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第96話 精神が崩壊して一週間

 赤泡の久土と呼ばれて一週間が経った。


「あへあへ……いっひひひ~」


 二年二組では俺のことをいつ吐血や嘔吐するか分からない危険生物として取り扱う方針となり、俺の席を中心に半径二メートルの円を描くように床にテープが貼られて境界線が設けられた。教室にポッカリと大きな円が形成されて近寄る者はほぼ皆無。

 クラスメイトは俺が今こうして白目剥いて奇声あげても完全無視を決め込める程度には慣れたらしい。他クラスからは未だに怖いもの見たさで見物客が来るが俺が喉鳴らせばすぐに退散していく。


「直弥~、プリント集めるってさ」


 唯一境界線を越えて話しかけてくれるのは麺太。

 こいつが俺の提出物を集めたり教室移動の際はマンツーマンで付き添うおかげで二組は平穏を保っているそうな。


「聞いてる?」

「びぼぴえぜぼあぼぇっがおぢ」

「おー、珍しいタイプの奇声。SSレアってとこかな。保存しておくよ」


 俺が泡を吹いて奇声を漏らしても麺太は臆せず、それどころかボイスレコーダーで様々な奇声を収集する楽しみを見出した。直弥GOだってさ。この一週間で四十種類ゲットしたと喜んでいる。


「直弥が壊れて一週間が経ったよ。いつ回復するのやら」

「あへあへ」

「それはFレアだね。あぁほら前掛けが泡だらけ。替えなくちゃ」

「けほっ」

「あぁもう取り替えている最中に吐血しないでよ。僕まで汚れちゃった」


 ……身の回りの世話をしてもらっている俺が言うのはあれなんだが、お前もおかしい。なんで平然としているんだ。メンタル逞しいな。いや、麺タルか。

 麺太は前掛けを取り替えてついでにプリントも回収してくれた。プリントに除菌スプレーを噴射しながら呆れ顔を浮かべる。


「いい加減仲直りしなよ。このままだと週明けにはマジで絶命しそうだよ」

「がえおん、んをばばば……」

「あ、そうだったね、会話したい時は右斜め上から前頭部を叩いて……えいっ」

「あぐ!? ぐおおぉ、こぽ……な、何しやがる麺太」

「こうしないと直弥喋れないじゃん」


 俺はブラウン管テレビか。叩いて直るわけが……実際直っていますねありがとう麺太。

 赤泡の久土となって一週間、つまり久奈と話せなくなって一週間。俺は未だ、仲直り出来ていない。いつまでも廃人と化している場合じゃないと分かってはいるんだけど……。


「直弥が弱っていく様は見てられないよ」

「だけどさぁ……」

「弱音吐かないで。吐く物多すぎ」

「だ、だって……」

「なんとかしよう。ね?」

「はああぁん!? なんとかってなんだよ! 具体案持ってこいやボケがあああああぁ!」

「あぁ出た出た情緒不安定。急にキレるから厄介」

「きええええええええぇい! 俺はもう限界なんじゃあああぁ!」

「発狂モードに突入。奇声モードに戻すにはチョップを真横から首に……ていっ」

「あびびびぬちゅにゅちゅ……!」

「うーんBレア」


 その後、境界線はさらに五十センチ増えることになった。











 気狂い男と同じ空間にいたくないクラスメイト達は放課後のホームルームが終わると同時に教室を出ていく。その速さたるやマリカでスタートダッシュを決めたかの如し。


「ぎゅぎっっぅをんぁばじゃぬ」

「今日こそ仲直りしてね。バイバイ」

「あぎゅ」


 俺の頭を叩いて麺太も去っていき、一人残された俺はポツンと座る。今も口の端から血と泡をこぼし、唸って頭を机に叩きつける。


「あぐぐ、どうすれば許してもらえるんや……!」


 唸り考え目を瞑る、脳裏に浮かぶ幼馴染の姿。仲直りしたい、一緒にいたい。

 思考を巡らせろ。決して止めるな。嫌いと言われたからって何もせず、かといって愚直に謝っても意味がない。どうしたら許してもらえるか考えるんだ。

 ……やっぱり、正直に本当のこ


『謝らなくていいだろ。あんな貧乳忘れて巨乳の子と遊ぼうぜ』


 悪魔が話しかけてきた。

 お前ホント何なの? 本来なら善悪の葛藤の際に出てくるだけの存在なのに自我が強すぎるだろ。


『久奈が貧乳ってのは否定しないんだな。ぷぷ~っ』


 あぁん!? 久奈を馬鹿にするなぶっ潰すぞお前! 自害してお前を道連れにしてやろうか!


『俺は最善策を提案したに過ぎない。女なんて星の数いるんだぜ?』


 悪魔が最善とか言ってんじゃねぇ。

 こんのクソ悪魔め。こいつじゃ話にならない、天使を呼ぶか。


『天使なら俺の隣で寝てるよ』

『えへへ』


 天使さんんんん!? なんで悪魔に寄り添って幸せそうな笑み浮かべているんだ。お前らそういう関係だったのかよ!?

 頭上の左右に分かれて浮遊すべきなのに密着してイチャイチャしやがって。行動も発言も自由すぎてもはや別人格。そんなのが棲んで普通に会話している俺はただのイタイ奴だわ!


『ツッコミがくどいんだよ。俺ら忙しいから邪魔しないで』


 うるせぇ! うるせぇよ馬鹿! 忙しいなら出てくるな。お前こそ俺の邪魔すんなよ!


