第99話 それぞれの親友は二人を優しく見守る
『金城さんが僕に電話するなんて初めてだねっ。デートのお誘い?』
「眼球にピアスつけるよ♪」
『眼球ピアス!?』
「今すぐ来てー。久土を運ぶから」
『……どゆこと?』
ここは一体……なんとなく、見覚えのある天じ
「やっほー直弥!」
……現状把握を完了する間もなくニッコリ笑うアホ面が視界いっぱいに。麺太だ。
ああ、そうかここは麺太の部屋か。ラーメンの臭いがする。というか思いきり麺太が寸銅の中を混ぜていた。
「自分の部屋でスープを作っているのか」
「もうちょっと待ってねー、あと四時間」
「ちょっとじゃない」
ザ・最悪の目覚め。母さんの屁に並ぶ最悪さだ。どうして俺は激臭と共に目を覚……俺は寝ていたのか?
寝ていたというより意識が朦朧としていた。なんで…………っ、あ、
「そうだ、久奈」
喫茶店で鼻血出してテーブルに強打、んなことは些細以下のミクロサイズの出来事。
久奈が、久奈……久奈ああああああああああああああああああああああああ!
「ああああああああああああああああああああああああああああ!」
「文字数がなぁ。落ち着きなされ」
「落ち着いていられるかボケが!」
「久土直弥マニュアル・一対一での対処法、とりあえず力ずくで押さえ込む」
「ぐぬへっ」
強靭な肉体を有する麺太相手に敵うわけがなく、俺は仰向けにされると片足をクラッチされて逆エビ固め状態に。
「せっかくなのでテキサスクローバーホールド極めちゃいました」
「がああああ痛い痛いうぎいいいいぃ!?」
「また奇声モード? いい加減にしてよ」
「いやただの悲鳴だから! 奇声じゃなくて叫声!」
「僕が合流した後に金城さんがタクシーを呼んでね、金城さんと委員長は委員長の家で降りて、僕は直弥をここまで運んだんだよ」
「説明どうも! テキサスクローバーホールド状態で聞くことになろうとはね!」
なぜテキサスクローバーホールド!? 高校生が発する単語ランキング何位だこれ!
っ、だから俺は馬鹿か。いちいちツッコミを入れないと会話出来ないのかよ。
今はテキサスクローバーホールドされている場合じゃない。俺は会いに行かなくちゃいけない、話さなくちゃいけない人がいるだろ。
「金城さんに感謝しなよ。直弥や委員長の世話以外にもお店の人に謝ったりしてくれたんだよ」
「どけ」
「と言われてもねえ」
「どけ!」
「……やれやれ、金城さんの警告通りだね」
「運んでくれてサンキューな。帰るからどいてくれ」
「何それ俺大丈夫だよアピール? それで僕が離すとでも?」
「……」
「暴れたところで直弥が力勝負で僕に勝てるわけがないでしょーに」
だから落ち着いて話を聞いて。そう言って力を緩める。
俺の体から痛みは引くも、麺太の拘束を抜け出すことは叶わず。だがそれは俺が無抵抗になる理由にはならない。
「無理して暴れないで。痛いだけだよ」
「俺の痛みなんてどうでもいい。俺なんかより、あいつの方が……!」
俺は今すぐにでも行かなくちゃ……だって、久奈が、泣いていた。
「あーあ、全て自分が悪いみたいなオーラ出しちゃって」
「……」
「事の顛末は金城さんから聞いた。別に直弥が悪いわけじゃない」
「うるさい。お前に何が分かる」
「サスケかな? ……ったく、いい加減にしろこの馬鹿」
麺太が離れる。急いで部屋から出ようとする俺の胸ぐらを掴む。
揺らすことなく持ち上げることもなく、ただ掴んだだけ。それだけで、俺は息が詰まる思いだった。
いつもの屈託のないアホ面が消えた真剣な表情。威圧し、テキサスクローバーホールドを極める以上に俺の全身を押さえつけて瞬きすら許してくれない。
「まだ頭に血が昇ってんの? 冷静になりなよ」
「な、なんだと」
