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この希望のない世界で  作者: 梵我一如
一章 魔の森、奇跡的な出会い
5/6

目覚め

 朝のルーティンを終えて朝食の用意をしていた俺は、少女が目覚めて上体を起こしたのに気づき、声をかけた。


 「起きたか」

 

 少女は目を擦りつつ寝ぼけ眼で首を捻り俺の姿を確認すると、途端に驚いたように目を見開いた。

 掠れた空気の音の、声にならない声をあげている。


 「待ってろ。今水を持ってくる」


 棚からありふれたガラス製のコップを取り出して水を注いだ後、それを少女に手渡した。

 少女は慌てた様子で一気に飲み干す。

 袖で口元を拭った少女は、何かを喋ろうとしたが、何かを悟って口元を抑えた。

 次いで喉の辺りを抑えつつ必死に口を動かす。

 しかし、俺には少女が何と言っているのかわからなかった。なぜなら、少女はずっと掠れた空気の音を発し続けていたからだ。

 少女のただならぬ様子に俺はやっと気づいた。


 「まさか、喉をやられたのか?!少し様子を見てみる。――感知魔法『容態診察』」


 俺は急いで少女の喉元に手を翳し魔法を展開する。しかし……。


 「異常なしだ。つまり……、もう喉の機能が完全に死んでいる」


 魔力吸収の呪術は首輪に施されていた。当然、首付近の魔力欠乏が最も進む。つまり、俺の『魔力分配』よりも前に、少女の喉は機能を失ってしまったことになる。

 『容態診察』は異常状態しか感知できない。機能を失った喉はもはや異常ではなく、少女の体にとって“そういうもの”になってしまったのだ。

 

 「今の俺には君の喉を治してあげることができない。残念だが、諦めてくれ」


 機能を失った体の部位を元に戻すなんて芸当は神聖魔法にしかできないだろう。しかし、神聖魔法は聖職者や高位の貴族が独占している上位魔法だ。奴隷に落ちている少女がその恩恵を受けることは、金銭的にも身分的にもほぼ不可能だろう。

 俺の言葉を聞いた少女は目を潤ませると泣き出してしまった。顔に毛布を押し付け、ただでさえ華奢な体を縮こまらせ、音のない嗚咽を発している。恐怖からだろうか、不安からだろうか、少女の全身は震えていた。

 他に良い言い方があったのではないかと俺は自分を責めたが、人付き合いの経験に乏しい俺にはそれに代わるセリフも、少女を励ましてやれる言い回しも思いつかず、ただ静観することしかできなかった。


 「今から朝食を出すから、そこに座ってくれ」


 暫くして少女が泣き止んだため、俺はとりあえず朝食をとることを勧めた。

 少女の目は真っ赤に充血していて、体はまだ微かに震えていた。しかし、少女も現実を受け入れ始めたのか、確かな足取りでベッドから椅子に向かった。


 「よし、食べていいぞ。食べ終わったら君の事情を教えてくれ」


 俺がそういい終わるのとほぼ同時に、少女は用意した朝食にがっついた。大したものを用意したつもりはないが、奴隷に落ちた少女にとってそれは、久しぶりのまともな食事だったのかもしれない。

