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第93話 嫌い

 待てど暮らせどのノリで歩けど隣からの返事はなく、俺の問いかけはただのツイートと化す。


「ツーン」


 たまにリプが来てもツーンのみ。

 機嫌が悪いのは分かる。が、なぜ怒っているのか教えてほしいものだ。ねえ、ねえってば!?


「ダーツしよっか」

「ツーン」

「一体俺にどうしろと……」


 げんなりが止まらない。とりあえず行きつけのラウワンでダーツを始める。


「カウントアップでいいか?」

「……」

「きいいいぃ!」


 やけくそでボタンを押してゲームを選択。

 カウントアップとは8ラウンドでの合計点を競うゲーム。ダーツをあまりやったことない人なら500点を超えたら大したものじゃないだろうか。ちなみに俺の最高点数は694点だ! 久奈は750点くらいだったかな。


『ナオヤ 533』

『ヒサナ 817』


「嘘だろ……」


 この子ハイスコア叩き出しちゃったよ。すげぇ、800以上を出せる女子高生ってほとんどいないんじゃないの!?

 今のゲーム、久奈が投げるダーツはいつもより勢いがあった気がする。……やっぱり怒っているのか。力任せのくせに精度は高いってどゆことー。


「調子良さそうだな」

「ツーン」


 機嫌はナナメのまま。返ってくる反応は無言かツーンのどちらかのみ。インコの方が遥かにボキャブラリー豊富だ。


『ナオヤ 408』

『ヒサナ 726』


 気が滅入る俺は本調子を出せない。今までそこそこプレイしてきた身としては400点を切りそうになったのは焦った。プレイ時間が多いのにイヤンクックに負けそうになるみたいな?

 だーみだ、久奈は謎に怒ってそれが気になってプレイに集中出来ない。今日はもう帰るべきだ。


「帰ろうぜ」

「ツーン」

「おい! いい加減にしなさいよあなた!」

「……」

「こ、こいつ」


 好きなダーツをやっても久奈の様子は変わらない。どんなに話しかけても意味なく、そのくせ俺の傍から離れない。

 なんだってんだ。だから俺が何をしたっていうんだよ。それ言えよチクショー。


「……」

「……」


 さすがに心折れたので俺も押し黙る。


「……」

「……」


 何も喋らずバスに乗ってバスを降りて帰路を歩く。


「……」

「……」


 マンションが見えてきた。


「……」

「……」

「……」

「……」

「……なお君」

「うわビビった!」


 喋るんかーい。ここへきて喋るんかーい。

 久奈は立ち止まってこちらを見る。割とマジで親の顔よりも見てきた久奈の無表情。感情を表に出さない顔の、目は淡く、そしてどんより、何かを秘めて俺を訝しげに見つめて離さない。

