Act.2「帰り道、うしろを振り返ると」
「『運命の人とのステキな出会い』かー。最近彼女いねーし、ぼちぼち動き出すかなー」
「えー、陸くんなら待ってるだけで女の子の方が勝手に寄ってくるじゃん」
「だよだよー」
日の傾きかけた放課後。
カラオケに向かいながら霧島陸、村上梨央奈、大木愛梨の三人は先の雑誌の星座占いの話題に花を咲かせていた。
「何言ってんだ。自分で選ばなきゃ意味ないだろ? 運命は自ら掴み取るもんなんだよ」
なんかカッコいい(笑)こと言ってるが、女子二人は「へー」とか「かっけー」とか適当に合わせていた。こいつら絶対陸の言ってることわかってない。ついでに俺もわかってない。なにいってだこいつ。
ちなみに俺と葵がなぜ彼らに参加せず、少し後ろを歩いているのかというと、俺ら二人の星座占いの結果だけ微妙で、これ以上話が膨らまないからだ。
運勢のいい三人だけでキャッキャウフフやっといてくれって感じだ。俺はちょっと休憩したい。
「なー祐也。コクられることって意外とないよな? 俺、自分から行かずに成功したこととか二回くらいしかねーもん」
と、いきなり陸は首だけ中途半端に振り返って雑に同意を求めてきた。いっつも思うが、そういうのは俺に聞かれても全然わからん。
「あー、確かに。全員がそうだとは言わないけど、女の子って結構受け身だからなあ。俺もコクられたことはないし」
まあコクったこともないんですけどね。
コクられたこと「は」と言って、あたかも自分からコクった恋愛経験はある風にこまかす作戦よ。
言葉の上では嘘ついてないことになるから日本語ってマジ便利だなと。
「うそ……祐也くんでもそうなんだ」
意外、といった感想を言外に含ませて愛梨はつぶやいた。
なぜか彼女はこっちを振り返らず、軽くうつむいていた。少しだけ覗く横顔は夕日がかぶっているせいか、ほのかに赤く見える。
まあ確かに、こういうイケイケ卍グループにいて恋愛未経験は意外だとは自分でも思う。
そういう機会がないわけじゃない。
例えば、陸の繋がりで合コンとかに参加することもあるにはある。
けど、大抵は気まずくならないように適当な世間話で必死こいて場をつなぐだけで口説く余裕なんてないし、口説き方すらわからない。
つーか口説こうとする勇気がない。
陸みたいに女の子に向かって直球ドストレートに「キミ可愛いね! キープちゃんになってよ!」とか言ったら恥ずか死する自信がある。
と、こんな感じで恋愛経験マジ皆無マンだから恋バナはあまり得意じゃないのだ。
とはいうものの、この手の話題には同意や共感さえしていれば一応、何とかならないこともない。
一番ダメなのは、俺から別の意見を出すことで、好奇心を刺激された相手がこちらのエピソードを掘り下げに来る隙を与えてしまうことだ。
その上で、場の浮ついた雰囲気だけはぶち壊さないようにしないといけないから、言葉選びがマジで重要なのだ。
はあ、恋バナしたいマジ彼女ほしい。
「ほらな? まあ逆に言うと奥手な子は断り方もあんまわかってないから、こっちから行けば確実に落とせるんだけどな」
「それは、陸くんだからだよー」
「だよだよー」
三人は俺の無難な意見を適当に聞き流すと、自分たちの話に戻っていった。
「あんた、ほんと変わったよね」
突然、俺の隣を歩く葵がぽそっとつぶやいた。
「なんつーか、前はめっちゃ暗いやつだった気がすんだよね」
こいつの言う「前」というのは中学の時のことだ。
アニメとか漫画に影響されて「孤独がかっこいい」みたいなクソ痛いことを考えてた時期が俺にはあった。
その失敗を反省して生まれ変わろうと、同じ中学のやつがいなさそうな高校に勉強頑張って入ったのに、こいつがいたのは大誤算だった。完全に弱みを握られてしまっている。
「や、あの。葵さん? ここでその話はやめて」
「えー、どーしよっかなー。なんかお腹すいたかも」
「あーわかった、駅前でシュークリームおごるから!」
「ふふん、分かればよろしい」
なんにも偉くないのにドヤ顔で無い胸を張っていた。俺の財布の中身、実質六割くらいこいつのものなんだけどどうなってんだマジで。
「やー、にしても久々に見たときマジ誰かわからんかったわー。なんか可愛い系キャラになってるし、ぶっちゃけ鬼ウケるんですけど」
「俺は自分の見た目に似合った格好してるだけだからいいの。女の子から見ても清潔感あっていいだろ? 愛梨が言ってたよ」
「や、さすがにそこまで綺麗にしてると女にしか見えないわ。顔面すべすべじゃん。下地なに使ってんの?」
葵は鼻で笑いながら俺の頬をツンツンした。
俺は高校生になってから自分を変えるためにめっちゃ努力してきた。
髪はキンキンに染めたし、コンプレックスを隠すためのメイクも覚えたし、ファッションに気を使って、さらに美容院にも通った。
キラキラグループに所属することもできたし、傍から見れば完全に陽キャ。
あとは彼女作るだけなんだけどなあ。
「べたべた触んなよー……まあ、女子力磨きすぎて女の子の気持ちまで分かるようになってる説は確かにあるな。今ならどんな女子にも優しくできそう」
「いや、女子限定なんかい!」
当たり前だろ。女の子と絡みたいだけなんだから男の友達なんて女集め名人・霧島陸さんだけで十分だっての。全然活かせてないけどな!