 俺はその姿を微笑ましく見たが、その後すぐに自己嫌悪に陥った。

 ――俺も前は似たようなものだったじゃないか。

 今のは完全に見下していた。かつて俺が最も嫌いだったことだ。それを、俺はこの娘にやってしまった。

 少女のことを、俺は可哀想だと思う。哀れだとも思う。でも、それだけじゃない。心の奥底から同族嫌悪ともとれる醜い感情が沸々と湧き出していた。

 ――疑えよ、もっと。そんな幸せそうな顔をするな。

 俺は悪行には手を出さない。それは自らに課した自戒があるからだ。だが、本当の現実は残酷だ。少女はそれを知らない。


 「よし、じゃあ、お互いに自己紹介をしよう。君はこの紙と鉛筆で筆談してくれ。あ、そういえば君、文字は書けるか?」


 朝食を終えたので早速自己紹介に移る。

 俺の問いに対して少女は手で「少し」のジェスチャーをしつつ頷いたので、俺は紙と鉛筆を手渡した。


 「まずは名前からだな。俺はレイ・フォレストだ。気軽にレイと呼んでくれていい。君の名前は?」

 「『ルカ』」

 「ルカか。いい名前だ」


 とりあえず名前を褒めてみたが、これでよかったのだろうか。人付き合いの経験が極端に少ない俺には判断のしようがない。少女の反応が微妙で少し焦ったが、気を取り直して他の話題に移る。


 「年はいくつだい?因みに、俺はたぶん14,5歳だ。ここは“魔の森”っていう森なんだが、ここに住み始めてから日付を数えるのをやめてしまってな。だから正確じゃない」

 「『わたしは8さい。レヴァンというまちからきた』」

 「そうか。俺は冒険者をやってるんだ。ルカは……、右腕、見たよ。間違いないか?」

 「『うん』」


 ルカは悲痛な表情を浮かべつつも答えた。

 俺は申し訳ないとは思いながらも、必要なので更に詳しく事情を訊いてみる。

  

 「君は昨晩、奴隷商に輸送されていたところを魔獣に襲われ、命からがら逃げだした、で合ってるか?」

 「『うん。合ってる』」


 どうやら俺の予想は当たっていたようだ。まぁ、あれだけ状況証拠が揃ってれば当然かもしれないが、それでもだ。

 自分で自分の推理力に感心していると、今度はルカの方から質問してきた。


 「『わたしはどうしてここにいるの?』」

 「あぁ、そのことか。実は、ルカが満身創痍で歩いていたところの辺りに俺が獲物捕獲用の罠を仕掛けててな、危うくルカが俺の罠に引っかかるところだったから急いで駆けつけたんだ。覚えてないか?」

 「『よくおぼえてない。だけど、たすけてくれてありがとう』」

 「いいんだ。俺のためでもあったから」

 「『レイのため?』」

 「いや、なんでもない。忘れてくれ」


 咄嗟に笑みを浮かべてその場を誤魔化す。

 俺はルカのために助けたわけじゃない。ルカを助けたのは俺が殺人者にならないようにするためだった。そして、今のこの状況

も……。俺は打算でルカに接している。


 「そういえば、一番大事なことをルカに訊く必要がある。これからどうしたい?」

 「『わからない』」

 「そうか。それなら、今からいくつか選択肢を提示するから選んでほしい。どれを選んでも俺は最大限協力するよ。一つ目は……」

 

 予め考えておいたことをルカに話した。そして、俺の話を聞いたルカは悩み始める。それぞれ考えられる限りのメリットとデメリットを伝えたつもりだ。

 自戒の一つに「嘘をつかない」がある。俺は決して嘘をつかない。だから、ルカがどれを選んだとしても、俺は本当に最大限協力するつもりだ。


 「『わたしはよわいから、ひとりではいきていけない。だから、ここにいさせてほしい』」


 ルカが選んだのは、俺が最後に提示した選択肢だった。それは、最も俺の労力がかかる選択肢だ。だが、ルカが選んだのなら仕方がない。それに実のところ、これは唯一俺が得する可能性のある選択肢だ。献身する価値はある。


 「わかった。ただ、“魔の森”の環境は本当に厳しい。それなりの覚悟はしておいてくれ」

 「『わかった。これからよろしく』」


 俺が手を差し出すと、ルカはしっかりと俺の手を握りしめた。

 ルカと俺の関係が今後どのような未来をもたらすか明瞭に予想できないが、それでも俺はルカを俺なりに立派に育てる決意を固めた。


 「『そういえば、1つ訊きたいことがある』」

 「ん、何だ?」

 「『このふくだれの?だれがわたしをきがえさせたの??』」

 「そ、それは……」


 この後必死に弁明して事なきをえた。

 


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