『悪魔さんカッコイイっ』


 天使お前ホント何もしてくれないよな。善の心が悪魔に身を捧げやがっておいコラ!

 だああぁ思考がめちゃくちゃだよ畜生が! 考えがまとまらない!


『じゃ、俺らは帰るから。天使、今夜も寝かせないぜ☆』

『はい♪』


 どこに帰るんだよ。そのまま俺の脳から引っ越せ。普通に話しかけてくるな。

 ……ふー、落ち着け。いい加減にしろ、真面目に考えるんだ。


「やっぱり、正直に本当のことを話すべきか」


 考えるに、俺が嘘をついたから久奈は怒っている。カップルの淫らな行為を話すのは悪影響だと判断して伏せたのが間違いだった。下手に誤魔化さずちゃんと説明すれば分かってもらえる、と思う。


「うん、言おう。今すぐ言いに行こう」


 というかもっと早くに言うべきだったね。一週間も病んでいる場合じゃないでしょうが俺のアホぅ。

 しかし仲直り出来る兆しが見えたのは嬉しい。なんだか久しぶりに精神が安らいだ気がするよ。MPが0から1になった感じ。


「よっしゃ今から久奈の家に……」

「んしょ、んしょ」


 教室に誰か入ってきた。大きなダンボールを両手で抱えている。ダンボールが大きく見えるのは、持つ人が小さいからなのだろう。


「ひぐぅ、重たい……っ」


 委員長の火藤さんだった。必死になって息を切らす姿は机を運ぶ小学生みたい。

 火藤さんは教卓の上に荷物を置くと盛大に息をついてグッタリする。


「疲れた……委員長もぉやだぁ……」

「大変そうだな」

「はげっ!?」


 ハゲ? お、俺はまだハゲてねーぞコラァ!


「工藤君……! あわわ、一対一における緊急回避法は……」

「何その冊子。表紙に『久土直弥対策マニュアル』と書かれてあるんだが」


 どうやら俺が精神崩壊している一週間のうちに二組のみんなが作ったようだ。チラッと中身を覗けば『奇声モードへの移行手順』の項目があった。これ麺太が監修したろ。


「ひいい、どうしよう……」

「落ち着いてよ。今は普通モードだから」

「そ、それはそれで嫌だ」


 俺どんだけ評価低いんだろかー。

 両手を構えてジリジリと下がっていく火藤さんが警戒心を解かず問いかけてくる。


「なんで教室にいるんですか」

「自分の教室にいちゃ駄目なの?」

「むむ、確かにそうですね」


 口ではそう言う割に俺を見る目は不満げだ。なぜ負けたみたいな顔なんだ、論破した気は微塵たりとねーから!


「そのダンボールは何?」

「明日使うプリントです。まとめてほしいと先生に頼まれました」

「ふーん。委員長もう嫌だってのは?」

「そ、そんなこと言ってないもん!」


 いや思いきり言ってましたよ。涙目で言ってましたやん。

 火藤さんは両手を上下にブンブンと振って頬を膨らませる。む~!みたいな唸り声が聞こえて、えぇー……?


「雑用ばかりで面倒だよな」

「そんなことありません! みんなの為に働ける名誉な仕事なんです!」

「ああ、ご苦労様でぇす」


 本人がそう言うならそうなのだろーう。点呼や荷物運び等の雑務でこき使われている、は俺の偏見らしい。

 ならば邪魔は致しません。帰ります。


「頑張ってね」

「は、はい」

「……ちなみに聞くけど、一人で大丈夫?」

「平気です。プリントをまとめるだけの簡単な作業ですので」

「そなの」

「……あ、ち、違います! 簡単だけど名誉ある任務なんです!」

「……そなの」


 じゃあ簡単に終わりそうだね、と付け加えて俺は教室を出た。

 廊下を歩けば同学年の生徒が「ひっ」と悲鳴漏らして大袈裟に距離を取る。汚物を見るような目で見てきてあーやだやだ。ところで廊下の壁が血で汚れているのはどうしてだろう。


「……ちょっと心配だな」


 階段の前で立ち止まる。

 さっき見た感じだとあの量を一人でやるのは大変だと思う。それに火藤さん、もう嫌だと弱音吐いていたし。うーん。


「チラリ」


 教室に戻って中を覗く。


「ふえぇ、こんなの終わんないよ……」


 今にも泣きそうな声。どんよりと生気がない目を潤ませてプリントの山と対峙していた。

 俺は一刻も早く帰って久奈に会いたいけど……はあ、しゃーなし。


「ねえ火藤さん」


 俺が戻ってきたことにビックリしたのか、結んだ後ろ髪を尻尾のように跳ねさせ、慌てて目頭を拭う。


「っ、な、なななんです!?」

「手伝うよ」

「ふえ……?」


 机からプリントの束を取る。数枚のプリントをホチキスで留めたらいいんですね分かります。


「さっさと終わらせよーぜ」

「な、なんですか。工藤君に手伝ってもらう必要はありません!」

「口動かす暇あるなら手を動かそうな」

「……むぅ、私は手伝ってほしいだなんて言っていませんからね! 工藤君が無理矢理手伝っているだけです。勘違いしないでください!」

「はいはい」

「……ふんっ」


 火藤さんも作業を始める。教室はパチッ、パチッ、とホチキスの小気味良い音が響く。

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