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第87話 ポンコツ委員長

 学校を出て事情聴取が終わる頃には時計の短い針は一つ次の数字を差していた。名前や高校名を聞かれ、学生証も見せて予想以上に長引いた。

 警察の聴取って長いんだね。すげー疲れた……。


「今後は変なことはしないように。じゃあ帰っていいよ」

「す、すみませんでした」


 呆れ顔のお巡りさんに何度も何度も頭を下げて謝る。

 交番を出ると外は夕焼け茜色、カラスがかあかあ鳴いて、ああ夕日が沈む。


「学校や家に連絡されなくて良かったな」

「ふんっ」

「えぇー……」


 火藤さんが不機嫌そうに顔を背ける。

 交番の中に入った時は号泣で死にそうだった火藤さんは時間経過と警察官の優しい対応を経て調子を取り戻した。

 落ち着くのはいいとしてなんで偉そうなんだよ。君のせいだからね。


「分かったろ、この定期は俺の物で俺はバス通学なの」


 お巡りさんになぜ交番の前で立っていたのかを説明する際に定期がちゃんと俺の所有物であることも証明した。

 パスケースをヒラヒラ動かすも火藤さんは見ていない。腕組んで明後日の方向を見ている。こ、こいつ。


「工藤君の言っていたことは本当でしたね。認めてあげます」

「……」


 ふざけんなよ。上から目線で偉そうに語りやがって。

 調子に乗りすぎだ、女子だからって容赦はしな


「だから、その……う、疑って、ごめんなさい」

「へ?」


 火藤さんが謝った。チラチラと俺を見上げて、目が合う度にバッと慌てて顔を逸らす。その顔は、申し訳なさげにしょんぼりとしていた。

 ……普通に謝ったり出来るんだね。偉そうな態度ばかりで生意気な奴だと苛立ちそうになった俺の憤りは消えた。お、おおう、謝ってくれるなら全然許すよ。


「ごめんなさい……」

「まあ、俺が学校で騒がしかったのも要因の一つだしな。俺も悪かった、明日からは真面目に授業受けるよ」


 だから今回はお相子。どちらも悪い面があった。互いに許し、互いを認めようではないか。それが出来るのが人間なのだから。はい今良いこと言った。リツイートよろ。

 夕焼け空の下、火藤さんに行こうぜと声をかけて歩く。

 と、すぐそばの家の門から犬が顔を出して吠えだした。


「きゃああぁ!?」


 火藤さんが叫んで俺の腕にしがみつく。門があるとはいえ大型の犬が唸り声混じりに吠える姿はちょっとビックリしてしまうのは分かる。

 それでも普通は多少だよね? 火藤さん、思いきり泣いているんですが。


「わ、ワンちゃん怖い……っ」

「バウ! バウッ!」

「ふええぇ!? 助けて!」


 犬が牙を剥いて吠えれば負けじと火藤さんが悲鳴をあげる。金切り声を出して再びバイブレーション状態、両腕と胸で俺の腕をガッツリホールドしてぎゅ~!と密着。

 悲鳴がうるさい、腕に熱がこもる、女子特有の良い香りが鼻くすぐった。


「ひううぅワンちゃん怖いワンちゃん嫌だ……っ、ひぐ」


 ……ドキドキする一方、頭の中の悪魔が予想外だなと呟いていた。何をかって? 火藤さんが力いっぱいしがみついくことで、その……思った以上の柔らかい感触が押しつけられている。

 ぺったんこだと思っていたのに、ほ、ほほお、着痩せするタイプだったのか……。


『それでも小さいよな。久奈よりは僅かに大きいってだけで女の価値ねーよこいつ』


 おい悪魔コラ! 口悪いぞお前ぇ! 何も胸の大きさだけが女性の価値を決めつけるわけじゃない。それだと久奈も価値ないってなるだろうがクソ悪魔テメェええぇえぇぇぇ! ぶっ殺すぞ悪魔この野郎ぉ! そして俺は久奈にも火藤さんにも失礼。