「柊木さんを不安にさせたんでしょ。最後には泣かせてしまったらしいね」
っ……そうだ、俺が久奈を泣かした。あいつに悲しい顔をさせてしまった。笑わせるはずの俺が……。最低だ、俺。
「辛気臭い顔だのぉ」
「……」
「もう一度言うね。直弥は悪くないと僕は思うよ。たまたま不運が重なっただけ」
「違う。全部、俺が悪いんだ」
俺がちゃんと説明しておけば。誤魔化そうとせず本当のことを言えば。火藤さんに振り回されたり焦ったりしなければ、そうしたら俺と久奈は……。
「はあ~、真面目な話をするのは僕のキャラに合わないんだけどね。……おい、よく聞きやがれ」
「麺、ぐっ!?」
俺の胸ぐらを掴む力が強くなる。麺太の顔は険しいように緩んでいるように、でも怒っているわけでもなく笑っているわけでもない。これがどんな表情か分からない。
ただ、まっすぐ俺を見つめていた。本気の、真剣な眼差し。
「人と人が接する上で絶対なんてものはない。いいか、絶対にだ。上手くいかない時だってある。だってそうでしょ? 人と人との関係なのだから。そしてなぁ……直弥、テメーだけが悪いってのも絶対にないんだよ!」
麺太の叫びが頭に響く。頭蓋の奥底、脳を通り抜けて心臓にまで響き渡った。まるで直に釘を打ち込まれたかのように貫かれ反響し、何かが染み込んでいく。
「もし絶対ってのがあるとしたらそれは人を信じることだ。直弥、お前が誤解を解かなかったから柊木さんに悲しい思いをさせたと言うのなら、ちゃんと説明すればいいだけのこと。焦らないでいい、自分を責めなくていい、ただ信じればいいんだ。麺と向き合って言葉を交わせば信じてくれると信じないでどうする!」
「……」
「お前が信じなきゃいけない人は誰だ。何よりも大切なのは誰だ」
「お、俺は……」
口を動かす。でも声にならなかった。
でも……麺太には伝わった。優しく微笑んでそっと手を離す。
「分かってるじゃん。もっと信じようよ。向こうも本心では直弥のことを信じている。信じ合えているなら急ぐ必要がどこにあるのさ」
そうだよな……うん、麺太の言う通りだ。
「さ、もう行きなよ」
「止めないのか?」
「僕の剣幕と似合わない真面目な話を聞いて気は落ち着いたからね。もう止める必要はない。それよか会いたい人がいるんじゃないの?」
「ああ……あいつに会いに行く」
「よーしじゃあ行ってこぉい! あ、でも急がなくていいから、無理しちゃ駄目だよ」
「行ってくるうううぅ!」
「あれ? 僕の声届いてる?」
俺を縛るものはない。やったるでおらあああ。
両頬を思いきり叩き、扉を蹴り飛ばすと麺太の部屋を飛び出す。
「久奈……今、会いに行くよ」
さっきは上手くいかなかっただけ。俺とあいつはそんなことで崩れていい関係じゃない! 話せば伝わる、一緒にいれば伝え合える。クヨクヨするのも後悔するのもまずはあいつに会ってからにしよう。
もう狼狽えない。謝って、伝えるんだ。俺の想いを!
「あーあ、扉壊しちゃって。さて……もしもし金城さん?」
『……そっちはどうなった?』
「予定通りさ。上手く落ち着かせた後、直弥は今僕の家を出た。そっちも準備よろしく」
『久土、大丈夫かな……』
「あはは、大丈夫だって。直弥はすげー良い奴で健気で、そして一途だ。僕でさえ知っていることを、あの子が知らないわけがない」
『向日葵君……』
「そもそも僕は最初からそんなに心配していないよ。寧ろいつまで仲悪くなっているんだよって感じ。だってお互いを世界で一番大切に想っているような顔した二人だよ? 心配しないで金城さん、僕らは少し背中を押すだけでいいのさ」
『うん、そうだよね……うんっ』
「ところで暇? 僕の家でラーメンパーティーしないっ?」
『眼球殴るよ♪』
「もはやピアスもしてくれないの!?」




