ムード
「もうちょっとでバレンタインデーですが、準備はできたかな?楽しみにしてるよ」
「えっ?」
そんな軽い一言が傷つけることがあります。
しばらくお待ちください…
「えっ、そんなに欲しかったの?」
彼女の問いに、鼻をすすりながら。
「あんまりだ、あんまりだ…」
悲しみを堪えきれないでいる。
「うわぁぁぁん!」
しかし彼女に泣きつく。
「よしよし」
これが二人の関係を物語っているようである。
「バレンタインデーはちゃんとあげたことが今までにないのよ」
「愛を大盛りにしてくれればいいんんだよ!」
「わかった、チョコのケース買い!」
「そういうのはいらないよ!!」
珍しく彼が止めに入ったのである。
「なんてことだ、恋愛というのはなんたるものか、俺が教えなければ」
「いえ、いいわ、そういうの」
「なんでさ」
「耳かきは恋愛必須科目とか言い出しそうで」
「当然だね」
「バカじゃないの」
今日は心をえぐりに来るスタイル。
「しかし、俺は負けぬぞ!」
「私としては、あまり女性に夢を見すぎるのはいかがなものかと思いますが」
「そういえば家事きちんとできるのに、できるとかアピールしてこなかった」
「それアピールしてくる女性は、同じ女性からするとね、あんまり好きじゃなくて」
彼女は父子家庭なので父が全部家事できる。
彼、両親が共働きなので家事出来るのが当たり前。
「今の世の中は便利だから、そういうのを利用しちゃえばいいんだって」
「寒い日のコンビニは最高だよね」
「本当、本当」
「ちょっとこの間調子悪かったじゃない」
「食欲なかったわね」
「あの時さ、コンビニのおでんの出汁を使って、卵雑炊作ってくれたじゃない」
「隠し味は味噌味よね」
「そういうのちょっと嬉しい…」
そういって頬を赤らめるのである。
「うちだと、あれぐらいの出汁だとね、美味しいのよ、でも食欲があってくれてよかった、食が細かったら、病院直行よね」
「気を付けるよ」
「本当よ」
(なんかこう…ドキドキする)
「そうね、バレンタインデーは買い物にいったときに、見てくるけど、甘いものは好きかしら?」
「好き、大好き!」
「じゃあ、どれにしようか悩んでくるわ」
「うん、あっ、お金足りる?」
「バレンタインデーになんでお金もらって、それで買わなきゃいけないのよ」
「いや、なんとなく」
「本当に慣れてないのね」
「ごめん」
「気を付けなさいよ、お金出させるだけ出させる女はいるんで」
「お会いしたことあるようですが?」
「いたわ、普通に、なんか知り合いと話している途中に、相手が知らない男性を呼び出して、お金払わせたのよ」
「それはなんて昼ドラですか?」
「お金置いて帰ってきたよ、さすがに一緒にいるのが嫌だったし」
「よくぞ、ご無事で」
「精神的にはダメージ受けたけどもね、会社が女性が多いところだし、なんだかんだでいっても、うちの父さんとか見ているから、そういうのがダメというか、苦手というか」
「ふむふむ」
「女性も、頑張れば、無責任に頑張ればっていったらだめか、教われば色々なことがきちんとできるようになるんだけどもね、あれだ、女の敵は女だ」
「渦巻いてそう」
「渦巻いているんじゃないの、自分の時はそうじゃなかったのに、優遇されてって言い方をするけども、その人と同じ年ぐらいの女性がさ、頑張って築いたからじゃないのかな、最近そういう人とお会いしたしね」
「ふうん」
「あなたはこういう話を聞いてて嫌じゃないの?」
「なんでそんなこと聞くの?」
「うちの父以外の男性でこういう話に付き合う人がいなかったからよ」
「他の人はなんていってたの?」
「自分には関係ないから、それはこちらに言われても困る」
「いいそうだよね、というか、そういう人の方が多いんじゃないかな、ただイヤだ!とかいうだけならば却下されてもしょうがないけども、理由があって、待遇の改善というか、してほしいのを無視するのはいかがなものかと思うけども、俺もまあ、叱られたりしてるけどもね」
「ここら辺は仕事をしているとね」
「でも…結構仕事もできるよね?」
「さあ、どうだろう」
「ふうん」
「何よ」
「ごまかされてあげるから、耳かきしてよ」
「そこに繋がるのね?」
「繋げるよ、だって俺は耳かきが、君の膝枕で耳かきをされるのが好きすぎてしょうがないんだもの、あのさ、ペリペリと剥がされる感覚、忘れられないよね!」
「ちょっとそれはどうなの?」
「嫌だな、責任はとってよ、俺がこんなにオネダリしてしまうようになったんだからさ」
「理容室に行くとか?」
「…行ったんだ 」
「えっ?」
「実は行ってみたんだ、耳かきが評判の理容室とやらにね、でもね、全然リラックスできなかったんですよ」
「下手だったとか?」
「違うんですよ、俺はこう…今日あったこととか、話ながら、耳かきをされてですね、そのうちだんだん気持ちが良くなっていくのが好きなんですよ、いきなり耳かきが気持ち良くなるとですね、こっちは準備しきれず、無理矢理、あぁそこはらめぇぇになるんです」
「おい、待て、なんだそれ」
「だから『らめぇぇ』です」
「耳かきしてあげませんよ」
「それはやめてください、本気でお願いします、仕事のストレスとかも前より感じなくなったのは、あなたの耳かきのおかげでございます、これからもどうか、どうぞ甘えさせてください」
土下座。
「土下座はしなくていいから、バカね」
それはとっても可愛いバカねである。
「やっぱり耳かきにはムードが必要だと思うんだ」
「ムードって?」
「ムードはムードだよ、俺にもよくわかんないけどもさ」
「そうね、私にもようわからないわ、でも今日はちょっと念入りに耳かきした方が良さそうよね」
「うん、そうしてくれるかな」
耳かきが耳の中に入ってくると同時に、俺は目をとじた。
コリコリ
軽く擦られると、すぐに耳かきを抜かれて、どうなっているのか確認される。
「なんか今日はどうしたのかしら、耳の毛がたくさん絡まってる」
「春が来たから」
「えっ換毛?まさか、あっ、でも最近何時もより眠そうにしてるけど」
季節の変わり目に睡魔に襲われるタイプ。
「疲れているなら、無理して起きてないでよ」
「その時は膝を貸していただけますか?」
「まっ、いいでしょ、それぐらいは、はいはい、じゃあ、耳かきを続けるわ」
運動などで発汗すると耳の手前側が汚れ、風邪などで熱がでると、耳の奥が汚れてくるらしい。
「今日はどっちなんだろう」
全体的に汚れているとでも言えばいいのだろうか、それをまんべんなく探るように。
5分もすれば、膝の上からまるで子供のような寝息が聞こえてくる。
「あぁ、もう本当にバレンタインデーか、どうしようかな」
この時点でとんでもなく照れてしまう。
「なんでこんなイベントあるんだろう」
そりゃあ、年に一回はドキドキする日って必要だからだよ。