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この希望のない世界で  作者: 梵我一如
一章 魔の森、奇跡的な出会い
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男の煩悩介抱

 一旦少女を連れ帰った俺は、より詳しく容態を知るためにベッドに少女を寝かせ、感知魔法『容態診察』を展開した。


 「深刻な魔力欠乏の状態は回復したようだ。呪術も残っていない。体力はもう少し回復させておいた方がいいかもしれないな」


 俺は『容態診察』の結果を基に回復魔法『体力治癒』を展開する。

 回復魔法が効いてきたのか、少女の病的な血色は改善されてきた。呼吸も安定している。


 「よし、次は傷の治療だな。しっかり汚れを拭き取らないと」

 

 少女は、『標点探知』で確認した膝の擦り傷以外にも所々に擦り傷を負っていた。

 それに、付着している大量の血は少女のものではなさそうだが、衛生上しっかり始末した方がいいだろう。

 俺は桶に魔法で水を生成し、棚からタオルを取り出して少女の身体を拭き始めた。

 こびりついた泥や血はなかなか落ちなかったが、繰り返し丁寧に拭くことで綺麗になっていった。

 やがて外に露見している部分は拭き終わり、少女の袖を捲くって腕を拭こうとしたところで俺は“あるもの”を見つけてしまう。


 「これは……、奴隷紋か」


 少女の腕は爛れており、それは不鮮明であるが、“ミサの街”でも時折目にする奴隷紋の形をしていた。


 「まだ焼かれて日が浅いな。そうか、少女が“魔の森”にいる理由がわかってきたぞ」


 推測であるが、少女は奴隷として売られようとしていたのだろう。この奴隷紋や先程取り外した呪術が施された首輪からそう考えるのが自然だ。

 そして、付着していた大量の血液。奴隷の卸売り業者の輸送中に魔獣に襲われたと可能性が高い。もしかすると、あのステルスジャガーも襲った魔物の一匹かもしれない。ステルスジャガーは普段2,3匹の群れで行動する魔獣だ。襲撃の途中で少女に付着した血の匂いに気付き、抜け駆けして一匹だけで追ってきた、というところだろうか。

 そして、少女が“魔の森”にいる理由だが、恐らく少女を輸送していた奴隷卸売り業者は非合法な手段、つまり密輸を行っていたのだろう。“魔の森”は人があまり立ち入らない場所だ。そこをルートに使ったことは十分にあり得る。“魔の森”を甘く見ていたのいだろう。

 

 「よく生き延びたもんだ。脱走して俺の仕掛けた罠の場所まで辿り着くまでに十分に他の魔獣に襲われる可能性はあったのに。それに、あの首輪は奴隷の商品価値を落とさず行動不能にするために造られた魔法具だ。ステルスジャガーの襲撃に乗じて脱走したとしても、もっと早期に魔力欠乏で動けなくなるはずだが……」


 そう、本来なら、首輪を付けたまま脱走するなんてできない。首輪を統括する魔法具から離れれば、忽ち首輪に施された呪術が発動して魔力を吸収されてしまうからだ。

 だが、2つの要因が組み合わされば、少女がここにいる可能性は高まる。

 1つ目は、首輪が古く、呪術式が薄れていたこと。これなら、呪術が発動したとしても効力が薄らいでいるため魔力吸収速度が落ちる。

 2つ目は、少女の魔力が常人よりも多かったこと。魔力量は人それぞれ違っていて、一般に身体の成熟に従って多くなっていくのだが、才能があれば魔力を生まれながらに多く持っていることはあり得た。

 つまり、奴隷卸売り業者は少女の魔法の才能を知らずに子どもだからと質の悪い首輪を使用し、加えて少女の魔力量が多かったために少女は脱走しても暫く行動できた。

 そして、俺の罠にかかりそうになり、俺が慌てて駆けつけたと……。

 

