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この希望のない世界で  作者: 梵我一如
一章 魔の森、奇跡的な出会い
3/6

出会い、それは奇跡

 「ついつい買いすぎてしまった」

 

 レイは空間魔法『空間展開』で、自身で作り出した空間から戦利品、もとい購入品を取り出した。

 調味料や衣類などの必需品や簡素だが丈夫な机、椅子、箪笥などの家具を整理していく。

 

 「古い家具は一応残しておくか。新しく買ったものも壊れるかもしれないし」


 今まで使っていた家具は、家の裏の倉に入れておいた。

 

 「家具屋で借りたリヤカー、今度返さないとな」


 空間魔法はかなり難易度の高い魔法になる。人目を引かないために決して人前で使わないことを徹底していた。

 

 「さて、お楽しみの時間だ」


 レイは異空間から最後の購入品を取り出そうとした。

 それは魔法書である。通りがかった古書店の閉店セールで破格の値段で売られていたため、ついつい買ってしまった。

 魔法書はかなり高価な代物で、俺のような生活上最低限の稼ぎしかない者は決して手が出せない。かなり運がいいと言えるだろう。

 といっても、かなり古い回復魔法の魔法書だ。現代魔法理論からすれば役に立たないものに成り下がっているかもしれない。

 それに、魔法科学の進展で回復薬の質は大幅に向上している。一般攻撃魔法より難易度の高い回復魔法の需要は低下していた。

 しかし、それでもいい。


 「魔法書は読むだけでおもしろい。それに、理論を学ぶことは魔法を本当に理解するために必要なことだ」


 異空間に手を伸ばしたところで、ふと我に帰る。

 気がつけば日が暮れていた。


 「読書の前に罠の確認だけしておくか」


 ――空間魔法『標点探知』


 空間魔法によって、家の半径約10㎞圏内は座標として認識できるようになっている。

 そして、予め割り振っておいた標点を指定すればピンポイントでその地点の状況を知ることができるのだ。

 俺は順々に罠をしかけている地点を確認していった。

 と、そのとき、俺はありえない光景を目にすることになる。


 「こ、子ども……?!なんでこんな所に……」


 そう、それは本当にありえない光景。いや、あってはならない光景だった。


 「ここは“魔の森”だぞ。冒険者だってほとんど立ち入らない。立ち入ったとしてもこんなに奥までは来ない」


 俺は注意深く少女を観察した。

 様子がおかしい。目は虚ろで焦点が合っていない。服は薄汚れていて、膝には擦り傷ができていた。そして、大量の血が左半身に飛び散るように付着している。


 「大丈夫……なわけないか。今にも死んでしまいそうだ」


 冷静に観察していると、あることに気付く。


 「ちょっと待て。まっすぐこっちに来てるぞ」


 少女は歩みを止めずゆらりゆらりと標点に寄ってくる。


 「おい、止まれ!このすぐ後ろは……」


 ――俺が仕掛けた罠があるんだぞっ!!


 少女は止まらない。着実にこちらに向かってきている。

 このままでは俺は、“人殺し”になってしまう。

 殺人は大罪だ。“人殺し”になれば……、“天国に行けない”っ!!!


 「バカヤロウが!――空間魔法『標点移動』」


 俺は急いで少女の場所にワープした。


♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦♦


 ワープが完了した俺はすぐさま少女の前に立ちはだかる。

 しかしその刹那、俺は殺意の視線に当てられていることに気付く。

 “魔の森”で数年間生き抜いてきた俺だからわかる。

 ――魔獣に狙われている。

 気付いたときにはもう遅い。“見えない”ソイツは猛烈な速度で俺と少女に肉薄する。

 『評点探知』は近辺の映像しか拾えない。だから気づけなかった。

 魔法の展開はもう間に合わない。

 俺は咄嗟に少女を横に押し倒し、身を翻して構える。

 毎朝の体操の成果が、絶体絶命の危機に光明をもたらす。


 「――天地開闢拳『裏拳』!」


 天地開闢拳の条件は自然と一体化すること。自然界のあらゆる現象を全身で感じ、それに抗わない。そして、それを体現した者は自然の存在の深層にあるもの、空間に直接干渉できる。

