第97話 遭遇
作業中、火藤さんの愚痴が止まらない。
「点呼や教材運びとか学級委員長はお仕事が多すぎます。それにみんなが静かにしないせいで私が先生に注意されて……もう嫌ですっ」
名誉ある任務だと誇りに感じていた最初の強気は何処へ。ぷりぷり怒って一つの束に何度もホチキスを留めていく。留めすぎだよ。
「委員長の仕事ってんなもんだろ」
「話し合いで司会進行役やっても聞いてくれないし……」
「担任が席を外すからお喋りしたいんだよ」
「聞いてほしいです! 大変なのは私ばっかり……」
涙目でホチキスを留める火藤さん。すいません、それ同じ種類のプリントを綴じています。
「委員長もぉやだ……ぐすっ」
「就任してまだ一週間ちょっとでしょ。これからだって」
まあ確かに委員長だからといって尊敬されたりしない。クラスメイト達は面倒な仕事を引き受けてくれてサンキュー程度の認識しかないよ。実際俺がそーだし。
あと火藤さん、対角線上の二か所に留めたらプリントが開けないですよ。さっきから失敗ばかりしているよね?
「みんなから羨望されるリーダーになれると思って委員長になったのに、ただの雑務係です」
「そうだね。お願いだからちゃんと確認してからホチキス留めてね? 四枚のプリントを綴じるはずが、火藤さんが今持っている束は三十枚以上あるよ」
「誰も私を尊敬してくれないもん……」
「今パチッて聞こえた。それ綴じたの? 会議の資料みたいな厚さになっているよ?」
「ふええぇ」
「いや俺がふええぇ言いたいわ! 失敗作の連続じゃねぇか!」
簡単な作業とは何だったのか。火藤さんが失敗し、俺が作り直して二度手間。ホチキスの針を外すの結構大変なんだぞ……。
あ、俺はずっとホチキスと言っているがホッチキス、或いはステープラーという呼び名もあるぞ。みんなの地域ではどう呼んでいるかなっ。だから俺は誰に問いかけているんだメタふぁ~。
「やっと終わった……」
二人なら苦じゃないと思った予想は裏切られ、ポンコツちゃんのフォローで余計に時間がかかった。というかこの子は俺が手伝わなかったら一生終わらなかったのでは!?
「……ありがとうございます。か、感謝してあげますっ」
プリントの束をダンボールに入れ終えた火藤さんがツンデレ風味にゴニョゴニョとお礼を述べる。
はいはい感謝してくれてありがとーございます。頑張る委員長の為なら多少なりと手を貸すさ。
「運ぶのは大丈夫だよな?」
一応心配するも、火藤さんは憤慨ですわよ!と言わんばかりに頬を膨らませた。
「馬鹿にしないでください。これくらいへっちゃらです」
「でも持ってくる時も危なっかしかったから」
「平気で……ぎゃふん!?」
ダンボールを持って歩くこと数歩、火藤さんは盛大にコケた。秒殺! レオパルドン並みに瞬殺だったぞ!?
「あ、あうぅ……委員長やりたくないよぉ……っ」
「いや委員長関係ないから! 火藤さんがポンコツなだけだよ!?」
結局、俺が職員室にまで運んだ。普通に疲れた……。
茜色から紫紺に移り溶けていく夕空の下、手伝いを終えて俺はげんな~りトボト~ボと歩く。その隣には、
「なあ、大丈夫か?」
「へ、平気です。何回言うんですか」
あなたが何回も言わせるんですよ。ため息ついて火藤さんを横目&ジト目で見る。
転んだ火藤さんは膝と手を負傷。保健室で養護教諭から「やれやれ、また君達か。ゴムは持参しなさいよ」と言われて手当てをしてもらった。持参しねーよつーか不純異性交遊しねーそしてお前は死ねー。
怪我した火藤さんを一人で帰らすわけにはいかず現在こうして一緒に下校なうって次第。
「……痛いです」
「だよな」
「ひっく、っ、痛いよぉお母さん……」
「見てご覧、みんなが俺に強烈な視線をぶつけくるよー」
道行く人々の「うわぁ、あいつ幼女泣かしているよ」という目。小さな女の子が泣いて隣には男だもんね、第三者からすれば俺が悪者に見えますよねちょー分かる。分かるけど納得出来るか!