「まあ、でもあんたは今のほうがいいかもね」
「へ?」
突然葵は、らしくないことを言い始めた。
普段は脊髄反射で悪口をぶっ放すくらいには人のこと馬鹿にしくさってるのに、今はそんな暴力的な印象は鳴りを潜めていた。
一瞬にこりと自然に微笑んでやわらかい口調で続ける。
「昔のアンタはなんかいじけてて見てるとイラっときてたんだよね。そーやってテキトーにバカ言ってる方がいいよ。それにちょっと大人っぽくなったかもね」
葵は俺をそう評価した。が、それは違うと思う。
俺が変わったのは見た目とか立ち振る舞いとかそんな表面的な部分だけで、むしろ肝心なところは何一つ変わっていない。
他人の目を気にしすぎてしまう性格だって治ってないままだ。
中学の時に友達がいなかったのは「勉強に集中しているから」っていうお飾りの理由でオタクだってのを隠してた結果だし、今もノリを無理やりイケイケ風に合わせてるだけって感じで、大人の余裕とか全くない。
「だ、だろ? やー最近モテてしょうがないわ。なんたって大人の男性だからな。ジェントルマンだからな、おれ」
あやうく葵の意見を否定しそうになったが、何とか軽いノリで返せた。
否定的な意見は空気を悪くするからな。高校デビューを考えてる人は参考にするといいよ。
「はいはい。口だけは達者だな童貞クン」
「どどどどど、童貞ちゃうわ!」
「あははははは! マジウケる!」
リアルガチで「ギクッ」って音が鳴るくらいビビった。いつもの冗談だよな? バレてないよね? え、ほんとに?
「なーに二人で楽しそうに話してんだ? 着いたぞ」
陸は振り返ってそう言うと、葵の手を取った。
彼女は顔を一瞬で赤くしてしまい、さっきまでうるさかったのに、幽霊に取り憑かれたのかってくらい静かになった。
そのまま二人は店に入っていく。
ひらめいた。これから葵の相手ダルくなったら陸に邪魔してもらお。
すぐに他の女子二人も後に続いた。
もう秋だ。
夏休みの時よりも陽が落ちるのが早くなってきた気がする。
季節は次々に姿を変えていく。
季節だけじゃない。
人と人の関係だって、日々変わり続けている。
俺はどうなんだろう。
未来から、今の自分の姿を見たらどう思うのだろう。
「祐也くん、どうしたの?」
山の向こうにゆっくりと消えていく夕日をぼんやり眺めていたら、愛梨が不思議そうな顔をして引き返してきた。
「や、なんでもないよ。気にしてくれてありがと。はやく入ろ!」
「うん!」
彼女は誕生日パーティーの写真を撮る時くらいにっこり笑うと店に戻っていった。
今のことで精一杯なのに先のことなんてわかるわけがない。
今この瞬間の楽しみをどれだけ連続させるか。
人生は積みゲーだ。
とはいえ、植物タワーバトルみたいに崩さないように一手一手に集中しないといけないタイプの積みゲーだから気疲れはハンパないんだけど……。
今日は日頃のストレスを全部歌にぶつけまくろうと思った。