 空気が重たくて、痛い。


「……」

「なんだよ。いい加減にしろ。なんか言えや!」

「じゃあ言う」


 お、おう。そうしてもらえると助かります。自分がピンチの時に粉塵を使ってくれる友達くらい助かる。

 陽が茜色に染まろうかと溶ける準備をする夕刻前。ピリピリと肌に刺さる重苦しい空気の発生源である久奈は長き沈黙を破ってスッと喋りだす。


「……火藤さんと仲が良いよね」


 細く、けれど鋭く。不貞腐れた棘のある言葉で俺に向けて憤懣をぶつけてきた。

 えーと、火藤さんと俺が? 仲良いっつーか、昨日知り合って何かと縁があるだけだぞ。


「別に。普通だろ」

「火藤さんと何かあったの? 昼休み何してたの?」


 あー……そ、それ聞いてくるのね。さてどうしたものか。

 言ってしまえば、実験で目を擦った火藤さんを保健室に連れていき体温計ヒートマッチをしていたらカップルが入ってきて慌ててベッドの下に隠れた、だ。

 でもなぁ、言えないよ。カップルが学び舎で淫猥な行いをしていたなんて。エロい話じゃん。この子には穢れを知ってほしくない。ここは誤魔化しておこう。


「何もねーよ。保健室から帰ってきただけ」

「抱きかかえていたのに?」

「あれは、えっと、あれだよあれ、火藤さんの持ち運びやすさを確認していたんだ」

「……」


 な、なんだその目は。俺を疑っているのか、俺が嘘を言っているとでもぉ!? ……はい嘘ついていますごめんなさい。


「……」

「だからさ、分かってもらえただろ」

「全然分かんない」


 うぐっ、ジト目やめてぇ。


「朝も一緒に話してた。昨日何かあったの?」

「あ、いや、それもちょっと……」


 言えない、火藤さんと二人揃って交番で事情聴取されたなんてとてもじゃないが言えないです。火藤さんに口止めされているし。

 返答に窮する俺を、久奈は不満げに見つめてくる。


「……何かあったんだね」

「な、なななな何もねーし。火藤さんとは普通に話していただけなの!」

「抱きかかえてた」

「だ、だから火藤さんの持ち運びの良さを確認していただけで」

「お姫様抱っこしてた」

「んあ? 何を言って……」

「……私だけの、なお君のお姫様抱っこだと思っていたのに……」


 は、はい?


「もう知らない。なお君の馬鹿」


 ぷいと俺から顔背けて一人勝手にスタスタと歩いていってしまった。

 先へ進む、その時チラリと見えた久奈の横顔からは彼女の溢れんばかりの怒りを感じた。

 長い付き合いだから分かる。完全に機嫌を損ねた。俺で言うところのカム着火インフェルノ並みにお怒り……。


「ちょ、待てよ」

「知らない。なお君の馬鹿。ツーン」

「フルコース!? 今日のまとめみたいな感じだな!」

「ついて来ないで」

「無茶言うな同じマンションだるぉ!」


 誤魔化したのは悪いと思っている。でもあなたに高校生の貞操観念とモラルの低さを知らせない為であって、そう! 久奈の為を思って真実は伏せたんだ。だから俺は悪くない。俺は悪くねぇ!


「お待ちになってぇ!」


 追いついて回り込む。しかし久奈は顔を合わせてくれない。


「なお君邪魔」

「ぷりぷり怒るなって。無表情で」


 無表情で怒られるのが最も怖いってそれ一番言われてるから。普段は面倒見が良くて気さくなバイトの先輩が突然真顔で説教するのって恐ろしいじゃん? だからせめてもうちょっとリアクション的な要素をさ。


「ほら、火藤さんみたいに頬を膨らませたりしてよ」

「……」

「火藤さんみたいに口を尖らせるとかさ。あの子は表情豊かだぜ? そしたらまだ可愛げがあるというか」

「うるさい。火藤さん火藤さん、うるさい……」


 ひ、久奈? なんで、さらに怒りのオーラが増しているの。


「そこどいて」

「で、でも」

「邪魔なの。……嫌い。なお君なんて、大嫌い」






 俺を突き飛ばして久奈が走っていく。走って、遠くへ、俺から、久奈が。

 ……だ……い……き……らい……? 久奈が、俺のことを嫌いって、今ハッキリと言……






 あ











『ぎゃははは、久奈に嫌われてやんのー。……ん? おい俺? なんか言えよ』

『どうしました悪魔さん』

『おう天使か。それが、俺らの俺の様子が変なんだ』

『変なのはデフォルトじゃないですか……って、本当ですね。白目剥いて固まっています』

『つーかこれ石化してね? 絶望の表情を浮かべてカチンコチンだぜ』

『余程ショックなことがあったんでしょう』


 遠くのどこかで声が聞こえる。それも次第に聞こえなくなった。視界はとっくの前に黒く途絶えて一条の光もなく、満ち潮のように絶望が全てを覆い尽くす。

 心臓が冷えていく。目の奥が鈍く痛む。泥を噛むより辛く苦しく、胸が張り裂ける。

 何かが込み上げる感覚。いつものゲロではない。ぐちゃぐちゃの絶望感が濁流して……


「がはっ!?」


『俺らの俺が血を吐いたぞ』

『余程ショックなことがあったんでしょう』

『とりあえず写真撮っておこうぜ』


 嫌いと言われた。……俺の、幼馴染、大好きな久奈から……っ、あ、あああ

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