 「つくづく運がいいとしか……、いや、これはもはや奇跡だろうな」


 俺は少女の豪運に感嘆しつつ奴隷紋のある腕、反対の腕、スカートの中の足を拭き終えた。

 さて、後は……、 


 「俺が服を脱がして拭くのか……?」


 衛生状態を整えるためには、どうしても服を脱がして綺麗にしてあげなければならない。それに、今少女が着ている服は血濡れていて、新しい服に着替えさせる必要もある。


 「ま、まずい。これは痴漢とみなされるかもしれない!俺は罪人になってしまう!!」


 自らに課した自戒の一つに、「決して罪を犯さないこと」というのがある。これを破ることは悪行だ。悪行をした人間は悪人だ。悪人は……、天国に行けない。


 「困ったぞ。しかしこのまま放置すれば……」


 衛生状態が悪いと、感染症が発生する恐れがある。少女の容態は安定したが、今は免疫機能が極度に落ちていてただでさえ病気に掛かりやすい。それを知っていながら放置したとなればそれも立派な悪行だ。悪行をした人間は悪人だ。悪人は……、天国に行けない。


 「くそっ、どうすればいい」


 この分かちがたいジレンマを克服するために、俺は苦悩した。

 放置してはいけない。しかしそのまま服を脱がすわけにもいかない。

 考えろ、考えるんだ……。


 「そうだ、要は少女の裸体を見なければ良いのか!それから、感覚神経を鈍らせれば触れた感触を感じることはない。それは触れていないと同義だ!!見ないし触らない。つまり、俺は痴漢にはならない!!!」


 暗中模索の中に光明が差し込む。

 昔から“生きる目的”がちらつくと妙に頭が冴える。かなり限定的な当意即妙の機知だがそれに助けられたことは何度もあった。

 今から使う魔法は本来の用途からかなり離れたものだ。まさかこんな場面で使うことになるとは思いもしなかった。


 「――感知魔法『熱源感知』、身体強化魔法、もとい身体“弱化”魔法『感覚弱化・触覚』」


 『熱源感知』によって、視界に広がる光景が入れ替わる。今、俺は温度で周囲を認識している。

 そして、『感覚弱化・触覚』によって俺の触覚はほぼゼロになり、触覚を認識できなくなった。

 完璧だ。これで安心して少女の服を脱がし、拭いてあげられる。

 いざ取りかかろうとした時、重大なことに気付く。


 「っ、しまった。少女の換えの服がない。新しく買った俺の服を少女用に仕立て直すか」


 俺は魔法を中断し、いそいそと準備に取りかかる。

 新しく買った服と裁縫道具を取り出した。


 「凝った物は作れないが、その場凌ぎくらいはできるだろう」


 針に慎重に糸を通し、早速作業に取りかかる。

 “魔の森”に入って最初の頃は、魔獣と直接殺り合うことが多く、その度に服が破れたりしていた。コスパ改善のために裁縫道具を購入し、以後はその度に修復していたのだから慣れたものだ。

 30分程度で仕立て直すことができた。少し形が歪になってしまったが、まぁ使えるだろう。


 「よし、ではもう一度。――感知魔法『熱源感知』、身体弱化魔法『感覚弱化・触覚』」


 俺は触覚をほぼゼロにしてしまうと『熱源感知』の視界だけでは少女の服を脱がすことができないことに気付き、少し触覚を残したまま服を脱がした。極力、少女の地肌に触れないようにした。

 服を脱がし終えると、次いで触覚をほぼゼロにして、『熱源感知』の視界のみを頼りに丁寧に身体を拭いていった。

 最後に触覚を少しだけもとに戻し、手元に置いてあった少女の服を手に取ると極力少女の地肌に触れないように服を着せた。

 一連の作業を終えて、俺は魔法を解く。


 「ふぅ、これで大丈夫だろう。これが俗に言う、完全はんざ……って、違う違う!これは医療行為であり善行だ。下心もほぼゼロだった!!」


 なんとか思考を持ち直して、俺はふと外を見る。

 もう完全に真っ暗だ。夜行性の魔獣の鳴き声が微かに木霊している。

 

 「あー。腹減ったなぁ」


 街に素材の換金に行っていたこともあって疲れていたが、まだ夕食をとっていないことを思い出したので夕食の準備に取りかかる。

 新しく買った調味料をふんだんに使って、少し奮発した。

 

 「いただきます。うん、美味い」


 食事を口に運びつつ、今日は異常だったなと、レイは一日を振り返った。

 


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