしてきたことがあった。その理由が今になってわかって、胃が捻られてるみたいに痛くなってきた。

 当然、このあと愛梨が何て言うか俺には想像できる。背中を不快な冷や汗が伝うのがわかった。



「……休みの日、ヒマかな?」



 愛梨が消え入りそうな声で絞り出すと、クラス中が一気にお祭り騒ぎになった。


 俺には断る理由は存在しなかった。

 というのもここで断ったら愛梨が恥をかくし、さらに俺がヘンな目で見られ、なおかつバカ騒ぎしたクラスメイトが気まずくなって教室中の空気が悪くなる。

 この状況では俺の意志は関係ない。


「ん、ヒマだよ。どっか遊びに行く?」


 愛梨に言ったつもりだったが、なんて綺麗な返事なんだろうと馬鹿らしく思った。

 彼女は一瞬ぽけっとした後、「うんっ!」と心の底から嬉しそうに微笑んだ。

 

「やったじゃん! あいり!」


 葵と梨央奈が愛梨にガバっと抱き着く。俺もよくわからん男どもに肩を組まれて茶化された。

 教室内がいろんな感情でごちゃごちゃしてて動物園状態だったから「どこ行くかとかはまたラインするね」って愛梨がなんとか言い、それを「りょーかい」と二つ返事で終わらせた。


 今日まだ何も食べてないのにトイレに行って嘔吐したい気分になった。


 騒ぎは予鈴が鳴っても収まらなくて、静かになったのは担任の黒木が教室に入ってきてからだった。

 これでやっと落ち着けると思ったら今度は黒木が「藍沢、お前放課後東棟の全階のトイレ掃除な。生徒会長からのお達しだ」と楽しそうに言ってきた。

 俺としては今日はもう人と関わりたくなかったからイヤってほどでもなかったが、愛梨が残念そうな顔をした時には少し心が痛くなった。


 それからもう一つ。


「祐也また罰掃除かよ。ただでさえ最近付き合いわりぃのに」


 いつの間にか陸は教室に帰ってきていた。

 真後ろの席なのに、あんなに毎日毎日陸のことばかり気にしてたのに、全く気づかなかった。


 陸より目立ってしまった。その事実に身の毛もよだつ思いがして、俺はまたご機嫌を取るために、もう授業が始まるにもかかわらず、陸と下らないおしゃべりを始めた。

ひさしぶりんご飴。もうちょい文章やわらかくしたいなと思いマッスル。

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