このままだと通報されかねない。お巡りさんからも「また君達か」と呆れられてしまう。
「どこかで休憩しよう。な?」
俺をロリコンだと決めつける視線を躱しつつ火藤さんを連れて近くにあったカフェへと入る。
あぁ、しんどい……のは俺より火藤さんか。涙と鼻水で顔がグジュグジュのビチャビチャ。
「すいませーん、何か拭く物貸していただけませんか?」
お姉さん店員の「こいつが泣かせたのか、最低」って視線を受けながら俺は受け取ったタオルを火藤さんへと差し出す。
「ほい、タオル」
「ぐすっ、うっうっ」
「……はぁ、こっちに顔向けて」
俺も奇声モード中は麺太に世話してもらったことだしその恩を火藤さんで返そう。はい、これで綺麗になりま……拭き終えてもすぐに涙が溢れてきたよ。
「ぐすっ、ひっく」
「泣かないでよ。パフェ奢るからさ」
「ぱ、パフェ?」
「おう。チョコレートとストロベリーどっちがいい?」
「すとろべりー……」
はいよ、と答えて呼びベルをプッシュ大統領。「こいつが泣かせたのか、最低」って視線を向けてくるお姉さん店員に注文を伝え、俺はソファーにどっぷりと座り込んでネクタイを緩めた。
「怪我したんだし親御さんに迎えに来てもらえば?」
「……今携帯電話持っていないです」
「え、高校生の必需品だろ」
「学校に携帯電話を持ってくるのは禁止されています。学級委員長の私が校則を破るわけにはいきません!」
「……寄り道は駄目なんじゃないのん?」
すると火藤さんは「あっ」と小さく声を出し、俯き、涙と鼻水で顔がまた尾田先生が描いたような状態ああああ。
「私、寄り道しちゃった……い、い、委員長なのに……っ」
「メンタル弱すぎない? 一度折れたらすぐ泣くよね!?」
「工藤君、お願い……お願いだから、ひっく、警察には言わないでぐだざい」
「告げ口しねーよ!」
寄り道しただけで警察沙汰にはなりません。なってたまるかっ。
「ウチの高校って寄り道は然程厳しく取り締まっていないよ。だから気にする必要はない」
「そ、そうなんですか?」
「火藤さんは怪我しているから仕方なく入店したんだ。俺が連れてきたんだし、もし何か言われても俺のせいにすればいい」
「でも……」
「あ、ストロベリーパフェ来た」
「わーいっ」
「わーお単純」
火藤さんはスプーンで掬ったパフェを口へ運ぶと子供のように無垢な笑みを浮かべた。顔文字で表すと『>∀<』みたいな顔だ。あらやだ文字って便利。
かと思いきや顔をしかめて泣きそうになる。顔文字の『>д<』みたいな顔、ってしつこいぞ。描写の手抜きはいかん。
「今度は何」
「手が痛いです……」
右手を押さえる火藤さん。スプーンを握ると怪我した手に痛みが走るのだろう。
「右手じゃなくて左手で食べなよ」
「私の利き手は右手なんです!」
「キレるポイントがヒステリック」
「左手だと……くうぅっ」
不慣れな左手では満足にパフェを掬うことが出来ず、プルプル震えるスプーンからパフェがテーブルに落ちていく。うおお、もったいない。
「ひぐっ、パフェ食べたい……!」
「はぁ……スプーン貸して」
何回目のため息だろう。俺はスプーンを受け取り、代わりに掬ってあげて火藤さんの口元へと運ぶ。俗に言う、あーんってやつだ。
「今や麺太を抜いてクラス一の変人である俺からはされるのは嫌だと思うけど緊急事態だから仕方ないと我慢してくだ」
「あーんっ」
「速っ!」
イチャラブの象徴あーんをいとも簡単にされちゃうんだね。パフェ最優先かよ。
火藤さんは空いた両手を上下にブンブンと振って喜びを表現する。
「美味い?」
「うん」
厳格な物言いは完全に消え失せた。幸せそうに緩んだ笑顔でパフェを食べる姿は見ていて微笑ましい。
普段は委員長として奮起する火藤さん。尊敬されるリーダーになりたいって下心や発言に不釣り合いなポンコツ具合、とまあ色々残念な性格をしていても本当はただの無邪気な女の子なのかもしれないね。
「美味しいっ」
「そりゃ良かった」
「あーんっ、してください」
「今掬うから待ってな」
仕事を終えた後だ。こうやって労わってあげないと可哀想だよ。俺が差し出したスプーン咥えてふにゃふにゃの笑顔を浮かべる火藤さんを見てそう思った。
「工藤君ありがとうっ」
「どーいたまして」
寄り道したという負い目は完全に忘却されたようで。
ま、そもそも寄り道するなんて高校生なら日常だよ。特にこのカフェは学校から駅への道中にある我が校御用達の寄り道スポット。テスト期間には全席が生徒で埋め尽くされる程に人気がある。今だって俺ら以外にも制服姿の生徒達が
「なお君……」
心臓が止まるかと思った。
その呼び名で呼ぶのは一人しかいない。そして俺がそいつの声を聞き間違えるわけがない。
「ぇ……ひ、ひさ」
「なん、で……? なお君と火藤さんが……」
肩にかかる艶やかなセミロングの黒髪、愁いを帯びた瞳が揺れて、小さな唇をぎゅっと結ぶ、十年以上見てきた顔。
俺のすぐそばの通路に立っていたのは、久奈だった。