「く、工藤君」

「門があるから大丈夫だって」

「無理です! 私ワンちゃんが苦手なんです。向日葵君くらい苦手で……」

「俺の友達を苦手の基準にしないでね。あいつ可哀想だよ」

「ひうぅ獰猛だよぉ、犬歯が末恐ろしいよぉ……!」

「犬歯て……ほら行こうぜ」

「あうぅ」


 しがみつく火藤さんを連れて門の前を通過。吠えまくっていた犬も次第に声量を下げていき最終的に「ばふっ」とクッションを叩いたような吠え方で幕閉じた。中川のお家の剛さんがやってるモノマネと同じ。

 歩いて、歩いて、ようやく火藤さんが顔を上げた。


「も、もう大丈夫?」

「うん」

「怖かったぁ……はうぅ」

「で、いつまで抱きついているの」


 今この状態、カップルみたいになっていますよ。

 火藤さんは小さく「あ」と言って顔を真っ赤にすると勢いよく俺から離れた。


「べ、別に平気ですっ。だって学級委員長だもん!」


 咳払いをした火藤さんは腕を組んで踏ん反り返る。凛とした立ち姿だ。さっきまでワンちゃんに怯えていたくせに。

 ……なんとなく分かってきたぞ。火藤さんは強がり大人ぶっているだけで精神年齢は身長相応に子供なのだ。凛然と気丈に振る舞うその姿はちょっとしたことで容易に崩れて幼さが露わになる様はこの子のポンコツさを強調させる。

 うんそうだな、火藤さんは相当のポンコツだと思う。


「さっきのは工藤君の腕が抱き心地良かっただけなんだからねっ」


 どんなツンデレの仕方だよ。


「勘違いしないでください」

「へいへい。じゃあ俺バスで帰るんで。火藤さんは電車?」

「電車です。学級委員長の私は電車通学なのっ」

「委員長は関係ないと思う」


 駅に到着。駅前の停留所からバスに乗ることにした俺は駅の構内には入らず火藤さんに別れを告げる。


「じゃあね。また学校で」


 はあ~、今日は色々ありすぎた。何かを成し遂げたわけじゃないのに濃い時間を過ごした。この徒労感は一体なんだろうね。


「あ、待ってください工藤君!」

「久土ね。せやけど久土ね」


 名前は違うけど呼び止められたので足を止める。

 パッと視線を向けると、火藤さんは俯いてゴニョゴニョ口を動かしていた。


「本当にごめんなさい。私のせいで、その」


 ……やれやれ。


「いっぱい迷惑かけちゃって……」

「え!? なんだって!?」


 すいまっせーん聞こえませーん。進路希望調査票の第一希望に『難聴系主人公』と書いた俺の耳はごうちさん並みに聞こえないんですぅ。小鷹先輩に憧れる痺れるぅ。

 俺が大声で聞き返せば火藤さんは大きな瞳を見開きワナワナと震え、結んだ髪がジブリキャラよろしく逆立った。


「な、なんでもありません」

「えー!? なんか言っていたでしょ~!?」

「う、うるさいうるさいっ。いいですかっ、明日からは容赦しませんからちゃんと校則守ってくださいね!」


 そう言って火藤さんはプンスカプンプンと駅の中、人混みの中に姿を消していった。

 素直なのかそうではないのか分からない。たぶん素直であって素直ではない、真面目で馬鹿で、純粋な子なんだろう。


「ああも裏表のない人も珍しいな。……ちょっと面白いかも」


 あれだけ振り回されたんだから怒ってもいいはずなのに、そんな気にはならなかった。それはきっと火藤さんが良い人だから……なんて、な。


『駄目ですよ直弥、女性の価値は胸部だけではありませんよ』


 今更になって登場した脳内の天使にアッパーカットを食らわせつつ、俺は見えなくなった学級委員長に向けてヒラヒラと手を振った。

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