 鮮やかに繰り出されたその技は、肉薄する魔獣ではなく、魔獣のいる“空間”を穿った。


 「――――」


 魔獣は声にならない悲鳴を上げて軌道を逸れ、奥の大木に激突して息絶えた。

 魔獣の死骸は激突の衝撃で首があらぬ方向に曲がっていたが、それは直接の死因でないことは明らかだった。

 なぜなら、魔獣の死骸の胸部にはすっぽり穴が開いていたからだ。そして、かつてそこに“あった”ものはレイの右方の木の幹に潰れて付着していた。

 魔獣の正体はステルスジャガーだった。こいつは姿を消す魔法を行使できる中堅の魔獣だ。臆病で強かな性格をしており、襲われた者も襲われなかった者も、その姿を見ることはほとんどない。姿が見えないという特質上、冒険者の中ではかなり恐れられている魔獣だ。

 正直、天地開闢拳がなければ危ないところだった。今後も毎朝の体操は欠かさないようにしようと思う。


 「……う、うう……」


 ――そうだ、重篤な少女のことを失念していた!

 俺は急いで倒れている少女に駆け寄る。

 声を掛けてみるが返答はない。


 「さっき無理に押し倒したのがよくなかったか?このままでは直接的ではなくても少女の死に荷担したことになってしまう!くっ……、とにかく治療だ。結界魔法『絶縁結界』」


 『絶縁結界』は世界との縁を切る結界だ。今、レイと少女のいる結界内の空間は一時的に世界と決別した。  


 「呪術が全身に回りかけている……。原因はこの首輪か!干渉魔法『解錠』」

 

 俺は急いで魔法を展開して首輪を外す。この首輪には複数の呪術が施されているようで、無理に破壊するのは憚られた。


 「くそ、首輪を外しても呪術は消えないのか!!呪術で魔力が吸い取られている。これ以上魔力欠乏が進むと間違いなく死ぬ。急げ!!空間魔法『空間展開』」

 

 魔力回復薬は携帯していたが、少女に意識がないため経口摂取できない上に、今ある魔力回復薬の効力ではここまで深刻な魔力欠乏には対応できない。

 俺は異空間から後で読むつもりだった回復魔法の魔法書を取り出し、ある魔法を探した。

 

 「魔力分配、魔力分配、魔力分配……。あったこれだ!……よし、すぐにできそうだ!!――回復魔法『魔力分配』」

 

 俺の魔力を分配し始めたことで、呪術の魔力吸収を上回って少女の魔力が回復し始める。

 後は、少女にかかっている呪術を解呪できればいいのだが、魔法書に載っているだろうか。


 「……、見つけた!でも、これは流石に難しいぞ。しっかり理解しないと展開できそうにない」


 俺はとりあえず、もう片方の手で回復魔法『体力治癒』を展開し、少女の体力を回復させつつ『解呪』のページを食い入るように読み込む。

 途中、血の匂いを嗅ぎつけた魔獣が何匹もやってきたが、『絶縁結界』の中にいる俺と少女は襲われることもなければ認識されすらしない。

 そのため、俺は安全に少女の回復に努めることができた。


 「……よし、なんとかできそうだ。――回復魔法『解呪』」


 俺はたっぷりと時間を使い『解呪』を理解することができた。複雑な魔法なだけに、細心の注意を払って魔法を展開する。

 すると、少女の全身に広がりかけていた呪いは徐々に収束し始めた。

 それを見て俺はひとまず安堵する。


 「もし回復魔法の魔法書を買っていなければこの娘は……。運がよかったとしか言いようがない。『解呪』が終わったら一旦家に連れて行こう。丹念に面倒を見ないと後遺症が残るかもしれない」


 俺はそう決意し、『解呪』が終わるのを待って、空間魔法『標点移動』を展開した。


 



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