運命
窓辺から麗らかな春光が差し込み始め、小鳥の囀りが僅かに聞こえ始める。
次第に意識が覚醒し、徐ろに身体を起こす。今日もしがない一日が始まった。
まずは外に出て思い切りのびをする。
清々しい朝だ。日の光を前進に浴びて、意識だけでなく身体も覚醒してきた。
家の中から持ってきた桶に魔法で水を入れて軽く顔を洗い、それが終われば毎朝の体操を行う。
本で学んだ『天地開闢拳』という古代武術の型を体操として実践しているが、実際に魔獣相手に使ったことはない。
体操の後、簡単に朝食をとる。
近くの湖で捕獲した魚だ。魔法で火をおこして丁寧に炙り、香ばしい匂いがし始めた頃に齧りつく。美味だ。
普段なら朝食後は魔獣狩りに向かうところであるが、今日は森を出て素材の換金に向かう。
換金が面倒で素材をかなり溜め込んでしまっているのだ。それに、生活必需品もだいぶ消耗してしまっている。
具体的な日数はわからないが、かなり久し振りに森を出ることになった。
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“魔の森”から近くの“ミサの街”まで、走って2時間程かかる。
身体強化魔法を使えばもっと時間を短縮できるが、修行も兼ねているので魔法は使わない。
整備された国道に近づくと、走るのをやめ、息を整えてから何食わぬ顔で国道に合流する。
少しでも不審に思われないためには必要なことだ。
「着いたか」
身分証の代わりになるギルドカードを門番に提示して門を通過すれば、そこには活気に満ち始めた“ミサの街”が広がっている。“ミサの街”は辺境の田舎街だが、開拓地の最前線であるため魔獣が多く、冒険者の街として知られているようだ。
久し振りということもあって思わず独りごちてしまったが、零れた声は忽ち街の喧騒に掻き消された。
俺はゆっくりと街道を進み、目的地の冒険者ギルドを目指す。
「すまない、素材の換金をお願いしたい」
「おお、レイか。これまた随分長いこと顔を出さなかったな」
この馴れ馴れしい初老のギルド職員はギルバートさんだ。昔は冒険者をやっていたようで、筋骨隆々の体躯は未だ衰えを感じさせない。
ギルバートさんは俺が心を許している唯一の人だ。しかし、完全に信頼しているわけではない。会うのもこうやって換金に来たとき位だ。もっとも、まだ駆け出しで右も左もわからなかった頃は世話を焼いてくれてそれなりの恩は感じている。
「面倒でな」
「そうかい。それにしても、あのちんちくりんの生意気坊主がよくこんなに立派に成長したもんだぜ!」
ギルバートさんとの付き合いは長い。満身創痍でこの街にやってきて以来数年が過ぎた。後ルバートさんも顔の皺はだいぶ増えている。
「まあな。さぁ、さっさと換金してくれ」
俺は持っていた皮袋5つを無理矢理受付台に載せた。
「おいおい、多すぎだ!!少し時間がかかるぞ」
「仕方ない。暇を潰しておくから終わったら呼んでくれ」
ギルバートさんとのやりとりを終えた後、クエストや時事、情勢などの情報が纏められた掲示板に向かう。
森に籠もっている間にかなり情報が更新されているようで、暇潰しがてら目を通した。
「全部で11万レルだな。ウインドドラゴンがデカかった」
「そうか、ありがとう」
いつもは大体5万レル程だが、望外に稼いでしまった。
必需品に加えて家具も新調できるかもしれない。
「クエストは受注しなくていいのか?」
「ああ。いつもの事だろわざわざ聞くな」
「これも職員の仕事なんだからしゃーねーだろ」
「……はぁ。まぁ、また頼む」
「はいよ」
ギルバートさんに別れを告げて冒険者ギルドを出た後、必需品と余ったお金でいくらか家具も購入し、俺は帰路についた。
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夕刻。日が暮れ、あたりを闇が支配し始めた頃。
「……はぁ、はぁ、はぁ」
息を切らしながらも小さくか細い足で少女は懸命に地を蹴っていた。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない……」
必死の訴えに返答はない。あるのは遠くに聞こえる獣共の呻り声や遠吠え。
死の恐怖に支配された少女は足を止めることができなかった。
その間、少女の命は少しずつ、しかし確かに削られていた。
忌々しい呪術が施された首輪によって。